第112話 王子と王女
わたくしはメア。
メア・ライル・バントレティ・ノウェン。
ノウェン国第2王女だ。
お兄様との話をしている最中、世話になっているグレイル領のことを考えて黙ってしまった。
わたくしのことを考えたら、しゃべる一択ではあるだろう。
だが、それをして彼らに迷惑をかけてしまうことが、わたくしにしていいのかわからなかった。
でも、ユマ様はそんなこと関係ないと。
その程度の情報は隠すに値しないと、わたくしのために自ら明かしてくださった。
ならば、わたくしは……王についていいのだろうか。
ゴドリック候に聞かれた時のことが頭によぎる。
『ですが、ならばあなたには王になる器がある。そう言いたいのですね?』
彼の言葉に、わたくしは視線を下げる。
『どうされたのですか?』
『今は……まだわかりません』
『ほう、正統後継者の器を疑ったのに、自分の器も信じられない者が王になろうというのですか?』
『わたくしは……』
わたくしは、彼の問いに答えることができなかった。
『わからなくとも仕方ない。王になるような人間などまずいないだろう? なってからわかることだってある。ゴドリック候』
『ユマ殿……それもそうですね。確かに私も自身の器に気づいたのはそれなりに経ってからでした』
『そういうことだ。メア殿下、今はやらなければならないことに全力を尽くそう』
ユマ様はそう言って、わたくしに時間をくださった。
その時間が、彼の言葉が、わたくしに力を、勇気をくれる。
「オレと面と向かって話をするということ。人の後ろに隠れ、玉座につけるなどと思わないことだ。メア」
お兄様は今話していたユマ様ではなく、御しやすいであろうわたくしに矛先を向ける。
だが、望むところだ。
「ええ、そうですわね。わかっておりますわ。お兄様」
わたくしはもう迷わない。
わたくしの中の言葉を見つけたから。
そんなわたくしとは裏腹に、お兄様はさらに言葉を続ける。
「何の話をするかわかるな?」
「わたくしが為した先ほどのお話の内容ですわね?」
「そうだ。貴様が本当に為したのか。詳しく聞かせてもらおうか」
「もちろんです」
ということで、わたくしはグレイル領で行った小さな改革を話していく。
こまごまとした改革しか出来なかったけれど、積み重なれば大きな効果に変わる。
わたくしのような小娘の言葉を聞き、そのように動いてくれたグレイルの方々には感謝しかない。
「ということですわ」
「そんなことでそこまで上がる物か」
「上がりますわ。何事も日々の積み重ねです。小さな改革を積み重ねてこそ、今の我々があるのではないでしょうか?」
「ふん」
お兄様はそう言って次はどう言おうか考えている。
だが、あちらにばかり主導権を渡してはいけない。
「時にお兄様」
「なんだ」
「お兄様は政治をすることが出来るのですか?」
「なんだと。先ほど国交について話しただろう」
「ええ、聞きました。ですが、国王ともあろうお方が、外交だけにかまけていていいと思っておいでですか? お兄様は今ヘルシュ公爵様の領地においでとか、どのようなことをされているのですか?」
「……」
お兄様は目をカッと見開き、ギリリと歯を食いしばる。
当然だ、お兄様は内政は何もしていないのだから。
というか、シュウのお陰でヘルシュ公爵の領地は結構な損失を出している。
「お兄様? どうかされましたか? 国王になろうとするお方が、外交だけで内政をしていない。なんてことはありませんよね? お兄様のもっともご活躍したことが外交であるだけでなく、内政も当然やっていらっしゃると思います。どのようなことをして改善されたのか。教えていただけますか?」
「それはオレの配下にやらせていた。よって詳しいことは知らぬ」
「トップと言えど知らないのはまずいのではなくて? 王になるとおっしゃられるのに、なぜ内政をなさらないのですか? 崖から落ちそうなのに、遠くの景色を見ている暇があるとお思いですか?」
お兄様の目が少しずつ血走ってくる。
すぐにでもつかみかかってきそうなほど頭に血が上っているだろう。
こういうことは本来するべきではない。
だが、王になろうという者が、この程度で我を忘れては国自体が消えてしまうだろう。
お兄様は少し呼吸をした後に、わたくしを見つめ返す。
流石に掴みかかってくるほど愚かではなかったらしい。
良かったと考えるべきか、長引いたと考えるべきか。
「メアよ」
「はい」
「そういうお前は外交で何かをなしたのか。オレにそこまで言うのだから、お前も何か為したのだろうな?」
「いいえ、わたくしがお世話になっているグレイル領は他国と領地を接しておりません。ですので何もしておりませんわ」
「ならば、よくもオレにしていないなどと言えたな?」
「……先ほどから申しているではありませんか。まずは内政をしてから外交をするべきではないか……と」
「なるほどな。確かに内政は大事だろう。だが、外交を終えてからでなければ、おちおち内政もできん場合だってある。ヘルシュ公爵領は敵国と2カ国も接しているのだ。それこそ、槍を突きつけられた状態で食い物の心配等できん。中の問題よりも、直接的な外交を優先する理由もあるのではないか?」
「なるほど、確かにそういう場合もあるかもしれませんわね」
と、お兄様はなんとか態勢を立て直してくる。
言っていることもわかるので、これ以上そのことに追及することもしない。
これ以上このことを追及してもあまりメリットはないからだ。
メリットのある話をするための大事な客人を連れてきている。
その者達をきちんと紹介する話の流れにもしなければいけない。
主導権だけはこちらで握って、必ずわたくしが王に相応しいと示さなければ。
「それでは、小耳にはさんだのですが、ヘルシュ公爵領で採掘された鉄はどこに持っていかれたのですか?」
「貴様……どこまで知っている」
お兄様は一歩後ずさる。
この情報は秘密裏に行われていることに関わりがあるからだ。
どういうことかと言うと、以前、グレイル領はカゴリア騎士団に攻め込まれた。
その際の理由というのが、鉄を求めて……ということだったのだが、その鉄を元々カゴリアに売っていたのがヘルシュ公爵なのだ。
そして、カゴリア騎士団は鉄を求めてグレイル領に来た……今でこそグレイル領で採れる鉄を使っているけれど、売っていたヘルシュ公爵の鉄はどこに行ったのだろうか?
「さぁ……どこまででしょうね。お兄様? いくら内政に疎いとはいえ、大事な産業をどこへやったのか……それにはお答えいただきたいものですわ」
答えは今敵国と言ったデケンに流れている。
敵国と言ったり、停戦相手と言ったり、貿易をして敵国に武器の原料を送っていたり、その辺りはどうなのか問い詰めたい。
ちなみにヘルシュ公爵はじっと無表情でこちらを見ている。
ただ、その近くにいるフィブルス侯爵は何か合図を送っていた。
どこに……。
「メア」
「はい」
いけない。
お兄様に集中しなければ。
「メア。今一つ問う」
「なんでしょうか」
「お前にとって、王の器とはなんだ」
「っ!」
昨日ゴドリック侯爵に聞かれたことを、ここで聞かれるとは……。
でも、今のわたくしならば答えられる。
わたくしは迷うことなく、お兄様の目を見つめて答える。
「わたくしは……」
ドオオオオン!!!
次の瞬間、後ろの方で爆音が響いた。




