第101話 ナーヴァとアーシャ視点 vsソーランド騎士爵&セモベラ子爵①
私はナーヴァ。
今は自分の弓部隊を率いてソーランド騎士爵の軍と戦っている。
ギドマン家の1000人は彼らの指揮官がいて、戦っているがあまり上手い用兵には見えない。
単純に数を使ってのごり押しをしているようだが、被害の方が大きそうだ。
戦場は平野で、伏兵なども用意できないから奇策も選べない。
単純な数と数との勝負。
それで言えばこちらに分があるのだが……。
「固いな……」
「ええ、それにあまり攻め気が見えません。これでは倒しきるにはそれなりに時間がかかるかと」
「弓で削り切って行くのも限度があるか」
「はい。数日は考えていただいた方がよろしいですね」
「っち」
自分はアルクスの里の長として、兵士達を導くことはできると信じている。
そこそこの用兵はできると信じているが、才ある者達とは比べられない。
指揮の才能があるアーシャを今回はつれてきていて、問題がないようであれば今後のことを任せようと思っていたくらいだ。
そんなアーシャの経験にもなると思い、優秀な副官を付けた。
彼は指揮にもっとも適性のある副官ではあるが、それ相応にプライドも高い。
アーシャを自分達の指揮官として認めるかどうか……。
私が共にいて見たかったが……それも難しい。
「里長! 敵が動きを変えました!」
「何!?」
のんびりと考え事も出来ない。
目の前の兵士達を指揮し、敵が時折こちらに向かってくる仕草をしたら後退の準備もしなければならない。
味方が崩れそうになるのを援護し、何とか崩壊を防ぐ。
これでは数で勝っているこちらが早急にユマ様の援護にいくということができなくなる。
「やはりユマ様に言われた通りに私が指揮権をもらっておければ……」
「難しいでしょう。ギドマン家の指揮官が聞くつもりはないと言っていたのですから」
「正式に領地を継いでまだ日が浅い……仕方ない部分もあるか」
「ええ」
アーシャ……お前だけが頼りだ。
ユマ様を守ってくれ……。
******
「放て!」
わたしの合図で部下達が一斉に矢を放ち、敵兵の上に降り注いで行く。
「ぐあっ!」
「盾を掲げろ!」
「無理に行くな! 進み過ぎると弓の射程内だ!」
敵兵の前線指揮官はそれなりに優秀なようで、わたしの射程内にも入らない。
射程に入っているのは前線の兵士達が交わる部分くらい。
だけど混戦している所で、いくら命中率に自信があるわたし達といえど味方を誤射しかねない。
そして、ニジェール様の部隊も動きがいいとは言えない。
元々次期領主として色々とやっていたらしいけれど、そもそも実戦の機会が指揮官含め少なすぎる。
わたしも父上やその側近達に色々と用兵を習っていたのに、あまり役に立っていない。
「早くユマ様の元にいかないといけないのに……」
「アーシャ様。あまり前に出られすぎては危険です」
「でも、前に出ないと敵を切り崩すきっかけが掴めない」
「弓兵が前に出過ぎたせいで、そこを突かれて敗北する方がよろしいですか?」
「……少し兵を引く」
わかっている。
わたしが焦っていることくらい。
ユマ様の力になりたい。
だから里に戻って弓部隊を率いることができるようになろうとしていた。
シエラにだって頭を下げて魔法の使い方を習って、今では50人は魔法で隠蔽できるようになった。
里を救ってくれた彼に、わたしはもっと力になりたい。
今回はその絶好の機会だ。
さっさと目の前の敵を倒して、少数でもいいからユマ様の援護に向かう。
いつもシエラばっかり側において……と、ユマ様への恨み節も出てきそうになる。
そんな2人を見返してやりたいとは思うけれど、それは……それは……。
私は頭を振って余計な考えを払う。
集中しろ。
今は目の前の敵に集中するべき時だ。
状況を今一度確認する。
戦場は平野で、わたし達の右側に森が存在している。
ただ、そこに隠れて矢を射ることはできないくらいの距離は離れていた。
森と敵陣の半分くらいの距離に入らなければ敵陣は狙えない。
陣容に関しては、こちらは4000の兵を横に並べている。
敵も数は同じなので、こちらと合わせるように迎え撃っている。
こちらの優位な点はわたし達弓兵が500いること。
今は味方右翼後方から、敵前線に向かって射かけているが、決定的な隙は生まれておらず、状況は均衡していた。
時間をかければ削り殺せるが、それではユマ様が……。
それでも、ニジェールが上手くやってくれることに賭けて戦場に矢を降らせていく。
「場所は先ほどの箇所から100メートル右! 放て!」
わたしは戦場を見まわし、敵が崩れそうな所の少し後ろを狙って矢を放っている。
弓兵だけで勝負を決定づけることはできない。
だが、できることもあるのだ。
弓で敵兵を怯ませ、そこに兵士が突撃することで戦況を変えることができる。
弓兵はあくまでその前座を作るということまで。
そうやって敵の混乱を誘っているのだけれど、味方が動く前にその隙を塞がれてしまう。
「どうしたら……」
「悪くはないと思いますよ。ユマ様であれば既に数回は勝負が決まっていたでしょう」
「……でも、それを彼に求めるのは酷」
「でしょうな」
父が信頼をおく優秀な副官。
大体のことは理解しているので、聞けばすぐに答えが返ってくる。
「そういえば、味方の騎馬はどうして出ない?」
「敵騎馬を警戒しているのでしょう。そして、敵騎馬も同じことかと」
「その騎馬を誘い出せれば……」
「ニジェール様が突っ込んでそのまま切り裂いて勝てるかもしれませんね」
「それをさせられればいいけど……」
わたしは辺りを見回し、もしかしたら……と思える物を見つけた。
そして、副官に話しかける。
「ねぇ」
「なんでしょう」
「兵の指揮ってできる?」
「当然です。ナーヴァ様の側で代わりに指揮を執ることもありました」
問題の1つ目はクリア。
ではもう一つ。
「今回の兵の中で、足に自信のあるものはどれくらいいる?」
「足に自信ですか? そこまで考えて編成はしていませんが、50はいるかと」
「50……」
たったそれだけで効果があるのか。
そう思わないでもないが、わたしだってやってやる。
無謀な策という訳でもない。
「では狙撃に自信のある者は?」
わたしがそう聞くと、彼は何を言っているんだという顔をする。
ちょっとムッとすると、彼は肩をすくめて答えた。
「全員ですよ。我々はアルクスの里の名を掲げているのですから」
「そう……わかった。では足の速い者に追加で50名抽出しておいて。指揮は任せる」
「どちらに向かわれるので?」
「ニジェール様に作戦の提案をしてくる」
「なんと。かしこまりました。右側に集めておきますね」
「……よろしく」
こいつ……と思わなくもないが、わたしは馬に乗ってニジェール様の元へ向かう。
今は時間が惜しい。
ただ誰かの言う通りに矢を放つ存在ではない。
わたしは……ユマ様の隣に自分の力で立ちたいのだ。




