第四話 港造り④
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
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病院を出た私は、海を背にして港の入り口を目指した。
入り口の付近は地面が均され、広場となっている。左手側には、港の建設に必要な資材が積まれ幾つもの山を形成していた。右手側に目を移すと、こちらには大きな建物が幾つも並んでいる。これは作業員の宿泊施設や食堂だ。その奥には移住者用の民家も建てられていた。
建設中の港では圧倒的に人手が不足しており、国中から移住者を募っていた。その促進のため、移住者には無料で住居を与えることにしている。だが移住者は思ったようには集まらず、せっかく建てた民家はまだ空き家となっていた。
私は資材と建物の間を歩き、港の入り口となる場所に向かった。
外へと繋がる道路では、片側が封鎖され穴が掘られて道路工事が行われていた。しかし工事を行うのはガンゼ親方が率いる作業員ではなく、カシュー守備隊の兵士達だった。兵士達には兵役の一環として、道路の整備もしてもらっているのだ。
私は作業を監督している兵士を探した。すると禿頭に巨体の男性が、兵士達に交じり作業をしていた。禿頭の兵士が私に気付いて顔をあげる。
「ああ、これはロメリア様」
この兵士は、ロメ隊の一人であるブライだ。柔和な顔をしているがオットーに次ぐ体格の持ち主で、見た目どおりの力持ちだ。彼は私を見ると眉を上げる。
「今日はいつもと服装が違いますね。赤い色もお似合いですよ」
ブライは自然に女性を褒める。人のよさそうな顔をしているが、意外に女性経験が豊富なのかもしれない。しかし皆が似合う似合うと言われると、なんだかその気になってくる。
「それはありがとう。ところで、仕事は順調ですか?」
「順調です。最近は兵士達も作業に慣れてきたので、効率が上がりました」
ブライが頭の汗を手拭いで拭いながら、作業中の道路に目を向ける。私も現場を見ると、兵士達が道に沿って深い穴を掘っていた。そして穴に大きな石、小さい石、砂利を順番に敷き詰め石の層を作っていく。その上に土を盛り、しっかりと均す。最後に四角く切り分けられた石材を敷く。これで石畳の道路の完成だ。
幾つもの工程があって手間だが、石の層を設けることで水捌けの良い道路が造れる。この場所は港の玄関口となるため、頑丈に造っておきたい。
「これだけ頑丈に造れば、百年は残るでしょうね」
ブライは腕を組み、自分の仕事を眺めて頷く。
「百年なんてとんでもない。この道は千年先まで残りますよ」
「千年? そいつは剛毅だ」
ブライがおおらかに笑う。しかし私はその笑みを見咎めた。
「信じていませんね。本当に千年残るのですよ? 私はこの目で見てきました」
私はアンリ王子と旅をした時のことを思い出した。
「魔王ゼルギスを倒す旅をしていた時、魔王軍に見つからないように古い道を歩くこともよくありました。しかし古い道ですと大概は草木に埋もれ、道の体を成していません。ですが時折、草木に埋もれることのない道がありました。それこそ古のライツベルク帝国が築いた道路です」
私は家庭教師に教えてもらった歴史を、頭の中で紐解いた。
ライツベルク帝国は強力無比な軍隊を持ち、世界各地に軍勢を派遣して比類なき大帝国を築き上げた。だが一方で、帝国は街道をよく整備したことでも知られている。帝国は頑丈な道路を築き上げることで、兵士の移動を迅速に行い攻撃や防御に活用したのだ。
「彼らは穴を掘り、石や砂利を敷き詰めて道路を築きました。そのため樹木が根を張ることが出来ず、長い時を経ても埋もれることがなかったのです」
思い返せば感慨深い話だった。私はあの道を誰が造ったのかを知らない。しかし名も知らぬ人達が開いた道は、時を経て私やアンリ王子を助けてくれたのだ。
「この道路の工事は、ライツベルク帝国が建設した道路の作り方を参考にしています。きっと千年後の人々も、この道路を見ると思いますよ」
「はぁ〜千年ですか。なら千年後の人達のためにも、しっかりと造っておきますか!」
ブライは声を張り上げて仕事へと向かう。今はまだ港の入り口の部分にしか、この道路を造ることが出来ない。しかしゆくゆくは王国の全土にこの道路を繋げたいものだった。
道路工事を確認した私は、次の仕事に向かうべく踵を返した。
港の中央にある屋敷へと足を進めると、大蒜の香ばしい匂いが鼻をくすぐった。匂いに釣られて顔を向けると、広場の端ではかまどが作られ大鍋が置かれていた。かまどの前には兵士達が立ち、大鍋に食材を投入している。
調理をする兵士の中に、見知った顔があった。私はでっぷりとしたお腹に、エプロンをつけた兵士に歩み寄り声をかけた。
「ベン、昼食の準備ですか」
「ああ、ロメリア様」
大鍋を木のヘラでかき混ぜているのは、ロメ隊のベンだった。彼は隊では一番の食いしん坊で、美味しい物を食べるために料理まで出来るようになった男だ。
「へぇ、赤色も似合いますね」
ベンは私の服を見て頷く。お世辞だと分かっているが、何度も褒められると悪い気はしない。
「でもロメリア様。お昼はまだですよ、これは作業員達の分です」
「別にお腹が空いたから、来たわけではありませんよ」
笑って私は答えた。しかしベンがかき混ぜる大鍋からは、いい匂いが漂ってくる。肉と野菜の甘い匂いに大蒜の香りが合わさり、鼻腔を存分に刺激してくれる。匂いを嗅いでいると、先程まで感じていなかった空腹を覚えるほどだった。
「しかし貴方には、作業員の分の食事まで作らせて悪いですね」
本来作業員の食事は、別の料理人を雇うべきだった。しかしベン以上の適任者がおらず、兵士の分だけでなく作業員の分まで作ってもらっている。
「礼を言われるほどのことじゃありませんよ、素人の真似事ですし」
「いえ、ベンの料理は本当に美味しいですよ。作業員だけでなく、私も楽しみにしています」
謙遜するベンに、私は首を横に振った。
実際、ベンの料理は美味しいと評判だ。港の工事は突貫で進めており、作業員には無理をさせている。美味しい料理をしっかりと食べて、英気を養ってもらいたい。
「食材は十分足りていますか?」
私は首を伸ばし、調理場の後ろを見た。調理場の後方では、塩漬け肉や野菜が詰まった箱や麻袋が山積みとなっていた。
「量は十分に足りていますよ。ただ大蒜が大量にあるのですが、あれはどうしてです?」
ベンが首を返して、食材が集められた箇所を見る。麻の袋からは大蒜の白い皮が覗いていた。
「大蒜を食べると活力がつきますからね、昔こんな話を聞いたことがあります」
私は子供の頃に教えてもらった話を思い出した。
「千年以上前の話ですが、ここよりはるか南に砂漠に覆われた国があったそうです。その国を統治していた古代の王達は、奴隷を働かせて巨大な墳墓を作らせていました。王達は報酬として奴隷達にパンとビール、そして大蒜を与えていたそうです」
「へぇ、大蒜を。昔の人も食べていたんですね」
「しかしある時、大蒜が手に入らず配給が出来なかったそうです。すると奴隷達は怒って反乱を起こしたという話があるのです」
私は古代に起きた事件を語った。記録に残っている限りでは、この反乱が人類最古の反乱であるらしい。
「昔の人は、大蒜が理由で反乱を起こしたのですか?」
「らしいですよ、重労働には大蒜の栄養が必要不可欠だったのでしょう。それに倣って大蒜を仕入れてみました。たっぷりと大蒜を効かせた料理を作ってください」
「お任せください、大蒜料理は好きですから。この後で兵士の分も作りますから、ロメリア様のところに一皿お届けしますよ」
ベンがそう言うと、私の背後から声がした。
「おう、なら俺の分も頼むよ」
私が後ろを振り向くと、そこには書類を片手に持つ男性がいた。
その男性はみっともない格好だった。髪はいつ櫛を通したのか分からないほど乱れ、緑の服もいつ洗濯したのか分からないほど薄汚れている。顔には無精髭を生やし、実にだらしない。
「ああ、これはヴェッリさん。分かりました、ではもう一皿追加しておきます」
ベンが請け負う。この身嗜みにまるで頓着しない男性は、私の家庭教師であり、現在では軍師として支えてくれているヴェッリ先生だ。こう見えても、名のある貴族の一員である。
「しかし今の大蒜の話は、俺が教えたやつだな。十年も前のことなのに、よく覚えていたな」
ヴェッリ先生が無精髭に笑みを浮かべる。もうそんなに昔になるのか。
「もちろんですよ、先生の教えは、私の身についておりますので」
私は胸を張った。ヴェッリ先生に教えてもらった話は、昨日のように覚えている。
「その調子で詩も覚えてくれると、よかったんだけどなぁ」
ヴェッリ先生がぼやくと、私はすぐに目を逸らした。先生は私に世界の歴史や戦史を教えてくれた。しかし本来の仕事は、詩の勉強にあった。
貴族の令嬢であれば、古今の詩に通じておくことは基礎的な教養である。しかし私はこの詩というやつが苦手で、なんというか全く頭に入ってこない。ヴェッリ先生には散々教えてもらったはずなのだが、思い出そうとしても頭に霧がかかったように記憶が曖昧になってしまう。
私は話題を変えるべく、ベンがかき混ぜていた大鍋を見る。
「あっ、いい匂い。今日のお昼は鳥肉ですね」
「ロメリア様、これは豚肉です」
ベンの言葉に、隣にいるヴェッリ先生は肩を震わせ笑いを堪えていた。私は今いる場所が戦術的に不利であると悟った。こうなれば撤退の一手である。
「ゴホン! ではベン、あとは任せましたよ」
征くも引くも速度が命、これもヴェッリ先生に教えてもらったことだ。私は踵を返すと、そそくさとその場を立ち去った。
ロメリアは蘊蓄たれるのが好き