ギリエ峡谷の愚者と黄金 後編
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。アニメ公式サイトがございますので、是非ご覧ください。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
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灰色の岩肌を見せる斜面に、木の柱で補強された洞窟が口を開けていた。開発していた金鉱山への入り口だった。鉱山の周辺では作業用の小屋が幾つも建てられており、鉱山から出た石や土が周囲に積み上がっていた。
「ロメリア様、こちらです」
松明を持つブライが先導し、鉱山の中に入っていく。大きな坑道が真っ直ぐに伸び、その左右には、小さな坑道が幾つも伸びていた。ブライと共に進むと、坑道の奥から怒鳴り声が響く。
「お前らじゃ話にならん! 責任者を連れてこい!」
数人の兵士に囲まれ、怒鳴り散らしているのは白髪の生えた老人だった。眉毛や髭も白く、腰も曲がっていた。しかし矍鑠としており、目は爛々と輝いている。
私はブライを見上げると、彼はそうだと頷く。どうやらあの老人が、立て籠もっている山師らしい。右手を見れば、石のようなものを握り締めている。
あれが爆発する魔道具、爆裂魔石だとすると確かに問題だ。下手に爆発すれば崩落が起きるかもしれない。そうなれば兵士や老人が死ぬ。こんなところで死者が出るのはごめんだった。
「どうかされましたか?」
私は息を吸い込み、前に出て老人に話しかけた。
「なんだ? 嬢ちゃんは?」
老人はギロリと私を睨みつける。
「グラハム伯爵家のロメリアと申します。貴方が呼んだ責任者です」
「女のお前がか?」
「はい。少なくとも、この鉱山の解体を決めたのは私です」
私が答えると、老人は目を剥いた。
「そうか、話は聞いていた。お前さんがあの……なら話は早い。儂は山師のザンネってもんだ。ここの解体を取りやめろ、この鉱脈からは必ず金が出る。儂の採掘を邪魔するな!」
「しかし、金は出なかったではありませんか」
私は諭した。この金鉱山からは多少の金は出たが、労力に見合うものではなかった。
「去った連中が、能無しで根性なしなだけだ! 儂の目に狂いはない。ここからなら確実に金は出るはずだ! 儂の一族は、爺さんの代からここの金を狙っていたんだ!」
ザンネは唾を飛ばす。どうやら一族で入れ込んでいたらしい。
「ここで金を採るのは、一族の悲願だ。ここを去るぐらいなら、いっそのこと……」
ザンネは右手の石を握り締める。無理やり連れだせば自決しかねない。
私は溜息を吐いた。人によっては、死にたいのなら死なせてやれと言うかもしれない。だがこんなところで、死人を出していられなかった。
「分かりました。どうしてもというなら、特別に採掘を許可しましょう」
「本当か!」
仕方ないと折れる私に、ザンネが顔を明るくする。
「ただし、採掘を許す坑道は一つだけです」
私は鉱山の奥に目を向けた。金を採掘していた鉱山は、蟻の巣のように坑道が張り巡らされている。
「貴方がここだと思う坑道を、一つだけ選んでください。その場所でのみ採掘を許可します。ですがそこ以外は閉鎖とします。いいですね」
続く私の条件に、ザンネは顔をしかめる。
「一つ、一つだけか?」
「はい、一つだけです。もし自信がないと言うのでしたら、諦めてください。我々もそんな人のために、振り回されたくはありませんので」
私のわかりやすい挑発に、ザンネは口をへの字に曲げてムッとする。
「自信はある! 儂はお前さんが生まれる前から、山師をやっとるんじゃ! 儂の勘に狂いはない。こっちじゃ、付いてこい!」
ザンネは肩を怒らせ、坑道の奥に向かっていく。
「ロメリア様、よろしかったのですか?」
ブライが問うが、仕方がなかった。
「無理やりつまみ出せば、それこそ何をするか分かりません。気のすむようにやらせるしかないでしょう」
私は奥へと向かっていくザンネの右手を見た。その手に握られているのが、爆裂魔石かどうかは分からない。だが仮に偽物だったとしても、力づくで追い出したザンネが暴走するかもしれない。気のすむようにさせるしかなかった。
「それに金が出れば儲けものです」
私はそう割り切ることにした。老人一人が勝手に採掘する分には、別に懐も痛まない。そして運よく金が出れば、国庫が潤う。
「ザンネさんが選んだ坑道以外から、使える資材を運び出しましょう」
「分かりました。ただ崩落しないようにするとなると、全部の資材を抜くと言うわけにもいきません。全ての坑道を封鎖しないとなると、予定数に足りない可能性が出てきますが……」
「……それは後で考えましょう。足りない数が分ったら、別途都合をつけます」
私は頭の痛い問題から目をそらした。
「おい、何を食っちゃべっておるか、こっちじゃ!」
坑道の奥で、ザンネさんが拳を振り上げる。わざわざ見に行く必要はないのだが、誰かに自分が見つけた金脈を、話したくて仕方がないのだろう。付き合ってあげることで納得するなら、これも仕事と割り切る。
ザンネの後をついていくと、老人は途中で脇道へと逸れた。人一人が通れるような細い坑道を抜けると、少しだけ広い空間に出る。周囲には鶴嘴や槌が放置され、さらに寝袋やランタン、着替えなども転がっていた。どうやらザンネはここに住み着いているらしい。
「見ろ! ここじゃ!」
ザンネが示す先には、大きな一枚岩が行く手を遮っていた。
「間抜け共がこの岩は砕けないと、この坑道を放棄しおった。しかし儂の目に間違いはない。この岩の向こうに黄金は眠っているはずだ」
ザンネは力説する。ブライが松明を高く掲げ岩を照らすと、岩に幾つもの楔が撃ち込まれ、小さな丸い穴が開いているのが見えた。多くの人が諦めても、ザンネは諦めずに一人で岩を砕こうとしていたのだ。
「すでに岩を砕く準備はできておる。あとは最後の仕上げに……」
ザンネは岩に歩み寄り、小さな穴に右手に持っていた爆裂魔石を入れる。かなり深く穿たれているらしく、爆裂魔石が中へと転がっていく。そしてザンネは長い棒を取り出し、先端を穴に番えた。
「これで爆裂魔石を爆発させれば……」
「ちょっと待って!」
私は叫んだが、ザンネは爆裂魔石を入れた穴を、勢い良く棒で突く。すると爆発音が鳴り響いた。
私はとっさに伏せ、その上をブライが覆いかぶさる。
崩落の衝撃に備えたが、土砂が降ってくることはなかった。代わりに笑声が坑道に響く。
「ハハハッ、安心しろ。ちゃんと計算してある。この程度で崩落はせん」
ザンネは呵呵と笑うが、私は腹が立った。たとえどれだけ緻密に計算したとしても、坑道内部で爆発を起こせば崩落が起きるかもしれない。ザンネは自身だけでなく、多くの人間を危険にさらしたのだ。
「あのですねぇ!」
怒鳴りそうになったその時、太い腕が私の前に差し出される。ブライの手だった。彼の指は坑道の奥を示し、そのつぶらな瞳は指の先から離れない。
「ロ、ロメリア様。あれ……」
ブライが示す先を見ると、先程爆裂魔石を仕掛けた岩が、二つに割れていた。そして砕けた岩の間から、金色の鉱石が輝いていた。
「嘘……」
私は信じられず、誰もが息を呑む。一拍の沈黙の後、歓声が坑道に響き渡った。
「金じゃ! 金じゃぁぁぁぁ!」
ザンネは目を輝かせ、金色に輝く鉱物に取り付く。そして手で土を掘り始めた。
「ウヒヒヒヒッ、爺さんの、親父の、儂の目に狂いはなかったんじゃ! 金じゃ! 金じゃぁぁぁぁ~!」
土が爪の間に食い込んでいたが、ザンネは指の痛みなど意に介さず、目の色を変えて土を掘る。すると掘っていた壁の一部が崩れ、金色の鉱石が地面に落ちて転がる。
「デカっ」
転がる鉱石を見て、ブライが思わず呟く。鉱石は胡桃ほどの大きさがあり、賽子のようにきれいな六面体となっている。だがその形を見て、私はあることに気づいてしまった。
「これ、金じゃありませんよ!」
「え? ロメリア様。違うんですか?」
ブライが驚くが、これは金ではない。色味は似ているが、金がこれほど均等な六面体になるとは考えにくい。
「これは……黄鉄鉱です」
私は地面に転がる金色の六面体を拾い上げた。
まるで人工物のような形をしているが、鉱石の中には幾何学的な結晶を作り出すものがある。水晶などは六角柱の形をとることが知られているし、身近なところであれば塩なども綺麗な四角い結晶を作る。
「確か、鉄と硫黄が混ざったものです」
私は頭に指をあてて、昔読んだ記憶を引っ張り出した。色が黄金に似ているため、金と間違える者が多い。そのため『愚者の金』などと呼ばれている。
「そんな、そんな……」
先ほどまで喜色満面だったザンネの顔が、絶望に黒く染まっていた。あれほど力強かった目は虚ろとなり、体はしなびたようにしぼんでいる。
「あ、あの……ザンネさん」
「儂の金が……一族の夢が……」
私が声をかけるも、ザンネは口からつぶやきを漏らすだけだった。夢が叶ったと思った瞬間に絶望に落とされたため、失意から立ち上がれないのだ。
ザンネはふらふらと歩きながら、外へと向かっていく。
「あの、この黄鉄鉱、いらないんですか!」
「いらん、そんな物はいらん……。金で、金でなければ……」
呟くように返事をすると、ザンネはそのまま出ていってしまった。
「やれやれ。しかし、これでここを閉鎖するわけにはいかなくなりましたね」
私は一息を付いて、黄鉄鉱が出た坑道を見た。
「え、閉鎖しないのですか?」
「ええ。ザンネさんはいらないと言っていましたが、黄鉄鉱は価値のある鉱物です」
私は拾った黄鉄鉱を地面に転がし、代わりに落ちている槌を拾い上げた。
「少し離れていてください」
ブライや兵士達を下がらせると、私は黄鉄鉱を槌で叩いた。すると激しい火花が上がる。
「おおっ! すごい!」
「見ての通り、鉄で叩くと火花が出ます。金ほどの値はつきませんが、これはこれで価値のある鉱石なのですよ」
私はザンネが出ていった坑道に目を向けた。長く山師をしていたザンネは、当然だが黄鉄鉱の価値や特性を知っていただろう。しかし黄金でなければ、ザンネにとって意味がないのだ。
「ザンネさんには残念な結果となりましたが、収益が見込める鉱脈が発見されたのはいいことです。発見者の名にちなんで、ザンネ鉱山と名付けてあげますかね」
私は深く考えずに命名した。
その後ザンネ鉱山からは黄鉄鉱の鉱脈が幾つも見つかり、世界的に名が知られるようになった。しかし当のザンネはその後行方知れずとなり、姿を見た者はいなかった。




