第二話 港造り②
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
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海に面した港を持つことは、我がライオネル王国の悲願であった。
ライオネル王国はアクシス大陸の中原に位置し、交通の要衝を握っている。しかし海に面した港を持っておらず、海洋交易を行うためには川を下らなければいけなかった。川を下った先は他国の領土であり、多額の通行税をとられてしまう。
「港があれば、無駄に税金を払わずにすみます。この港はライオネル王国の物流を一変させる可能性があります。しかし大量の荷を捌くとなれば、小舟で荷下ろしなどしていられません」
「ああ、でかい港を造らねぇとな。工事は順調だ。予定より進んでいる。岸壁の質が――」
ガンゼ親方が説明しようとすると、遮るように破裂音が空に響き渡った。
鼓膜を震わせる音の発生源に目を向けると、入江を遮る岩壁から白い煙が立ち上っていた。岩壁の一部に亀裂が走り、砕けた岩が遠浅の海に落下していく。
爆裂する魔道具である爆裂魔石を用いて、入江の岩壁を砕いているのだ。岩壁の上には退避していた作業員が現れ、工具を使い亀裂の走った岸壁をさらに砕いていく。落下していく岩により、入江は徐々にだが埋まっていく。
「岩壁の質がかなり良い。埋め立てにはもってこいだ。あと作業が進んでいる理由だが……」
ガンゼ親方が、工事が進む入江を見た。砂浜には他の場所から切り出された石や土が運び込まれ、内側からも埋め立てが進んでいる。
作業員達は岩を担ぎ、時には複数で協力して大きな岩を運んでいる。その中に一際巨大な男がいた。頭一つ抜けた体格を持つその男性は、ほかの作業員が運ぶ数倍の大きさの岩を軽々と肩に担いでいる。あまりの怪力に、周りにいる作業員達も口を開けて見とれるほどだった。
男が入江の前まで来ると、担いでいた岩を海に放り投げる。水飛沫が高く上がり、岩を投げた男の顔にも降りかかった。
水飛沫を頭から被った男は、濡れた顔を右手で撫でる。その顔はロメ隊のオットーだった。彼は兵士ではあるが、自慢の怪力と元大工という経歴を生かし、港造りにも参加していた。
「あいつのおかげで、だいぶ作業は捗っている」
ガンゼ親方が頷きオットーを見る。その眼差しは柔らかい。ガンゼ親方は働き者のオットーを気に入っていた。一方でオットーも腕のいいガンゼ親方を慕っており、今では師弟のような関係となっていた。
石を運び終えたオットーが、さすがに疲れたのか地面に腰を下ろして休む。するとそこに一人の女性が歩み寄った。美しい髪に、上品な顔立ちの若い女性だった。女性はオットーに顔を拭くための手拭いを差し出す。オットーは顔を赤くしながらも手拭いを受け取り、海水に濡れた顔を拭いて返す。だが拭けていない場所があったのか、手拭いを返された女性が手を伸ばしてオットーの顔を拭ってあげる。
女性が笑い、オットーは顔を真っ赤にして黒髪の頭を掻いていた。
「エリーヌの奴も、オットーを気に入っているようだ」
ガンゼ親方が一部始終を見て頷く。オットーの顔を拭いてあげた女性は、ガンゼ親方の一人娘であるエリーヌさんだ。荒っぽいガンゼ親方とは似ても似つかぬ大変上品なお嬢さんだ。
「オットーとの関係を、反対はしないのですか?」
私は二人を見ているガンゼ親方に目を向けた。
ガンゼ親方は名の知れた土木工事の専門家だ。多くの従業員を抱えており、貴族とは言えないまでも地元では名士で通っている。一方でオットーは貧乏な大工の倅であり、ガンゼ親方とは家の格が釣り合わない。
「へっ、名士様なんて言われているが、俺もガキの頃は貧乏だったよ」
ガンゼ親方は、自分の身分を笑い飛ばす。一代で成り上がった経歴を持つガンゼ親方にとって、家の格だなどと言う気にはなれないのだろう。
「それに、俺は仕事仕事で父親らしいことはなんもしてやれなかった。こんな時だけ親父面して、口出しなんて出来ねぇよ」
ガンゼ親方が鼻で笑う。
「まぁオットーは悪い奴じゃねぇ、当人同士が好き合っているならそれでいいさ」
「それは、大丈夫そうですね」
オットーとエリーヌさんに視線を戻すと、二人がいる場所だけ春のように暖かく見えた。二人の関係は、この後どう進展するか分からない。だがオットーとエリーヌさんを見ていると、二人は幸せになれるだろうと思える。
「作業は順調だが……ところで、例の件はどうなっている?」
ガンゼ親方は周囲に誰もいないことを確認したあと、声を低くして尋ねた。
例の件と言われて、私はすぐに何の話か思い至った。
埋め立て工事には、岸壁を砕くための爆裂魔石が大量に必要となる。しかし爆裂魔石は貴重であり、数を揃えることは困難だった。ただここから南にあるギリエ渓谷には金鉱山があり、王家とグラハム伯爵家が共同で金の採掘を行っている。採掘には爆裂魔石が必要であり、大量に備蓄されていた。私はギリエ渓谷から爆裂魔石をくすね、埋め立て工事に回していたのだ。
ちなみにこれは結構な重罪であり、王家に露見すればただでは済まない。発覚した場合に備えて書類上の手違いということにしたが、危ない橋であることは間違いなかった。
「その件でしたら、解決しました。金鉱山から金が出なかったことが助けとなりました」
私は南へと目を向けた。
ギリエ渓谷の金鉱山は、当初予想したほど金が産出されなかった。おそらく投資した資金は回収出来ないだろう。金を求めてやってきた労働者も、稼ぐどころか借金をしている始末だ。
「王家は金鉱山に興味をなくしたようです。そこで父であるグラハム伯爵が、金鉱山開発のための資材を、港の建設に当ててはどうかと提案してくれました」
「最初に港の開発を申請した時は、全く相手をしてもらえなかったのにな」
ガンゼ親方が鼻で笑う。私としても同感である。
「入江の存在そのものを、信じてもらえませんでしたからね。最近になってようやく王家も信じ始めたようです」
「今頃かよ。遅い連中だ」
ガンゼ親方が肩を震わせて笑う。
「とにかく、もう何も問題はありません」
私は言葉の一部を強調した。
金鉱山の資材を正式に貰えることになったため、私は書類を遡って改竄した。全ての証拠を隠滅したので、もはや誰にも爆裂魔石の横領を告発することは出来ない。
「心配事がなくなって何よりだ。これで心置きなく工事が出来るな」
「ええ、お願いします」
私が頭を下げて頼むと、ガンゼ親方は太い顎を引いた。その時作業員がやって来て、ガンゼ親方に指示を乞う。私は仕事を邪魔しないよう、一礼してその場を離れた。