第一話 港造り①
今週からこちらでの連載となります。
時系列としては書籍版ロメリア戦記の一巻と二巻の間、なろう版ではep38とep39の間となります。
全ての話の掲載が終わり次第、なろう版のep38ep39の間に挿入します。
お手数をおかけしますが、よろしくお願いします
雲一つない青い空に、太陽が高く輝いていた。惜しみなく注がれる陽の下では、作業服姿の男達が行き交っている。男達は岩を担いで運び、手押し車を使って土を移動させていた。槌の音があちこちからあがり、そこに巨大な石を押す男達の声が合わさる。
ライオネル王国のカシュー地方。ギリエ渓谷を抜けた先にある入江では、港を造るため大掛かりな土木工事が行われていた。私は工事が行われている現場の中を歩いた。すると作業をしていた男達が顔をあげて私を見る。おそらく場にそぐわない、この赤い服のせいだろう。私が立ち止まり自分の服に目を落としていると、背後から声をかけられた。
「あっ、ロメリア様」
振り向くと、そこには鎧を身に着けた二人の兵士がいた。金髪に明るい顔の男性と、黒髪に彫りの深い顔の男性だった。
「ゼゼ、ジニ。休憩中ですか?」
私は二人の兵士、ゼゼとジニに向き直った。二人はライオネル王国、カシュー守備隊所属の兵士だ。そして私の名からとった、通称ロメ隊の一員でもある。
「今からボレルとガットに交代してもらうところです」
「朝から警備の仕事で、やっと休憩ですよ。もうクタクター」
ジニが兵士らしく背筋を伸ばして、黒髪に手をかざし敬礼する。
その隣ではゼゼが砕けた口調で話す。二人は同い年のはずだが、ジニは顔の彫りが深く老けて見える。一方ゼゼはいつも明るく幼く見えた。しかしこう見えても、ジニは五十人の兵士を率いる五十人隊の隊長であり、ゼゼはその副隊長だ。
「そうそう。昼過ぎに会議を行いたいので、昼食後に私の執務室に来てもらえますか?」
私は首を返す。視線の先には緑の屋根に、白い漆喰が塗られた大きな屋敷があった。私が滞在している屋敷だ。住居であると同時に私の仕事場でもあり、執務室が存在する。
「ボレルとガット、あとアルとレイにも出席するように言ってください。アルとレイは兵士達と共に周辺の見回りに出ているはずです。昼前には戻るでしょう」
「了解しました。ボレル、ガット、アル、レイの四名に伝えておきます」
ジニは再度敬礼する。そして手を下ろしたジニは、そのまま視線も下ろして私の服を見た。
「あの、ロメリア様。今日はいつもとお召し物が違いますね」
「ええ、セリュレさんから頂いた服なのですが……」
私はため息をつきながら自分の体を見下ろした。
私が着ているのは、深い赤の生地で作られた服だった。胸には金の釦が二列に並び、首元には黒いリボンが蝶のように結ばれている。とてもいい意匠の服だが、私に赤は似合わない。派手さを抑えるために下のズボンは黒にしたが、それでも私には華やかすぎる色合いだ。
「似合っていないでしょう」
「そんなことはありません、ロメリア様。大変お似合いです」
ジニのお世辞を、私は愛想笑いで返した。
私は貴族であり、さらに言えばジニ達の上官でもある。ジニの立場では、ここで似合っていないと言うわけにはいかない。
「いえ、本当にお似合いですよ」
ジニが慌てて念押しするが、念押しされればされるほど、似合っていないと言われているようなものだ。とはいえ部下を困らせてはいけないので、会釈を返して頷いておく。
「ロメリア様。その服、かっこいいと思いますよ」
ゼゼが明るい笑みを見せる。その顔に嫌味はない。
「お前、それは女性への褒め言葉じゃないだろうに……」
ジニが呆れたように顔に手を当てるが、私はちょっと嬉しくなり上目遣いに尋ね返した。
「本当ですか?」
「はい。シュッとしていて、決まっています!」
ゼゼがグッと親指を立てる。確かにジニの言うとおり、かっこいいというのは女性への誉め言葉ではないのだろう。女性には可愛いや綺麗という言葉を送るべきだ。しかし私は可愛くもなければ綺麗でもない。自分でも分かっているので、お世辞を言われても素直に受け取れない。一方でかっこいいという言葉には、まだ真実味が感じられる。
「ありがとう、ゼゼ」
「いえいえ、どういたしまして。それでは、休憩に入らせてもらいます」
ゼゼは金髪の下に、笑顔を見せて敬礼をした。私はゼゼとジニの背中を見送った。ゼゼはいつも明るくて陽気だ。ただ明るすぎてちょっと心配になる時もあるが、思慮深いジニが側にいるのでいい抑え役になってくれている。
二人の背中を見送った後、私は踵を返して歩き始めた。工事が進む間を抜けて行くと、天井を日除けの布で覆った簡易天幕が見えてきた。天幕の下には机が置かれ、何枚もの書類が並べられている。机の前には、長い白髪を後ろに纏めた初老の男性が立っていた。男性は太い首を上下させ、机の書類と工事現場を見返している。
「調子はどうですか? ガンゼ親方」
私は初老の男性に歩み寄った。彼はこの工事の責任者であるガンゼ親方だった。
「おう、嬢ちゃんか。港の建設は順調だ。予定より早く進んでいるぐらいだ」
ガンゼ親方が工事中の現場を見回す。私も目を向けると、作業員達はキビキビと動き、工事が澱みなく進んでいることが見てとれた。さらに視線を北に向けると、遠浅の海岸が広がりその先は岸壁が聳えていた。岸壁の向こう側にはメビュウム内海があるはずだ。
「あの岩壁のせいでメビュウム内海からも、この入江が見えなかったわけだが、嬢ちゃんはよくこんな場所知っていたな」
ガンゼ親方は、まるで秘密の隠れ家のような入江を見回す。
「ええ、いろいろありまして」
私は笑って答えた。しかしこの入江を見つけた経緯は、笑って語れるものではなかった。
あれはアンリ王子と、魔王ゼルギスを討伐する旅に出ていた時のことだった。私達はメビュウム内海を船で通行し、他国に渡ろうと計画していた。しかし船は嵐に遭い沈没、私とアンリ王子は木の板にしがみついて、必死に岸に向けて泳いだ。もう駄目かと思ったその時、偶然この入江に流れ着いたのだ。
本当に運がよかった。この入江にたどり着かなければ、私達は死んでいただろう。私には天より与えられた『恩寵』という奇跡の力がある。これは周囲にいる者に幸運を授ける効果がある。おそらく同行していたアンリ王子に『恩寵』の力が作用し、ついでに私を救ったのだろう。
「しかし綺麗な入江だ。港を作るんでなけりゃぁ、別荘の一つでも建てたいぐらいだ」
ガンゼ親方が入江を見て呟く。確かに入江には白い砂浜が続き、遠浅の海は透き通り底まで見ることが出来た。また砂浜には二本の桟橋が伸び、小舟をつけることも可能で、船遊びもやれる。ここに別荘を建てれば、夏はいつもここで過ごしたくなるだろう。
「確かに別荘地としては最適ですが、港としては使えません。大型船を停泊させるには、この砂浜を全て埋めてしまわないと」
私としても、美しい場所を潰してしまうことに抵抗があった。
だが遠浅の砂浜では、砂が邪魔をして小舟しか接舷することが出来ない。なんとしてでもこの砂浜を埋め立てて、巨大な船でも停泊が可能な港を作らねばならない。
「分かっているさ。海に面した港を持つことは、ライオネル王国の悲願だからな」
ガンゼ親方が太い顎を引いた。