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ロメリア戦記外伝集  作者: 有山リョウ
ろめりあ戦記外伝集
4/40

ろめりあ戦記外伝 ロメリアと猫の日

再掲

こちらは以前ロメリア戦記本編に掲載していたものを再度掲載した物です

ろめりあ戦記外伝 ロメリアと猫の日


 それはミレトの街で起きた出来事だった。

 空には雲ひとつなく、太陽は惜しみなく陽気を街に降り注いでいた。


 薄桃色のドレスに身を包んだ私は、ミレトの街に用意した館の中庭に出た。

 中庭には植木が綺麗に刈り込まれ、幾何学模様に配置されている。庭の外側には長椅子が設置され、太陽に照らされていた。その姿はどこか日向ぼっこをしているようにも見える。


 中庭に出た私は手を真上に伸ばし、大きく伸びした。凝り固まっていた肩や腕、背筋が伸びて気持ちいい。

 伸ばしていた手を下ろし、大きく息を吐く。少し気分がすっきりとしたが、逆に疲れている自分も感じた。


 先ほどまで王都の商人と、お茶会という名の商談をしていたのだ。お茶会という名目なので、流石にいつもの軍装で出席とはいかない。そのためドレスに袖を通したのだが、久しぶりのスカートに体が凝ってしまった。


 私は再度息を吐いた。ちょっと疲れたので、中庭の長椅子に腰掛け、背もたれに体を預ける。

 暖かな陽気が心地よく、空を見上げていると思考がまとまらない。意識が拡散していく。つまり眠い。


 そう言えば昨日も、今日の商談のために夜遅くまで仕事をしていた。おかげで慢性的な寝不足だった。

 疲れていることを自覚したが、休むわけにはいかなかった。先ほど商談をまとめて一仕事終えたが、今度はまとめた商談の仕事が発生している。一仕事終えれば新たな仕事が生まれるのだ。


 少しだけ休んで仕事に戻ろうと、空を見上げながら考える。すると左手から声がかけられた。


「あれ? ロメリア様。何してるんです?」

 左を向くと、赤毛が跳ねた髪型のシュローがいた。両手にはそれぞれ皿を持っている。


「ちょっと休憩を、そう言うあなたこそ何を?」

 私はシュローが持っている深皿に目を向けると、溢れそうなほどのミルクが注がれていた。


「ええ、ちょっと餌やりを」

「餌?」

 私の疑問にシュローは答えず、深皿を長椅子の足元に置いた。そして顔をあげるとチチッと舌を鳴らす。


 シュローがしばらく舌を鳴らしていると、庭の植木の影から一匹の猫が出てきた。茶虎の模様をしており、お腹周りは白い猫だった。猫はシュローを見つけると駆け寄り足元にじゃれつく。シュローが腰を折って手を伸ばすと、猫は伸ばされた手に額を何度も擦り付ける。


 シュローは猫を撫でながら、ミルクが入った深皿へと誘導する。すると茶虎の猫は深皿に歩み寄り、ピチャピチャとミルクを舐め始めた。

 どうやら猫のための餌だったようだ。しかし猫一匹のために、深皿二つのミルクは多い気がする。


「いつも餌を?」

「最近です。ああ、ロメリア様。まだですよ」

 シュローの言葉の意味がわからず見返すと、シュローは私を見ていなかった。彼は先ほど猫が出てきた植え込みに、じっと目を向けていた。


 つられて私も見るが、別になんともない植木があるだけだった。だがそう思った時だ、植木の隙間から白い毛玉が現れた。猫だ。それも手のひらに乗るほどの子猫だった。


 真っ白な子猫は植木から飛び出ると、小さな口を開きミーと鳴いた。なんとも愛らしい姿に、私の顔も思わず緩む。だが子猫は一匹だけではなかった。白い子猫に続くように、植木の影から黒や三毛、白と黒のマダラに雉虎が飛び出てくる。さらに遅れて灰色の猫がやってきて、合計六匹の子猫が現れた。


 どうやら最初に現れた猫は、この子猫のお母さんらしい。

 子猫達は短いしっぽをピンと伸ばし。小さな手足を一生懸命動かして、母猫の元に駆け寄る。


 ミーミーと鳴く子猫達は、深皿に満たされたミルクに気づく。すると一斉に群がり、ミルクを舐め始めた。だが一匹だけ、最後に現れた灰色の猫は他の兄弟達に押し除けられミルクにたどり着けないでいた。

 シュローは笑って灰色の子猫を掬い上げると、空いている皿の前にそっと置いてやった。


 ミルクにたどり着けた子猫は、喜びにしっぽを振るわせながら一心不乱にミルクを舐め始めた。その姿は愛らしく、何より生命力に溢れている。

 シュローはミルクに群がる猫達に優しげな視線を向け、手で灰色の子猫の背を撫でた。


「最近子供が産まれましてね、普段は餌をやったりはしないんですが……」

 シュローが許しを乞うような顔で見上げる。勝手に餌付けをしたことを、責められると思っていたのだろう。


「別に構いませんよ」

 私は笑って許可した。猫は鼠を捕える。それに何より可愛い。

「猫が好きなんですか?」

「ええ、ガキの頃はよく一緒にいました」

 慣れた手つきで、シュローは猫を撫でる。


「へぇ、猫を飼っていたんですか」

「ああ、違います。飼ってはいません。当時は自分の食う分もないほど貧乏でしたから。近所に住み着いていた野良猫と遊んでただけです」

 シュローは首を横に振った。


「ガキの頃は野良猫のような生活をしていたんで、向こうも俺のことを仲間だと思ったんでしょう。最も、俺はミレトのドブ鼠なんて言われてたんで、よくよく考えれば相性最悪ですが」

 シュローは軽く笑うが、なかなか重い話だった。


 ロメ隊の面々はほとんどが農民出身だ。だがシュローは違っており、ここミレトで幼少期を過ごしていたらしい。ただし暮らし向きはかなり貧しかったらしく、本人の言うように最底辺の暮らしだったようだ。


 私はシュローの過去には触れず、猫を撫でる彼を見続けた。すると中庭と外を繋ぐ小道から声がかけられる。


「おい、シュロー。いくぞ」

 声をかけたのは、眠たげな眼をしたメリルだった。とは言え彼はいつも半眼半目なので、私のように睡眠不足と言う訳ではない。


「あっ、ロメリア様。実は俺この後仕事がありまして」

 メリルに気づいたシュローは立ち上がった。だがまだ子猫達はミルクを飲み終えておらず、皿を片付けるわけにはいかない。


「皿は後で回収しますので、置いておいてもらえますか?」

「ええ、いいですよ」

 私が頷くと、シュローはメリルの元へと駆けて行く。


 メリルと仕事に向かうシュローを見送った後、足元に目を向けた。するとなみなみと注がれていたミルクは半分以上がなくなっており、うっすらと皿の底が見えるほどだった。

 母猫と子猫達の食欲は旺盛だ。元気な証拠である。


 微笑ましく見ていると、食事を終えた母猫が口元についたミルクを舐め取り始めた。そして続けて毛繕いをはじめる。

 しばらくすると食事を終えた子猫達も、母親に習い毛繕いを始めた。だが小さな手足に反して、子猫は頭とお腹が大きい。舐めようとすると体がころんと転がり、上手く毛繕いができないでいた。


 子猫の仕草に微笑みを向けていると、何を思ったのか母猫が長椅子の上にひょいと飛び上がる。そして陽だまりの中、私の右膝に体を預け丸くなった。


 私の隣で丸くなる母猫に驚きつつも、そっと手を伸ばして背中を撫でた。野生の猫の毛並みは決して柔らかではない。ザラザラとしていたが、それゆえに強かな力を感じる。


 母猫を撫でていると、足元に子猫達が寄ってくる。子猫達は母猫を求めてミーミーと鳴くと、スカートに爪を立てて私の足をよじ登ってきた。


「ちょ、ちょっと」

 私は慌てたが、登る子猫を振り払うわけにもいかない。どうしようもないのでただ見ていると、子猫達は次々と私の膝の上に登頂を果たす。そして私の膝の上で戯れ始める。


 小さな毛玉のような子猫達に膝に乗られ、私は愛らしいやら困ったやらで、子猫を撫でるべきか膝から降ろすべきか迷った。

 行動を決めあぐねていると、黒い子猫があくびをした。そして私の膝に顔を埋めたかと思うと、そのまま眠り始める。他の子猫達は黒猫と遊ぼうと戯れ付くが、眠気が伝染したのか一匹また一匹と丸くなって眠り始めた。


 もうそろそろ休憩を終え、仕事に戻ろうと考えていたところだった。しかしこれでは仕事に向かえない。寝ているところに悪い、子猫達には退いてもらおうと膝で眠る子猫達を見る。


 膝に乗る子猫は五匹。最初に眠った黒猫の隣で白猫が顔を寄せるように眠り、そのお腹の上に三毛猫が乗っかっている。少し離れたところでは、白と黒のまだらの猫がお腹を上にしてヘソを出して寝ていた。そしてその股に顔を埋めるように、雉虎が眠っている。


 子猫達の寝姿に笑みを落とすと、一匹足りないことに気づいた。確か子猫は六匹いたはず。どこに行ったのかと周囲を探すと、私の足元でか細い鳴き声が聞こえた。


 膝の上で寝ている子猫を起こさないように、体を傾けて足元を覗く。すると灰色の子猫が寂しげにこちらを見上げていた。

 どうやら他の兄弟達のように、上手く登れないらしい。先ほどもこの子は他の兄弟に押し退けられていた。どうやら少し発育が悪いらしい。


 手を伸ばして拾い上げることもできたが、私は足を伸ばして登りやすいように角度を緩くしてやる。


「さぁ、おいで」

 私が声をかけると、灰色の子猫は上りやすくなったことに気づいたらしい。子猫はスカートに飛びつき、足を登ろうと果敢に挑戦する。


 わっしわっしと爪を立てて、灰色の子猫が足を登る。だがお腹が重いのか、なかなか上に進まない。

 頑張れと心の中で声援を送り、子猫の頑張りを見守る。灰色の子猫はついに私の足を登りきり、眠る兄弟達がいる膝の上に到着した。


「よくがんばったね」

 私は右手の人差し指を伸ばし、灰色の子猫の顔を撫でてやる。子猫は私の愛撫を嬉しいのかくすぐったいのか、目を細めて身を捩った。しばらくすると子猫は生えかけの牙を見せるように、大きなあくびをした。そして眠る兄弟達に混じり丸くなる。


 せっかく頑張って登った子猫を、すぐに退けるようなことはできなかった。

 少し、ほんの少しだけ子猫達に膝を貸そうと私は決めた。


 膝に乗る暖かい毛玉達に手を添えながら、私は空を見上げた。空は青く、日差しは実に心地いい。目を膝に戻せば、子猫達が大きなお腹を震わせて寝息を立てている。先ほど私の足を登った灰色の子猫は、夢の中でも登っているのか眠りながら足を動かしていた。


 暖かな陽気に加え猫達の寝息は心地よく、私は睡魔に襲われた。頭は船に乗ったようにゆっくりと揺れ、瞼は落ちていく。

 眠ってはいけないと思ったが、抗うことはできなかった。



 猫と共に眠りに落ちたロメリアを最初に発見したのは、クインズとヴェッリだった。

「まったく、嫁入り前の娘が無防備な」

 クインズは呆れながらため息をついた。しかし決してロメリアを起こさなかった。

「さっきまとめた商談の仕事だが、俺達で割り振って終わらせよう」

 ヴェッリは無精ひげが生えた顎を掻きながら、小声で相談した。

 二人はロメリアを起こさぬよう、静かに立ち去った。


 次にグランとラグンが双子がロメリアの前に訪れた。

 双子は同じ動作で肩をすくめた。

「全く、ロメリア様は時々すごく無防備だよね。そう思わないかい。ラグン」

「全くだね。自分が女性であることを忘れているのかな? グラン」

「なら僕達が思い出させてあげるべきかな? ラグン」

「それは心惹かれる誘惑だけど、今日はやめておこう。起こしたらかわいそうだよ、グラン」

 双子は笑ってその場を立ち去った。


 次に現れたのはジニとゼゼだった。

 ゼゼは猫を触りたそうにしていたが、ジニはゼゼの首根っこを引っ張ってその場を離れた。


 それからも入れ替わり立ちかわり、何人もが眠るロメリアの前を通り過ぎた。しかし誰もロメリアを起こすことはなかった。



 私が目を覚ました時、太陽はすでに傾き始め、空は茜色に染まっていた。

「え? 寝すぎた?」

 私は夕方まで居眠りしまったことが信じられなかった。

 口元に手を当て、涎でもこぼしていなかったかと心配になりながら周囲を見回す。幸い周りには誰もいなかった。


 私の右隣で寝ていた猫が目を覚ました。母猫は大きなあくびをした後、体をぐっと伸ばす。そして私の膝の上で眠る子猫たちをなめ、起きるように促した。そして長椅子から飛び降り、中庭の植木の影に移動しようとする。


 子猫たちは寝ぼけ眼だったが、それでも母猫についていこうとして私の膝から飛び降りる。子猫達が列をなして母猫についていく。灰色の猫も少し遅れ気味だったが、それでも母親を追って植木の間に消えていった。


 猫達を見送った私は、居眠りしているところを誰かに見られたのではないかと心配になった。しかしよくよく考えてみれば、誰も起こさなかったのだから、誰も気づかなかったのだろうと結論付けた。


 だがそれからしばらくの間、出会う人が何故かほほえましい笑みを私に向けるようになった。

 その笑みの理由を尋ねても、誰も決して答えなかった。



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