第三十二話 銀翼号①
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
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カモメが鳴く青空に、男達の声が合わさる。声と共に巨大な錨が巻き上げられ、怠け者号がゆっくりと動き始めた。
ライオネル王国へと帰る日がやってきた。私達が乗り込んだ怠け者号では、三十人の船員達が忙しく甲板を行き交っている。操舵輪の前ではモーリス船長が潮焼けした声をあげ、船員達に指示を飛ばしていた。
私達は船尾に集まり、ゆっくりと遠ざかりつつあるメルカ島の港を眺めた。
港の広場では、多くの人々が私達を見送るために集まってくれていた。誰もが手を振り、私達との別れを惜しんでくれている。その中にはモーリス船長の奥さんであるレベッカさんや、留守を預かるバーボさんの姿もあった。
手を振る人々に、私達も手を振り返す。すると見送る人々の間から、子供達が飛び出てくる。子供達は広場から港にある桟橋へと走り、動き出した船を追いかけてくる。
走る子供達を見て、ゼゼが笑顔で両手を振る。すると子供達が走りながらゼゼの名を呼ぶ。
ゼゼはメルカ島の子供達と随分と仲良くなった。炊き出しが終わってからも、子供達と遊んでいる姿をよく見かけた。ゼゼは子供達との別れを惜しみ、島が遠ざかっても手を振っていた。
「随分と子供達と仲良くなりましたね」
私は手を振るゼゼに笑いかけた。
「はい、みんな良い子達ばかりです。また会いたいです!」
「港の運営がうまくいけば、メルカ島とは定期船が行き交うようになるでしょう。そうなれば会いに行くことも可能です。それに親と共に、移住してくる子供もいるかもしれませんよ」
「本当ですか! ロメリア様!」
破顔するゼゼに、私も笑みを返す。
ゼゼの顔は、雲ひとつない空のように明るい。やはりゼゼはこうでないと。
「よし! 出稼ぎ労働者も首尾よく集めることが出来たし、胸を張って帰れますね!」
アルがグッと拳を固める。
紆余曲折あったが、メルカ島の協力を得られたことは大きい。港湾局の整備が進めば、円滑に港を運営出来るだろう。だがここからが本当の問題だった。
港が発展すれば、さまざまな利権が生まれることとなる。そうなればメルカ島の人々を追いやり、利権を独占しようとする者も現れるだろう。今のうちに運営体制を確立し、メルカ島の人々がいなければ港が運営出来ないように固定化しておかなければならない。それが協力を約束してくれた、メルカ島の人々に対する私が出来る礼だ。
「さて、戻れば仕事が山積みです。貴方達にもしっかり働いてもらいますよ」
「お任せください。ロメリア様」
レイが頷き、モーリス船長に目を向ける。
「モーリス船長。風魔法で手伝うよ」
「ええ、頼みます」
モーリス船長が頷くと、レイの体が淡く緑色に光り風魔法を使用する。
レイが周囲に吹いている風を操り帆へと導く。すると帆が大きく膨らみ、怠け者号が急加速する。その速度は力強く、私は船縁を掴んで倒れるのを防ぐ。
「いやぁ、レイさん。風を扱うのが上手くなりやしたねぇ。ここまで風を掴める奴は、そうおりませんぜ」
モーリス船長が大口を開けて笑う。
レイはここ数日で、風魔法が随分と巧みになった。今回のメルカ島行きは、レイにとって大きな糧となったようだ。
魔法の風に押され、船は滑るように進んでいく。そして太陽が真上で輝きだした頃、行く手に小さな島々が見えてきた。来る時にも通過した列島群海域だ。
「レイさん。ここからは儂が代わりましょう。この辺りは風や潮の流れが複雑で、経験がいりますので」
モーリス船長の言葉にレイが頷き、魔法の使用を停止する。すると強い横風が私の頬を打った。風に弄ばれる髪を押さえようとすると、今度は後ろから風が吹き荒れた。風が島の間を駆け抜けるため、気流が複雑に変化しているのだろう。さらにここは浅瀬や岩礁も多い。慣れた船乗りでなければ危険な海域だ。
船が列島群海域に差し掛かると、風だけでなく波が高くなり前へ後ろへと揺れ始める。
「うぉ、やべぇ。気持ち悪い」
「大丈夫? ガット」
顔を青くするガットの背中を、ポーラさんが摩る。
来る時もそうだったが、やはりここはかなり揺れる。立っているのも難しいほどだ。ゼゼやジニ、ボレルも顔色を悪くしていた。避けて通りたいところだが、列島群海域は広く分布している。避けるとなると大回りをせねばならず、真っ直ぐ突っ切ったほうが早い。
「ロメ隊長! あれ見てください! あれ! でっかい魚がいますよ!」
船尾にいる私の頭上から声がかけられる。見上げると帆柱の上に設けられた見張り台には、船員と共にアルが登っていた。アルは揺れる船をものともせず、右弦の海原に指を差す。
指を差す方向に目を向けると、三角の背鰭を持つ大きな魚が水面を跳ねた。
「鮫です、鮫!」
見張り台の上でアルがはしゃぐ。だが跳ねた魚の尾鰭は横を向いていた。口も細長いので鮫ではなくイルカだろう。
「アル、あれはイルカですよ」
「イルカ? イルカってなんです?」
どうやらアルはイルカを知らないらしい。それはいいのだが、どうしてアルはあんなに元気なのだろう。帆柱の先にある見張り台となれば、甲板よりもさらに揺れるはずだ。しかしアルは船酔いするどころかピンピンしている。
モーリス船長の背後では、レイが船長の操船と風魔法の使い方を見学していた。レイも船酔いしているように見えない。どうやらアルとレイは船にも強いらしい。
「ロメ隊長!」
上でまたアルが叫ぶ。私はもう一度顔を上げた。
「今度はなんです?」
「船がいます!」
アルが左弦を指差す。指の先を私は追ったが、そこには小さな島があるだけで船は見えない。
「どこですか?」
「島の裏側です! ちょっとだけ見えました!」
アルは見たと言うが、隣にいる船員は首を横に振る。
「ほら! 見えた! あそこ!」
アルが再度指で示す。もう一度目を向けると、確かに先程見た小島の影から一隻の船が姿を現した。
島影から現れた船は、一直線にこちらへと向かって来る。私は目を凝らして船を見た。遠すぎて船の名前は見えない。だが船の船首には、銀の翼を広げた隼の像が見えた。