第三十一話 メルカ島での打ち合わせ②
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
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「ええっと……。ところで、メアリーのやつを見なかったか?」
レベッカさんに叱られたモーリス船長が、頭を掻きながら周囲を見る。
「お嬢さんは帰っていません。どうやら『銀翼号』に寝泊まりしているようで」
バーボさんが、義理の妹に当たるメアリーさんの所在を告げる。銀翼号とは私達がメルカ島に来た時に、港に停泊していたもう一隻の船のことだ。怠け者号と同じ帆柱が一本の船で、舳先には銀色の翼を持つ隼の像が取りつけられている。
船はモーリス船長の持ち物だが、メアリーさんは勝手に乗り回しているらしい。
「ったく、あのじゃじゃ馬め」
モーリス船長は苛立たしげに息を吐く。
家族の問題に口出しは出来ないが、どうも私はメアリーさんには嫌われているようだった。
私はこのラディック邸に五日も滞在しているが、メアリーさんと顔を合わせたのは最初に会った時だけだ。船に寝泊まりしているというのも、私と顔を合わせたくないからだろう。
「お嬢さんにも、何か考えがあるのでしょう」
バーボさんがモーリス船長を宥める。養子という立場のため、きつくは言えないのだろう。
「しかしあいつはなぁ……」
モーリス船長が言葉を濁す。船長が何を言おうとしているのか私には分かった。
出稼ぎ希望の島民と直接面談した時に耳に挟んだのだが、どうやらメアリーさんは私を追い出そうと島民に声をかけているらしかった。この島に来てからというもの、子供達が私達を監視している。おそらく命じているのはメアリーさんだろう。
幸いにも賛同する島民は少ないようで、あまり成果は上がっていないらしい。モーリス船長やバーボさん。そしてレベッカさんの人徳のおかげだろう。
「ガキ共を引き連れて、何やっているんだか……」
モーリス船長がため息混じりの声を漏らす。私も子供達に関しては気になっていた。
ゼゼ達は毎日炊き出しをしており、多くの島民や子供達も来てくれている。しかし一部の子供達だけは炊き出しをしてもやってこず、頑なに私達を拒み続けていた。
彼らは戦争のせいで親を亡くした戦災孤児で、メアリーさんはそんな孤児達を率いていた。
大人であるメアリーさんはともかく、子供達は気掛かりだった。特に顔に火傷のあるアンという少女、あの子の荒んだ目は忘れ難いものがある。
彼女の心を癒してあげたいが、こればかりはどうすることも出来ない。
「モーリス船長。明日予定どおり、私はライオネル王国に帰ろうと思います」
「はい、送らせていただきます」
私が予定を確認すると、モーリス船長が頷く。私を送ってもらった後、モーリス船長には食料を満載してメルカ島に戻ってもらう。これは協力してくれることに対する前金代わりだ。そして食料を降ろすと、今度は出稼ぎ労働者を乗せて、ライオネル王国に来てもらう。
私はそれまでに、出稼ぎ労働者の受け入れ態勢を整えておかねばならない。忙しくなりそうだった。
これからの段取りを考えていると、慌ただしい足音がまた聞こえてきた。そしてまたノックもなしに、部屋の扉が突然開かれる。
「大変です、船長!」
若い男性が、息を切らせながら駆け込んでくる。
「ノックぐらいしやがれ! お嬢さんがいるんだぞ!」
モーリス船長が、先程の自分のことも忘れて雷を落とす。若い男性は首をすくめた。
「それで、一体何だ?」
「そっ、それが、メアリーお嬢さんが船で出港しました」
「なんだと!」
若い男性の言葉に、モーリス船長は顔色を一変させた。そして大股で屋敷の外へと向かう。私もモーリス船長の背中を追いかけ、レベッカさんやバーボさんも続く。
ラディック邸は山の中腹に建てられており、麓を見下ろせばメルカ島の港が一望出来た。海に目を向けると、港からは確かに一隻の船が出港していた。
目を凝らせば、船首には銀の翼を広げた隼の像が見える。メアリーさんが寝泊まりしているという銀翼号だ。
「モーリス船長。どこに向かっているか分かりますか?」
「いえ、見当もつきません」
私の問いに、モーリス船長が顔を顰めて唸る。私は目を細めた。
メアリーさんは私に対抗するために行動していた。ここにきて出港するということは、何か考えがあるのだろう。
私はこの後起きるかもしれない幾つかの可能性を予想し、小さく息を吐いた。
丸い月が煌々と輝き、メビュウム内海を照らしている。波もない静かな海には、二隻の船が寄り添うように停泊していた。
一隻は影となっていて船体や船首を見ることは出来ない。だがもう一隻は、舳先に取りつけられた炎を吐く獅子が月明かりに照らされ、淡い光は船体にはある炎獅子号という文字を撫でる。
月の光は炎獅子号の船尾にある、船長室の窓にも注ぎ込まれた。
船長室の明かりは乏しく、窓から差し込む月の光を除けば、机の上に吊るされたランプだけが光源であった。
薄暗い船長室には二人の人間がいた。一人は椅子に座り、机に脚を投げ出している。そしてもう一人は机の前に立っていた。だが小さなランプの灯りでは、二人の顔を照らすほどの力はない。机に置かれた葉巻入れの箱だけが鮮明であった。
机に脚を投げ出す者が葉巻入れに手を伸ばし、一本の葉巻と小さなナイフを取り出す。慣れた手つきで葉巻の端を切って咥え、右手の人差し指を掲げた。
指先から突如、小さな火が生まれた。炎の魔法である。
炎が葉巻に近づけられると、葉巻を咥える者の顔も照らされた。黒髪に整えられた髭面の男は、炎獅子号の船長ボーンだった。
ボーンは肺を膨らませ葉巻を吸う。そして右手の指で葉巻を挟んで息を吐いた。葉巻の先端と口から紫煙が昇る。
「と、いうことだ」
紫煙を燻らせるボーンは、机に脚を乗せたまま前に立つ相手に声をかけた。
「ロメリア・フォン・グラハム。あの女を生け捕りにして引き渡せ。そうすれば、メルカ島は俺達と同じくハメイル王国の庇護下に入れる」
ボーンは左手で机の引き出しから開封された手紙を取り出した。二つに割られた手紙の封蝋には、ハメイル王国の紋章である大鷲が刻印されていた。
「これはその約束を確約する書状だ。内容を確認しろ」
ボーンが手紙を机に置くと、机の前に立っていた人影が歩み寄る。そして細く長い指で封筒を受け取り、中の書状に目を通す。
手紙を手にした人影が、明かりの元へと進む。手紙と共に、もう一人の顔が明らかになる。
炎のように広がる赤毛と大きな瞳。赤い口元には不敵な笑みを湛えていた。
「出来るな、メアリー」
「ああ、まかせな」
ボーンの声に、メアリーは自信に満ちた笑みを浮かべ、細い顎を引いた。