第二十七話 早朝のロメリア
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
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太陽が水平線から顔を出し、メビュウム内海を金色に染め上げた。生まれたばかりの朝日はメルカ島にも降り注ぎ、山の中腹にあるラディック邸の窓を照らす。窓から差し込んだ光は寝台へと伸び、掛布の中で微睡む女性の顔をくすぐる。
朝日に眠りを邪魔された女性は、猫のように体を丸めて逃れようとする。亜麻色の髪が敷布の上で乱れ、栗色の寝間着が掛布の下から覗く。だがなお眠ろうとする女性の顔を、日の光は意地悪に照らした。
伏せられた長いまつ毛が朝日の悪戯に震える。睡魔は最後の抵抗に女性の顔を顰めさせるが、ついには朝に屈して瞼の下にある蒼氷の瞳が開かれた。
「朝か……」
私は寝ぼけ眼を何度か瞬かせた。ぼやけた視界がはっきりとしてくると、天井とその下にある窓が見えた。硝子の向こうにはどこまでも続く海原が広がっている。
私は敷布の上で寝転がりながら、窓の外に広がる海を茫然と眺めた。ここはモーリス船長の家であるラディック邸だった。私は当初、メルカ島の宿に滞在するつもりだった。だがモーリス船長が泊まっていけと勧めてくれ、すでに五日も厄介になっている。
この窓から見える景色も見慣れたものとなっていた。だが毎朝ぼうっとしながら海を眺めるこの時間を、私は気に入っていた。
ずっとこうしていたかったが、そういうわけにもいかない。私は寝台の上で体を起こした。そして右腕を伸ばして、大きく伸びをする。次に息を吐きながら部屋を見回す。
私に与えられた部屋には大きな寝台が置かれ、仕事のための机と椅子も設置されていた。また女性客用の部屋なのか、赤い上着が掛けられた衣装掛けの隣には、立派な化粧台があった。
私は寝台から抜け出し、素足を床に敷かれた赤い絨毯に下ろす。
そして机へと向かうと、机には大きな洗面器が置かれ水が張られていた。昨夜のうちにポーラさんが持ってきてくれたものだ。隣には清潔なタオルがあり、さらに横にはブラウスとズボン、靴下が綺麗に畳まれている。
私は手で水をすくって顔を洗うと、水気をタオルで綺麗に拭き取った。そしてタオルを机に置き、栗色の寝間着に手をかけて脱いだ。
貴族であれば、着替えは侍女に手伝わせるのが一般的だ。しかし私の周囲には、教育を受けた侍女がいない。また私は人に着替えを手伝わせるのが好きではなく、自分で着替えることにしている。
寝間着を脱ぐと、日に焼けた肌と薄桃色の下着が顕となる。肌が外気にさらされ、私は寒さを覚えた。すぐに机のブラウスを手に取り、袖を通して一つずつボタンを留めていく。そして靴下と黒色のズボンを穿いた。
上着以外の服を着込んだ私は、小さな丸椅子が前に置かれた化粧台へと向かう。
化粧台の正面は鏡で覆われ、台の上には数本の櫛やブラシ、そして三角の髪留めが置かれている。鏡の隣には小物を置く棚が設けられ、頬紅や香水などの化粧品も常備されていた。
私は丸椅子に座るとブラシを手に取り、亜麻色の髪を梳いた。普段から手入れをしているので、髪は絡まることなく毛先まで通っていく。
何度か髪を梳いた後、私はブラシを眺めた。脳裏には顔に火傷があるアンという少女が思い出された。彼女の髪はボサボサで、最後に櫛を通したのがいつなのか分からないほどだった。
私はブラシの持ち手を、クルクルと手の中で転がして弄ぶ。
しばらくして私は髪を梳く作業を再開した。十分に髪を梳かした後、私は鏡を見ながら、髪を後ろでまとめた。そして台の上に置かれた三角の髪留めを手に取り前髪を留める。
私は鏡の前で、何度か髪や服装に乱れがないかを確かめた。いつもの自分だと確認出来ると衣装掛けから赤色の上着を手に取った。まだ慣れない赤い上着を羽織りつつ、ポケットから長年愛用している懐中時計を取り出す。ゼンマイを巻きながら時間を確認すると、短針と長針は共に六を指し示していた。
朝食までには、まだ時間がある。
持ってきた仕事をしてもいいが、時間がやや中途半端だった。窓から外を見れば朝日が輝き、鳥の囀りが聞こえてくる。散歩をするにはいい時間だ。
部屋の扉を開けて廊下へと出ると、通路には幾つもの扉が並んでいた。ここはラディック邸の中でも、客室がある区画だ。この正面や隣には、客人の使用人や護衛が寝泊まりする部屋となっている。こちらは二人部屋で、私の右隣はポーラさんが一人で使っている。そして前の三つは、左からアルとレイ、ボレルとガット、ゼゼとジニがそれぞれ使用していた。
本来なら散歩にも護衛を連れて行くべきだが、私の気まぐれに付き合わせるのは悪い。少し散策するだけだし、一人でも大丈夫だろうと私は屋敷から抜け出した。
屋敷から出ると、朝の光と共に清々しい空気が全身を包み込む。私は大きく息を吸い込んだ。早朝の冷たい空気が、肺の中に流れ込んでくる。
私はフゥと息を吐いて周囲を見回した。
ラディック邸は山の中腹に建てられており、目の前にある石畳の歩道は左右に伸びている。左は上りで山の頂上へと続いており、右は下りで港に行くことが出来る。だが私はどちらも選ばず、まっすぐに進み歩道を横切った。
歩道の先には腰程の高さの石垣が積まれており、歩道と山を隔てている。石垣の上には鈴蘭の花が一輪手折られていた。私は花に歩み寄ると、花弁の横にはどんぐりが一つ置かれていた。
どんぐりを拾い上げると手ごたえは軽く、中が空洞であることが分かる。私が指に力を入れると、どんぐりが割れて中から小さく折られた紙切れが出てきた。
私は紙を広げてみると、中には順調とだけ書かれている。
紙に書かれた短い文字を見て、私は満足に口の端を緩める。その時、弾んだ息と共に坂道を上ってくる足音が聞こえた。
私は手の紙切れを上着のポケットに隠し、やって来る人物に目を向ける。
坂道を上って来たのは、赤い髪のアルだった。急な坂を走って上ってきた彼は、荒い息を吐き玉の汗を流している。もうずっと走っているのか、服はぐっしょりと濡れていた。
「あ、れ? ロメ……隊長? なんでこんな……ところに?」
アルは息も絶え絶えとなりながら私を見る。
「ちょっと朝の散歩を。アルは訓練ですか?」
「そう……です。てか、外に、出る……なら、護衛を、つけて……くださいよ。ボレルとガット……が、部屋にいたでしょう」
「大丈夫ですよ」
「そんなこと、ありません、よ……。最近妙な視線、を感じ……ますから……」
アルは肩で息をしながら注意する。そして大きく息を吸い込み、息を整える。
「散歩を続けるのなら、上に行きましょう。見晴らしもいいですし、他の連中も上で訓練しています」
アルは汗の滴る顎で山の上を示す。確かに、ちょうどいい散歩になるかもしれない。