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ロメリア戦記外伝集  作者: 有山リョウ
ろめりあ戦記外伝集
3/48

ろめりあ戦記外伝 ろめりあ・どくとりん

再掲

こちらはロメリア戦記本編で掲載していたものを再掲した物となっています

 ろめりあ戦記外伝 ろめりあ・どくとりん



 それはある日の午後だった。

 私はカルルス砦でクインズ先生やヴェッリ先生と共に、執務室で書類仕事に励んでいた。机には大量の書類が積まれており、処理しても処理しても終わる気配が見えなかった。

 私はついため息を付いてしまった。セメド荒野での戦いは大きな損害となり、出費の穴埋めに、大わらわとなっていた。

 私が頭を悩ませていると、扉がノックされた。


「ロメお嬢様、先生方。休憩になさいませんか?」

 入室を許可すると、カイロ婆やはお盆にお茶を乗せていた。

「ありがとうございます。カイロさん」

 クインズ先生が立ち上がり会釈する。

「あっ、これはどうも。ロメリア、休憩にしよう」

 ヴェッリ先生が左手で右の肩を揉みながら首を回す。私も疲れてきたので、丁度一息つきたかったところだった。


 私達は執務のための机から、部屋に置かれた応接椅子に移動し、婆やが淹れてくれたお茶で一息を突く。

 ヴェッリ先生がお茶をズズッとすする。するとクインズ先生が切れ長の目を細めた。


「お茶をすすらない」

 クインズ先生がぴしゃりと注意した後、細い指先で茶器の取っ手をつまむように持ち上げる。そして口元で香りを楽しみ、先生は音もなくお茶を飲んだ。

 先生はいつも背筋がピンと伸び、お茶を飲む仕草も優雅そのもの。服装にも乱れはなく。まさに淑女の見本と言えた。


「作法を守ってお茶を楽しめないの?」

 非難の目を向けるクインズ先生に、ヴェッリ先生が顔をしかめる。


 いつもしっかりしているクインズ先生と違い、ヴェッリ先生はというと、髪の毛はいつもぼさぼさで無精ひげも生えっぱなし。襟元のボタンが止まっているのは見たことが無い。ヴェッリ先生はまごうことなき貴族の子弟であると言うのに、作法からは程遠い存在と言えた。


「なに、お茶を心から美味いと思って飲む。これが一番の作法よ」

 ヴェッリ先生が言い返すと、クインズ先生は虚を突かれたように目を丸くした。

 屁理屈だが、一方で真理でもあった。


 お茶で大事なのは、何よりまずお茶を楽しむ心である。ヴェッリ先生の魅力は、物事の本質を見抜く慧眼にあると言えた。

 もちろん美味しいと言う気持ちを持ちながら、作法を守って楽しむこともできるので、両方やるべきなのだろう。


「そういえばロメリアお嬢様。一つ聞きたいことがあったのですが?」

 お茶を楽しむクインズ先生が、思い出したように私を見る。

「セメド荒野の戦いでは、なかなか苦戦されたそうですね」

「ええ、ガリオスは強いし、空から爆裂魔石が降って来るし、大変でした」

 私は思い出して首を横に振った。

 これまで何度も死ぬような目に遭ったが、あの時は本当に死ぬかと思った。よく生き延びることができたものだ。


「おお、あの翼竜はすごいよな。空を使って兵士を移動させるとか。戦争に新たな局面ができた」

 ヴェッリ先生も感嘆の声を漏らす。

「私もその報告を聞いて驚きました。戦争に限らず、物流と通信にも大きな変化が起きるでしょう。あんなことを考え付くとは、魔族は恐るべき相手ですね」

 クインズ先生も翼竜の価値を大いに認め、それだけに魔族を警戒していた。


「その翼竜部隊を率いていたのは、以前お嬢様の報告にあった、ギャミとかいう魔族なのでしょうか?」

 クインズ先生の問いに、私は頷いた。


 私は北部ロベルク地方で、ギャミと言う小柄な魔族に出会った。

 ギャミは子供のような矮躯で、魔族だが私でも勝てる相手だった。しかしその知性には底知れぬ怖さがあった。短い邂逅であったが、私はガリオス以上の難敵であると警戒した。

 セメド荒野の戦いでは、空を飛ぶ大きな翼竜の背に、子供のように小さな魔族が乗っていた。あのように小柄な魔族が多くいるとは思えないので、おそらくギャミであろう。


「おそらくは。翼竜を用いて後方を襲撃する作戦や、空からの爆撃なども、彼が考えたことでしょうね」

 私は頷いた。

 あれらの戦術をギャミが考えたことという確証はない。だが私には確信めいたものがあった。


「よほどの知恵者なのでしょうね。それで気になったのですが? もしロメリアお嬢様とそのギャミと言う魔族が同じ兵力で戦った場合、どちらが勝つのですか?」

 クインズ先生が首をかしげて尋ねた問いに、私とヴェッリ先生は互いに目を見合わせ、そして笑った。

「なんです。ロメリアお嬢様。ヴェッリまで」

 笑う私達に、クインズ先生が唇を尖らせる。


「ああ、悪い悪い、あんまりにもよくある質問すぎてな」

 ヴェッリ先生が手を掲げて謝る。

 確かにクインズ先生の問いは、よくある質問だった。しかし答えは一つだ。


「その問いの答えは、引き分けです。ただし、兵力が同数だからではありません。戦いにはならず、互いに撤退するからです」

「撤退……ですか?」

「もちろん、ギャミがどんな答えを言うかは分かりません。ですが私は撤退します。兵力が同数なら、勝率もまた五割。なら撤退しかありません」

 私が答えると、ヴェッリ先生も頷く。


「では、勝率が何割なら、戦いに挑むのですか?」

 クインズ先生の新たな問いには私も悩んだ。ヴェッリ先生も顎を伸ばして天井を見上げて考える。

「七……ですかね?」

「それぐらいだな」

 私がつぶやき、ヴェッリ先生が頷く。


「勝率が七割なら挑むのですか? 意外ですね。九割と言うと思っていたのですが」

「確かにできるのなら、勝率九割の勝負を挑みたいです。でも先生、考えても見てください。勝率七割ということは、相手の勝率は三割しかないのですよ? それなのに戦場に残っていますか?」

「それは……その状況でぐずぐずしていたら馬鹿ですね」

「でしょう? 勝率が九割の状況に挑むのは、遅すぎるのです。敵に自分の方が有利だと誤認させて誘い出し、策を用いて瞬間的に七割の有利を作り出す。あとはその優位を守り切り、勝ちきることが重要だと私は考えています」

 私は自分の戦術を語った。


 もちろん前線で敵と戦う兵士は、たとえどれほどの劣勢でも、自らの奮起一つで戦場をひっくり返すと言う者もいるだろう。また後方の城から一歩も出ず、地図と書類で戦争をする軍師ならば、兵士や将軍の働きに期待しない。国力を高めて大軍を揃え、勝てるべくして勝つ状況を作り上げることが重要と説くだろう。

 それぞれの主張は正しい。立場によってできることは違っており、また限られている。兵士には兵士の戦場があり、後方の城にいる軍師には、軍師の戦場があるのだ。


 とはいえ、常に優秀な兵士が居り、大軍が手元にあるとは限らない。戦争はこちらの状況が整うのを待ってはくれない。今ある戦力で挑まなければいけない時もくる。そういう時は腹をくくり、自分の策にすべてをゆだねるしかない。


「それがお嬢様の戦闘教義ですか? 本にでもまとめますか?」

「そんな大層な物じゃありませんよ」

 私は首を横に振って断った。戦術書を出すほど立派な考えではない。


「いいじゃないか、本にしようぜ。監修は俺がしてやる。序文はどうする?」

 ヴェッリ先生がノリノリで尋ねるので、私は視線をさまよわせ、先ほどまで奮闘していた、書類仕事の山に目を向けた。


「戦争をするな。ですかね?」

 私は立ち上がり、先ほどしていた書類の一枚を手に取った。書類にはセメド荒野の戦いでの戦費が計上されている。

「一度の戦争で、これだけの出費があったのです。戦争をしないことが一番ですよ」

 私が笑うと、クインズ先生とヴェッリ先生も笑った。笑うしかなかった。


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