第二十六話 正体
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
小学館ガガガブックス様よりロメリア戦記が発売中です。
BLADEコミックス様より、上戸先生の手によるコミカライズ版ロメリア戦記も発売中です。
マグコミ様で連載中ですよ。
駆けていくジニ、ボレル、ガット、ポーラさんを見送り、私はモーリス船長とレベッカさんがいるところに戻った。
レベッカさんの三白眼は変わらないが、モーリス船長は炊き出しをするゼゼやアル達をじっと眺めていた。
「どうです?」
私はゼゼ達を眺めながら、隣に立つモーリス船長に声をかける。
「メルカ島の皆さんが、我々を信じられないのは分かります。しかし私達は決して皆さんを、使い捨てにしたりはしません。私達と共に歩みませんか?」
私の言葉を受けモーリス船長が頬を掻いた。
「あーっと、どうして儂に言うんです? そういうのはラディックさんに言ってもらわないと」
「ええ、ですから言っているのですよ。モーリス・ラディック船長」
私が指摘すると、モーリス船長が顔を強張らせる。
この目の前にいるモーリス船長こそ、メルカ島の島主であり実質的な支配者だ。そして身分を偽り常に私の傍にいた。
「……いつから気付いていたんで? やはり、メアリーの時ですか? それともバーボの芝居が不味すぎましたか? あいつは俺の養子なんですが、どうも気が弱くていけねぇ」
モーリス船長は苦笑いを浮かべる。確かにメアリーさんは、モーリス船長の行動を芝居だと揶揄していた。そしてバーボさんは会談の最中、モーリス船長ばかり気にして何度も視線を送っていた。だがこれらの失敗がなかったとしても、あまり意味はない。
「最初から気付いていましたよ。貴方が私を調べたように、私も密偵を放って貴方のことを調査していましたから」
私が種明かしをすると、モーリス船長は顔を顰めた。
モーリス船長が身分を偽っていたのは、私達の本音を探るためだろう。誰しも物事がうまく進んでいる時は、機嫌がいいものだ。しかし行き詰まると、不機嫌になり本音が漏れる。
モーリス船長は出稼ぎ労働者の勧誘に失敗した私達の行動を見て、信用出来るかどうか確かめようとしたのだ。
相手を試すような行動だが、非難をするつもりはない。私も相手の本音を引き出すためならなんでもするし、密偵を放って人相や家族構成、経歴や人柄を調べていた。
「やれやれ敵いませんな」
ぼやくモーリス船長の隣では、レベッカさんが盛大にため息をつく。そして後ろに纏めた髪を解いた。
頭を振ると、癖のある黒髪が風に流されていく。髪を解いたレベッカさんは、三白眼は変えずにモーリス船長を睨む。
「ったく。ない知恵絞ろうとするから、こうなるんだよ」
「モーリス船長の奥方である、レベッカ・ラディックさんですね」
「奥方なんてそんな上品なもんじゃないですよ、この宿六の連れ合いってだけです」
レベッカさんは、モーリス船長の背中を勢いよく叩く。
「まったく、人にこんな格好させて……」
「スマン。でも似合ってたぜ」
「馬鹿」
レベッカさんは再度背中を叩いた。意外に仲のいい夫婦らしい。
「それで、どうです。私達に協力してくれませんか?」
私は再度モーリス船長に頼み込んだ。
メルカ島の人々との交渉は上手くいかなかったが、挽回は可能だと私は見ている。
現在のメルカ島は、最盛期のことを考えれば落ち目といえる状況だ。しかしそれでもこの島は纏まっている。モーリス船長の指導力や人望が、島民を束ねているからだ。彼が私達を信頼してくれれば、メルカ島の人々は必ず私達の話を聞いてくれるはずだ。
モーリス船長は即答せず、髭のある顎に手を当てた。その顔には脂汗が流れている。彼が迷うのも無理はなかった。
モーリス船長が判断を誤れば、それは島民の生死に関わる。
私達と手を組めば、現在の窮地からは逃れることが出来る。しかしメビュウム内海の沿岸諸国は、我がライオネル王国の海洋進出を面白くは思っていない。いずれなんらかの妨害を行ってくるだろう。私達と組むということは、他の国と敵対するということだ。しかも私達がメルカ島を切り捨てる可能性もあるため、簡単には飛びつけない。
私達と手を組む利益と危険。モーリス船長の頭の中では、さまざまな数字が行き交い天秤が揺れていることだろう。
モーリス船長は答えが出なかったのか、救いを求めるようにレベッカさんに視線を向けた。
「顔色窺うんなら、アタシじゃないわよ」
レベッカさんは細い顎で指す。顎の先にはゼゼ達の料理を食べる子供達の姿があった。
子供達はよほどお腹が空いているのか、目を見開きとにかく手と口を動かしガツガツと食べていた。一心不乱に食べるその姿に、微笑ましさはない。だが生きる力は、生きようとする力は感じられた。
必死に食べる子供達の姿を見て、モーリス船長が目を柔らかく細める。
「……そうだな。子供達には、食わせてやんねぇとな」
モーリス船長が唸る。定まらなかった天秤は、最後に大きな一押しがあり、ついに一方に傾いたようだ。
「すみませんでしたお嬢さん。試すような真似をしてしまって」
モーリス船長が頭を下げる。彼も必死だったのだ。
「では改めて、私達と共に歩んでくれますか」
「はい。こちらからもお願いします」
私は手を差し出し、モーリス船長も毛むくじゃらの手を伸ばした。私達が互いに手を取ろうとしたその時、大きな声が広場に響きわたった。
「ふざけるな! そんなことで、そんなことで!」
声の先を見ると、男装の女の子がゼゼの振る舞った料理を投げ捨てていた。女の子の顔には火傷の跡があった。先程メアリーさんが連れていた女の子だ。
地面には深皿が転がり料理がぶちまけられ、食事に群がっていた子供達は驚き動けない。
「アン、あいつ……」
モーリス船長が叱りに行こうとするが、私は手で制する。
島や国家の代表者である私達が介入すれば、互いの面子もあるため罰せねばならなくなる。相手は子供だ。私達は出ないほうがいい。
「私達がされた仕打ちは、こんなことで許されるもんじゃない! こいつらさえいなければ、私の父さんと母さん、妹は……島の皆は……。お前達もこんなことで許していいのか! こいつらの施しなんか受けるな!」
アンと呼ばれた女の子は、憎悪を宿した目で周囲を睨む。
歴戦のアルやレイも、アンの激しい怒りに動けないでいた。
「君は……」
ゼゼがアンに歩み寄ろうとした。その時、周囲にいた子供の一人が、アンの剣幕に驚き泣き始める。泣き声がさらに泣き声を呼び、周りにいた子供達は全員泣いてしまった。
アンが唇を噛み、ゼゼを睨む。
「私はお前達を認めない!」
それだけ言うと、アンは踵を返して走り去っていく。
「待ってくれ!」
ゼゼは手を伸ばして止めようとしたが、アンは振り返ることなく走り去ってしまった。残されたゼゼは伸ばした手を下ろすことも忘れて、アンの消えていった方向を見つめている。
「すみません、お嬢さん。許してやってください。アンの親父は魔王軍との戦いで死んでしまいまして。病気がちの母と妹を助けるために、アンは別の島に奉公に行ったんですが……。そこで酷いいじめを受けて、顔にあんな火傷を負い島に戻ってきました。しかしそれより少し前に母親と妹が病で亡くなり死に目にも会えず……」
モーリス船長が言葉を濁す。
あまりにも辛い体験だ。かける言葉も見当たらない。
このメルカ島には、同じような経験をした子供達が何人もいる。私は彼らに何が出来るのか。それが問題だ。