第二十四話 色仕掛け
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
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港にある広場の酒場には、酒瓶と赤い花の看板が掲げられていた。
私はアルとジニ、ポーラさんとモーリス船長を伴って酒場の扉を開けた。すると甘い香りが押し寄せて鼻腔を突いた。きつい匂いに顔を顰めながら酒場の内部を見回すと、店内には円形のテーブルが四つあり、その周りの椅子に何人もの女性が座っていた。
彼女達は肩や胸元が露出した派手なドレスを身に纏い、気だるげに椅子に腰掛けていた。よどんだ空気の中、女性達は香水を吹きつけ口に紅を引き、煙管を片手に煙草を吹かしていた。
煽情的な服装の女性達は、やって来た私達を見て長いまつ毛の下に挑発的な笑みを見せる。服装で人を判断してはいけないが、おそらく売春を生業にしている人達だろう。
私は彼女達を相手にせず、レイ達を探した。すると壁際に黒い服に白のエプロンを身につけた、レベッカさんが立っているのが見えた。
レベッカさんは、三白眼を微動だにさせず立ち尽くしている。確か事前の話し合いでは、宿泊施設や酒場で働く女性を集めるはずだった。
宿泊施設や酒場で働く女性は、場合によっては娼婦を兼ねることもある。レベッカさんはそちら側の人ばかりを集めたらしい。どうやら彼女も、私達を歓迎していないようだ。
私は酒場を見回すと、カウンターの前に座るレイの姿を発見した。レイの左右には金髪に赤いドレスの女性と、黒髪に黄色いドレスの女性が侍るように立っている。金髪の女性はレイの顔に熱い息を吹きかけ、黒髪の女性はレイの首に手を回してしなだれかかっている。
「あの、話を……」
レイはなんとか話をしようとする。だが顔はそばかすが見えなくなるほど赤く染まり、声は蚊が鳴くように小さい。
「いいわよ、二人きりで話をしましょ」
金髪の女性が白く長い指を伸ばし、レイの顎に指を這わせる。
「やめてください!」
レイがたまらず手を払いのける。すると女性は手を抱えて顔を顰めた。
「痛い、酷いわ」
「ああっ、すみません!」
顔を伏せる女性に、レイが謝罪する。しかし顔を上げた女性の顔に涙はなく、悪戯な笑みを見せる。
「かわいい坊やね」
「ふざけないでください!」
レイは肩を怒らせるが、女性達は笑うばかりだ。
唇を震わせるレイが、私達の存在に気付く。
「あっ、ロメリア様! 違うんです、これは……誤解です!」
レイは椅子から立ち上がり弁明する。だが何も誤解はしていない。いいように揶揄われていたのは見て分かった。
アルがレイを見て笑う。レイが睨み返すが、これは笑われても仕方がないだろう。レイは少々初心すぎる。ここで女慣れの一つでもしておいたほうがいいかもしれない。
「それで首尾はどうですか?」
「それが……」
レイは視線を落とす。カウンターの近くには、ボレルとガットが居た。だが彼らも首を横に振る。まぁこれは仕方ないだろう。
「あれ? ゼゼはどうしました?」
私は酒場の内部を見回すが、ゼゼの姿は見当たらない。
「あれ? どこだろうな?」
「そういえば見てないな」
ボレルとガットは仲間の不在に気付いたようで、周囲を見回す。
「あの、ロメリア様。ゼゼさんでしたら、さっき港の前にある広場で見かけましたよ」
ポーラさんが酒場の外を指差す。私は目を細めた。
私はゼゼに仕事を命じた。命じたことをしていないとなれば、命令違反となる。多少のサボりには目を瞑るが、明確に仕事をしていないとなると処罰しなければいけない。
私はアル達を伴い酒場を出て、港の前にある広場に向かった。すると広場からは何やらいい匂いが漂ってきた。匂いを辿ると、広場の中央にある石碑の前にゼゼがいた。彼は大鍋や食材を怠け者号から持ち出し、簡易のかまどを作り料理をしていた。
食材が煮込まれた大鍋からは、美味しそうな匂いが立ち昇っていた。
ゼゼの周りには匂いに釣られ、子供達が集まっていた。しかしよそ者を警戒してか、大鍋の側までは近寄らない。
ゼゼは子供達に笑みを向けると、大鍋で煮込んだ料理を深皿に盛りつける。そして匙を添えて子供達に差し出した。
「食べる?」
ゼゼの言葉に、子供達は互いに目を見合わせる。だが空腹には勝てなかったのか、一人の子供がフラフラと歩み寄った。
「食べていいよ」
ゼゼは深皿を差し出して子供に持たせる。料理を受け取った子供は生唾を呑み込むと、匙を手に取り一気に食べ始めた。
一心不乱に食べる子供の姿を見て、他の子供達も一斉にゼゼのもとにやって来る。ゼゼが食事をふるまうと、子供達は礼を言う余裕すらなく、目の前の食事を貪った。
一生懸命に食べる子供の姿を、ゼゼは暖かい笑みを浮かべて見守った。
ゼゼが行った一部始終を見て、私は息を吐いた。私の元にモーリス船長が歩み寄る。
「あーっと、お嬢さん。あれはお嬢さんの指示ですかい?」
「いいえ、私はあのような指示を出していません。つまり、命令違反ということです」
私の口からは、自分でも驚くほど硬い声が出た。
「あの、その! ロメリア様!」
ジニが私を止めようと前に回り込む。しかし私は一瞥で黙らせた。ジニはそれ以上何も言えず、ただ息を呑む。
私はジニの側を通り過ぎ、ゼゼの元に向かった。ゼゼは私に気付くと顔を引き締めた。
「……ゼゼ」
私が声をかけても、ゼゼは言い訳を口にしなかった。ただ真っ直ぐな瞳で見返す。
「勝手に船の食料を持ち出しましたね」
私は子供達が食べている料理に目を向けた。怠け者号の食料は私達が持ち込んだ物だ。つまり軍事行動のための食料ということになる。軍隊において食料の管理は重視されている。兵士が勝手に食料に手をつければ、食料などいくらあっても足りないからだ。そのため食料に手をつけた者は、厳罰に処す決まりがある。
「軍法を犯したことは分かっていますね?」
「はい、分かっております」
ゼゼは居住まいを正し、首を差し出すように伸ばした。
「ゼゼ、貴方は五十人隊の副隊長でしたね」
私はゼゼの階級を確認した。
ジニを五十人隊の隊長とし、ゼゼにはその補佐にあたらせている。いずれ兵数が増えればゼゼはさらに昇進し、百人の兵士を指揮する立場となっただろう。しかし……。
「では、一兵卒への降格」
私の処分に、アル達が息を呑む声が聞こえた。確かにこれは過剰に重い処分と言えるだろう。
農民から兵士になった者は、簡単に出世することはない。大抵の者が一兵卒で任期を終える。それでもゼゼが短時間で五十人隊の副隊長になれたのは、魔物の討伐や魔王軍との戦いといった命懸けの戦いに勝利してきたからだ。
一兵卒への降格という処分は、全てをなかったことにするに等しい。
あまりに重い処分といえるが、これは譲れなかった。
私にとって、ゼゼはかわいい部下だった。
最初に手に入れた兵士であり、身内のように強い思い入れがある。だが身内だからと処分を甘くしていては、誰も私の指示に従わなくなる。身内であるからこそ、厳しく当たらねばならなかった。
「さらにもう一つ罰を与えます」
私はゼゼの背後にある炊き出しの大鍋と、その料理に群がる子供達を見た。匂いに釣られ他にも子供達は集まり始めている。
「貴方には奉仕活動を命じます。今日一日、この場所で炊き出しを行い、求める人に食事を振る舞うこと。いいですね」
「え? それは……」
「復唱しなさい」
「はっ、はい! この場で炊き出しを行い。全員に振る舞います!」
ゼゼは驚きながらも、敬礼して答えた。
「よろしい。食材が足りなければ、船の食料庫にある物を使うように」
私は言い終えると、アル達がいる場所へと戻った。そして一息吐く。
メルカ島の食料支援は必要なことであった。ゼゼがやらずとも明日には船の食料を提供するつもりだったし、事前に言ってくれれば許可したのだ。そうすれば私も罰せずに済んだのにと、ゼゼの短慮が恨めしい。
命令違反より別のことで腹を立てていると、アルとレイが揃って私の前に整列する。
「あの、ロメ隊長」
「実は言わなければならないことが……」
アルとレイが急に改まる。
「一体なんです?」
「実は昨夜、腹が減ってつまみ食いをしました!」
「私も、食料庫に忍び込みました!」
アルとレイが自ら罪を告白する。
「なんだというのです?」
私にはわけが分からなかった。というのも二人の言葉は明らかな嘘だった。昨夜といえばまだ私達は船の上にいた頃だ。アルは船酔いにやられていたし、レイは魔力の枯渇により同じく体調不良だった。共につまみ食いをしている余裕などない。
「何故そんな……!」
言いかけた途中で、私は二人の嘘の意味に気付いた。そこで私は眉を逆立て目を怒らせる。
「では貴方達にも懲罰を命じます。ゼゼと一緒に奉仕活動を行いなさい!」
私が命じると、アルとレイは笑ってゼゼのところに向かって行く。
「ロメリア様。俺も食料庫に忍び込みました」
「俺も昨夜つまみ食いをしました」
「俺もです」
「実は昨晩お腹が空いて〜」
ジニにボレルとガット、そしてポーラさんもつまみ食いの告白をする。
「はいはい、分かりました。貴方達も奉仕活動をしてきなさい」
私がゼゼを指差すと、四人も笑って駆けて行く。残ったのは私とモーリス船長、そしてレベッカさんだけだ。