第二十三話 演説
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
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「今、俺達は新たな港を作ろうとしている!」
ラディック邸の中庭で、アルの声が響き渡った。熱弁を振るうアルの前には、モーリス船長が集めてくれたメルカ島の男性達が集まっている。
演壇に見立てた木箱の上で、アルはさらに唾を飛ばす。
「この港はライオネル王国が持つ最初の港だ! 王国中の品物が集まり、そして世界中からも集まるだろう。俺達が作る港は、王国の中心となる!」
アルは力強く拳を握りしめる。
「俺達は今、働き手を欲している。移住を決めてくれた者には、無料で家が与えられる。出稼ぎも大歓迎だ! 今なら仕事も選び放題! 報酬もたっぷり払う! 俺達と一緒に働こう!」
握られたアルの拳が、高らかに掲げられた。しかし演説に応える歓声や拍手は一つも起こらない。アルの声は虚しく響き、そして消えた。
「え……っ、あの……」
ここまでの無反応はアルも予想していなかったらしく、いつも元気な眉が下がる。
「もういいか?」
一番前にいた無精髭の男性が、つまらなそうに尋ねる。その髭の下には刀傷があり、服から覗く腕にも矢傷の跡があった。
「モーリスさんの顔を立てて集まったが、話が終わったんなら帰らせてもらう」
無精髭の男性の言葉を皮切りに、集まった人々は帰り始める。
「ちょっと、ちょっと待ってくれ。何が気に入らない。報酬か? それなら多少の融通は……」
アルは帰り始める島民を止めようとするが、男性達の足は止まらない。
私はため息をつくしかなかった。
アルの演説はそう悪くはなかった。言葉には熱があったし、声もよく通っていた。報酬も相場より高い。何よりこの話は、メルカ島にとって悪い話ではなかった。
昼間にこれだけの男性が集まったということは、メルカ島には仕事がなく昼間からやることがないのだ。子供が痩せていたことから、食料も不足している。私達の仕事の斡旋は、彼らにとって喜ばしいはずだ。しかし誰も賛同してくれない。
「なぁ、待ってくれって」
アルが先程声をあげた無精髭の男性を呼び止める。男性は振り返った。その目には不信感と怒りがあった。
「どうせお前らもあの連中と一緒だ。どれほど血を流しても、都合よく利用するだけだ」
無精髭の男性が睨む。いや、彼だけではない。その背後にいる男性達も敵意のこもった白い目を向けていた。
男性達の体をよく見れば、誰の体にも傷跡があった。メルカ島は魔王軍に対抗するため、男達は総出で戦ったと聞く。彼らは魔王軍相手に戦い抜いた生き残りなのだ。
アルはそれ以上呼び止めることが出来ず、振り返り私を見た。
「ロメ隊長……」
アルの声には、いつもの威勢の良さはどこにもなかった。
「すみません、お嬢さん」
モーリス船長が歩み寄り頭を下げる。
「どうも島の連中は、外に出たがらないみたいで……」
「いえ、人を集めていただき、ありがとうございます」
頭を掻くモーリス船長に私は礼を言った。勧誘は失敗に終わったが、島民の気持ちを知ることが出来た。これを今日の成果としよう。
「どうします、ロメ隊長。もっと報酬をあげてみますか?」
「いえ、やめておきましょう。足りないのは、私達の信用です」
アルに対して私は目を瞑り、首を横に振った。
私としても、ここまで心証が悪いとは予想していなかった。
メルカ島の人々は魔王軍と率先して戦い、誰よりも血を流した。しかし沿岸諸国に裏切られ、現在は辛酸をなめている。私達ライオネル王国はその一件には関わっていない。だがメルカ島の人々から見れば、全て同じ陸の人間なのだろう。
「港湾事業を手伝っても、いずれ軌道に乗れば使い捨てにされると思っているのでしょう」
私としては残念だが、今日は諦めるしかなかった。
何か別の手を考えて仕切り直そうと決めた時、それまで黙って見ていたポーラさんが前に飛び出る。そして弾けるように叫んだ。
「あの! 待ってください! 皆さん!」
ポーラさんの声は、帰ろうとする人々の足を止める効果があった。メルカ島の人々が振り返り、ポーラさんに幾つもの視線を向ける。ポーラさんは揺れる瞳で訴えた。
「その……、皆さんが受けた仕打ちのことは聞いています。私達のことが信用出来ないのも無理はありません。ですがロメリア様は違います。ロメリア様は多くの人を救おうと活動されていて、決して皆さんを使い捨てにするようなことはしません」
ポーラさんの懸命な言葉は、人々の足を一瞬止めただけだった。メルカ島の男性達は無言のまま帰っていく。
ポーラさんは力なく肩を落とした。するとそこに笑声が投げかけられる。声の発生源に視線を向けると、私と同じ年ぐらいの女性が立っていた。
黒い三角帽子が載せられた髪は炎のように赤くうねり、日に焼けた顔には大きく黒い瞳が輝いていた。小麦色の肌を丈の短い白の胴衣で覆い、豊かな胸元やお腹を惜しげもなくさらしている。むき出しの肩には赤い長外套を羽織り、くびれた腰には剣を差していた。
女だてらに、なんとも勇ましい格好の人だった。そしてその背後には何人もの子供達を従えている。
「無駄無駄、アンタ達の話なんて誰も聞かないよ」
笑う女性に対して、モーリス船長が普段は穏やかな顔を一変させた。
「こら! メアリー! お客様に失礼だろう!」
「アタシには関係ないね。もっと言えば、親父の芝居にも付き合うつもりはない」
メアリーさんが言葉を返すと、モーリス船長が渋面を浮かべる。私の隣ではアルが芝居とはなんだと首を傾げていた。
「申し訳ありません、お嬢さん。こいつは儂の娘のメアリーでして」
モーリス船長はメアリーさんを睨んだあと、私に頭を下げた。
「親父のことなんてどうでもいい。それよりもロメリアだっけ? 一つだけ言っておくけど、誰もアンタのことなんか信用しないよ。アタシらは陸の連中に騙された。アンタ達はアタシ達と対等に付き合うなんて言っているけど、誰もそんな言葉を信じない。誰もね」
メアリーさんは私やポーラさんに指を突きつける。そして言いたいことだけを言うと、もう用はないと踵を返した。その背中を後ろにいた子供達もついて行く。
「すみませんお嬢さん。誰に似たのかどうにもお転婆でして。最近じゃぁ島の子供達を引き連れて、船を乗り回しているんです」
私は頭を下げるモーリス船長から視線を移し、去って行くメアリーさんの背中を見た。その周囲には子供達が何人も付き従っている。子供達は時折振り返り、刃のような瞳で私達を睨みつける。
「あの子達は、魔王軍との戦いで父親を亡くした子供達です。母親は子供を食わせるために他の島に出稼ぎに行くんですが、他所だと足元を見られてきつい仕事ばかりやらされるんです。それで体を壊し、子供を残して死んでしまう者も多く……」
モーリス船長の声は弱々しい。
メルカ島の人々が、出稼ぎに乗り気ではない理由がもう一つ分かった。この島の人々は、もうよその人間を信じられないのだ。
私が目を細めて子供達を見ていると、ぼさぼさの金髪をした子供が足を止めた。
十歳かそこらぐらいだろうか、薄汚れた男物の服を着ている。だが髪が長いことから、おそらくは女の子だろう。しかしその髪は荒れ果て、最後に梳かしたのがいつなのか分からないほどだった。
足を止めた女の子が、ゆっくりと振り返る。その顔を見て私は息を呑んだ。女の子の顔には大きな火傷の跡があった。その爛れた傷痕から覗く目には、憎悪の炎が宿っている。
私が射すくめられたように硬直していると、顔に火傷を持つ少女はつまらなそうに鼻を鳴らした。そして踵を返して去っていった。
「……これからどうします、ロメ隊長」
アルの顔も険しい。私達とメルカ島の人々との間には、予想以上に大きな断絶がある。これを埋めることは簡単ではない。じっくりと時間をかけて、信頼を得るしかないだろう。
「レイ達と合流しましょう」
私は周りを促した。レイ達は港の前にある酒場で、レベッカさんが集めた女性達を相手に出稼ぎ労働者を募っているはずだ。しかしこの分だと向こうの首尾も良くはないだろう。
ここは一度合流し、仕切り直しをする必要があった。