第十九話 メルカ島②
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
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モーリス船長が、今から島主であるラディック邸に向かうと言う。その言葉に私はただ驚いた。
「今からですか?」
私はモーリス船長を見返した。ラディックさんはメルカ島の島主だ。面会を希望するなら、事前に先ぶれを出して返事を待つのが礼儀だ。
「ええ、きっと屋敷にいるでしょう」
モーリス船長は、まるで友人の家を訪ねに行くような気軽さだ。
「分かりました。皆さん。行きましょう」
私は頷き、案内をしてくれるモーリス船長の後に続く。その後ろにアルとレイ、ボレルとガット、ジニとポーラさんが続く。しかし一人だけついてこない者がいた。ゼゼだ。
普段明るいゼゼは、顔から全ての感情を喪失させていた。彼は広場に立ち尽くし、痩せた子供達を茫然と見ていた。
「ゼゼ? どうかしましたか?」
「……いえ、何でもありません。すぐに行きます」
私が声をかけると、ゼゼがついてくる。だがその顔にはいつもの明るさはなく、何度も振り返り、広場の子供達を見ていた。
モーリス船長に案内され、私達は港から山の手へと坂道を上る。しばらく歩くと、山の中腹に大きな屋敷が建てられていた。屋敷の前には白い大理石の壁が聳え、黒い鋲が打たれた木製の門が取りつけられている。どうやらここがラディック邸らしい。
「ラディックさん。ラディックさん!」
モーリス船長がやや乱暴に門を叩く。しばらくすると、門の向こう側から閂を外す音が聞こえて、大きな門が少しだけ開く。
「どちら様でしょうか?」
門から顔を覗かせたのは、背の高い痩せた中年の女性だった。黒髪を頭の後ろで纏め、黒い服に白いエプロンという使用人の格好をしている。しかしその顔には愛想笑いの一つもなく、冷たい三白眼で私達を一瞥する。
「おお、レベッカ。ラディックさんはいるか? ライオネル王国のロメリア伯爵令嬢をお連れしたんだが」
モーリス船長の声は気安い。一方でレベッカと呼ばれた女性は目を細め、刃の瞳で船長を見据える。モーリス船長はなぜ睨まれているのか、分からないといった様子で目を丸める。
レベッカさんは一息ついた後、私達を見て口を開いた。
「遠いところを来ていただいて申し訳ありませんが、突然の来訪ですのでお会いする用意が出来ておりません」
杓子定規に答えた後、レベッカさんはぺこりと頭を下げた。
「おいおい、レベッカ。ラディックさんはいるんだろ?」
「はい。ラディック様はご在宅です。しかしお会いする用意が出来ておりませんので……」
レベッカさんは同じことを繰り返した。
モーリス船長がなおも食い下がろうとしたが、私は手で制した。
「突然押しかけて申し訳ありません」
私は素直に頭を下げた。これはどう考えても私達が悪い。
「日を改めてお伺いしたいと、ラディック様にお伝え願えますか?」
私が頼み込むと、レベッカさんは頷いた。
「おい、でもよ……」
モーリス船長はなおも食い下がろうとする。その困り顔には、何とも言えぬ憐れさがあった。
レベッカさんは三白眼を閉じて、大きく嘆息する。
「ところでお嬢様。お時間はございますか? もしお待ちになられるのでしたら、今すぐにラディック様にお伺いしてきましょう。ラディック様が今日お会いになると言われるかもしれません。お時間をいただくことになると思いますが。それでもよろしいですか?」
レベッカさんの申し出に、私は一も二もなく頷いた。
「もちろんです。急に押しかけたのは我々ですので、幾らでも待ちます」
私が笑顔で答えると、レベッカさんは門を大きく開いた。
「ではこちらへどうぞ」
右手を差し伸べ、レベッカさんが屋敷へと招き入れてくれる。
門をくぐると、そこはすでに屋敷の内部だった。大きな広間には柱の列が並び、柱の上部でアーチとなり天井を支えている。どうやら屋敷の外に庭を造らない様式らしい。
広間の奥に扉はなく、通路の先に緑の庭に水が張られた池が見えた。広間の右に目を向ければ、三叉槍を携える男神の石像が白い輝きを放っていた。左を見ればこちらは対をなすように、林檎を片手に半裸の女神像が飾られている。
「……なんだか、変わった作りの屋敷ですね」
屋敷を見回すボレルの呟きが、広い天井に吸い込まれていく。
「古代に栄えたライツベルク帝国様式ですね」
私はラディック邸の広間を見て頷いた。
ライオネル王国によく見られる貴族の邸宅では、門を抜けると庭があり、その先に屋敷を建てるのが一般的だ。しかし太古に栄華を誇ったとされるライツベルク帝国では、屋敷の中に庭を造ることが多かった。ライオネル王国でも歴史の深い街に行けば、似たような様式の屋敷を見ることが出来る。
「へ〜、この像もですか?」
アルが女神像を下から覗き込むように見上げる。女神像は腰を薄布で覆っているものの、胸は完全にはだけており、豊かな乳房が顕となっている。
裸を覗き込もうとするアルに対し、私は何をしているのかと白い目を向ける。そして改めて二体の石像を見た。
男神像は三叉槍を持つことから、海神であろう。槍を持つ手には筋肉の起こりや浮き出た血管すら表され、冷たい石像であるというのに熱い血潮を感じさせる。
一方女神像は林檎を持っていることから、愛と美を象徴する女神であろう。女性らしい体の曲線が見事に表現されている。そして何より透き通るような白い肌は、触れれば柔らかいのではないかと錯覚するほどだ。
共に今にも動き出しそうであり、ライツベルク帝国時代の傑作であることが窺えた。
「メルカ島の歴史は古いですからね、古き良き時代の文化を、今も継承しているのでしょう」
私は良いものが見られたと頷く。これほどの石像はなかなかお目にかかれない。
「皆様、こちらへどうぞ」
広間を物珍しく見回す私達に、レベッカさんが中庭へと促す。言われるままについて行くと、四角い大きな中庭に出た。ラディック邸はこの中庭を取り囲むような構造をしている。
レベッカさんは中庭の前で右手へと曲がり、すぐ横手に設けられた部屋の前で足を止めて扉を開けた。中には赤い敷物が敷かれ、膝丈の机や椅子が置かれている。訪問客にくつろいでもらうための客間だろう。
「ラディック様にお伺いをしてきますので、それまではこちらでお待ちいただけますか?」
私達一同はレベッカさんに言われるとおりに客間に入り、モーリス船長も続く。
「すぐにお茶をお持ちしましょう。モーリス船長。ロメリア様が来られたことを、ラディック様に直接お話し願えますか?」
レベッカさんは、私達と一緒に客間に入ったモーリス船長をその三白眼で睨む。突然客を連れてきた弁解は、自分でしろと言わんばかりだった。
「おっ、おう」
椅子に腰を下ろしかけていたモーリス船長が、慌てて腰を上げる。
「それではロメリア様。儂はラディック様と話してきますんで」
モーリス船長が頭を下げる背後で、レベッカさんは一人歩いて行く。モーリス船長はその背中を慌てて追いかける。
「へへっ、なんだか女房に尻に敷かれてるみたいですね。もしかして、あの二人デキてるんですかね?」
小走りとなるモーリス船長を見て、アルがやや下品な笑みを浮かべる。
「もしかしたら、そうかもしれませんね」
私もレベッカさんの後を追うモーリス船長を見送る。そして客間の椅子に腰をかけた。私に倣い、アル達も腰を下ろした。
すみません、日曜日に更新するの忘れてました
申し訳ない