第十四話 船出④
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
小学館ガガガブックス様よりロメリア戦記が発売中です。
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マグコミ様で連載中ですよ。
モーリス船長と話していると、横になっていたガットが起き上がり、私のもとに歩み寄ってきた。
「あの、ロメリア様。お時間があるのでしたら、字を教えてもらえませんか?」
ガットは青い顔をしながら頭を下げる。
「それは構いませんが……勉強はメルカ島に到着してからのほうがいいのでは? 字など読んだら、船酔いが酷くなりますよ?」
「いえ、お願いします。レイに負けるわけにはいきませんから」
ガットが焦りの色を浮かべながら、レイを見る。一方レイは何故自分が名指しされたのか分からず戸惑っていた。
「……分かりました、いいでしょう」
私は頷いた。レイにポーラさんを取られるかもしれないという、ガットの焦りが理解出来たからだ。仕事はまだ残っているが、少しぐらいなら構わない。
「ありがとうございます」
ガットは青い顔で礼を言った。
怠け者号の食堂には長方形の机が三つ並べられ、その両脇には同じ長さの長椅子が置かれていた。長椅子に座る私の向かいには、ガットが座っていた。机には練習用の小さな黒板が置かれ、ガットは白墨を手に黒板に字を書く。
「そうです。そこは間違えやすいので注意してください」
私は黒板を指で示しながら、ガットに字の指導をする。
ガットは船酔いに苦しみながらも、白墨を走らせる。その顔には気迫があった。
高い集中力を持って行う勉強は捗る。実際にガットは字の書き間違いや読み間違いといった失敗が少なくなり、格段に上達していた。
あとはどれだけ単語を覚えられるかだが、これは時間をかけるしか方法がない。
ガットが間違いなく単語を書き記したのを見て、私は頷いて手を叩いた。
「では、今日はこれぐらいにしておきましょう」
「あっ、ありがとうございます」
ガットは青い顔をしながらも頭を下げる。そして先程私が教えた単語を、もう一度黒板に書き記す。
「忘れないように、もう少しだけやっておきます」
「……適度に休むのですよ」
私は一声かけると席を立ち、食堂の扉を開けて外へと出た。すると食堂の前では、金髪に柿色の服を着た女性が待ち構えるように立っていた。ボレルの妹であるポーラさんだ。
「ロメリア様。ガットに字を教えていただき、ありがとうございます」
ポーラさんは私に頭を下げたあと、食堂の扉へと目を向けた。扉は完全には閉まり切っておらず、隙間から黒板に向かうガットの姿が見えた。
ガットを見つめるポーラさんの目には、労りと思いやりがあった。
「ポーラさん。一つお聞きしていいですか? ガットのことをどう思っているのです?」
私は単刀直入に尋ねた。
ガットがポーラさんに思いを寄せていることは明らかだった。しかしポーラさんはガットの好意を意図的に無視している。ガットのことをなんとも思っていないのならばいざ知らず、今のポーラさんからはガットを思いやる気持ちが見て取れた。
立ち入ったことを聞くべきではないが、ガットはポーラさんのために頑張っているのだ。私も勉強を手伝った手前、ポーラさんがガットをどう思っているのか知りたかった。
「もちろん好きですよ。村にいた時からずっと」
ポーラさんは微笑を浮かべて答えた。その柔らかな笑みには他者を思う愛情にあふれ、決して冗談や戯れではないことが分かる。
「ではどうして煽るような真似をするのです? ガットは頑張っていると思いますよ」
私は口の端にやや非難を込めた。ガットをはじめ、ロメ隊の者は皆が命懸けで働いている。ポーラさんがガットと親しい間柄とはいえ、彼らを軽く見てほしくない。
「怒らせてしまったのなら、申し訳ありません。ロメリア様。私もガットが努力していることは分かっています。ですが、ここで止まってほしくないのです」
ポーラさんは食堂で勉強するガットに目を向けた。
「別に出世をしてほしいわけではありません。いえ、本当のことを言えば、私は兵隊になってほしくなかったんです。村でずっと私の隣にいてほしかった……。でもガットは一人前の男になると言って、村を出て行った」
目を伏せたポーラさんの顔は、悲しみを湛えていた。ガットはポーラさんに相応しい男になろうと思っていたのだろう。しかしそれはポーラさんの願いではなかったのだ。
「毎日とても心配で、気が気ではありませんでした。そしたらある日、ガット達が魔王軍の兵士と戦ったという話を聞きました。私はガットが死んだのではないか、怪我をしたのではないかと、いてもたってもいられませんでした」
話すポーラさんの声は震えていた。確かに私達は少し前に、魔王軍の偵察部隊と交戦した。敵はたったの五体だったが、私達は全滅の危機に瀕した。ポーラさんの不安は杞憂ではなく、十分にありえた事態だったのだ。
「兄やガットがミレトの街に滞在していると知り、私は家を飛び出してミレトに向かいました」
ポーラさんの話を聞いて私は頷いた。確かに魔王軍の偵察部隊と交戦した後に、私達は傷を癒すためにミレトの街に逗留していた。しかしミレトで、ボレルが家族と面会したという話は聞いていない。
「ミレトの街でガットや兄を探していると、偶然仲間の方と一緒に街を歩いている二人を見つけました。……その姿を見て驚きました。ガットも兄も変わっていました。本人達が思う以上に、男らしくなっていて……。村を出て半年も経っていないのに……」
言葉を零すポーラさんの声には憂いがこもっていた。私は彼女の気持ちが理解出来た。
「男の人は変わりますからね、驚くほどに」
私は目を伏せた。思い返すのは、魔王ゼルギスを倒す旅に出た頃のことだった。
旅を出た当初は、私もアンリ王子もまだまだ子供で躓くことばかりだった。だが失敗を経たある日の朝、アンリ王子は見違えるほどに変化していた。まるで羽化をした蝶のように光り輝き、力に満ちていた。
たった一日、たった一度の戦いで、男の人は驚くべき変化を遂げる。嬉しくもあり羨ましくもあり、置いていかれるような寂しさもある。
「成長したガットと兄を見て、声をかけることが出来ませんでした。二人の足を引っ張るような真似をしたくなかったのです。私は逃げるように村へと帰り、必死に勉強をして役場で働けるように頼み込みました」
ポーラさんの言葉に私は頷く。彼女もまた変わろうと努力していたのだ。
「ガットは変わり、男らしくなりました。平凡な村の青年としては、出世したともいえるでしょう。ガットはもう十分やれたと、満足しているのかもしれません。ですがここで止まってほしくないのです、ガットのためにも」
ポーラさんの目には、ガットに対する深い思いやりがあった。
アルやレイをはじめ、ロメ隊の面々は成長過程にある。彼らの伸び代は大きく、どれ程の高みに登れるかは私にも予想がつかない。今の状況に満足して歩むことを止めてしまえば、ガットは他の仲間に置いていかれるだろう。それは彼にとって一生の後悔となるはずだ。
ガットの好意を無視するポーラさんの振る舞いは、ガットの将来を思うからこその行動だったのだ。
「ロメリア様。ガットをよろしくお願いします」
ポーラさんの言葉に、私はゆっくりと頷いた。