第十三話 船出③
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
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船が出港し半日程が過ぎて昼となった。私は持ち込んだ仕事をこなすため、怠け者号の船室に引きこもっていた。
私のために用意された怠け者号の船室は、そう悪いものではなかった。小さいながらも机と椅子が置かれ、窓からは新鮮な潮風が入り込んでいる。寝台には真っ白な敷布がピンと張られてあり、清潔そのものであった。
もちろん伯爵家の令嬢が寝泊まりする部屋と考えれば、質素この上ない。しかし私には、清潔な寝台と仕事をする机があればそれで十分だった。一つ不満があるとすれば椅子の座面が少し硬いぐらいだが、こちらは愛用の赤いクッションを持ち込んでいるので問題ない。
私はクッションを敷いた椅子に座り、数字が並ぶ二枚の書類に目を走らせる。そして両方の書類に書かれている数字が同じかどうかを確かめた。数字に誤りはない。ただ見比べて確認するだけの単純な仕事だが、不正が行われていないかの最終確認は人任せには出来ない。
書類に間違いがないことを確認すると、私は顔をあげて一息ついた。そして二枚の書類を机の左側に積み上げる。机の右側にはまだ確認が出来ていない書類が山となっている。いつでもいいかと、後回しにしていたためだ。今日中に三割は終わらせたい。
まだまだ数は多いが、出先であるため書類が増えることがないのが救いだった。
少し疲れたので気分転換に潮風にあたろうと、私は船室から甲板へと出た。するとそこではボレルやガット、ゼゼやジニが甲板に倒れていた。彼らは顔を青くし、呻き声をあげている。少し離れたところでは、アルが船縁に体を預けていた。常に威勢のいい彼も、今は顔色が悪い。
「大丈夫ですか? ゼゼ?」
「え、ええ。大丈夫ですロメ……っ!」
私はグッタリとするゼゼに声をかけると、ゼゼは何とか顔を上げた。しかし話している途中で顔色が真っ青になる。ゼゼは口を押さえて飛び上がり、船縁へと走ると海に胃の内容物を吐き出した。
「大丈夫……ではなさそうですね」
私は吐いているゼゼや、倒れるボレル達を見て息を吐いた。勇猛果敢で知られているロメ隊も、船酔いの前では形なしのようだ。
「ええい、くそ。船ってやつは、なんで揺れやがるんだ」
船縁に体を預けるアルが、青い顔で言いがかりのような悪態をついていた。
「ふふ、だらしないぞ。アル」
船酔いに苦しむアルの前に、船尾からレイがやって来る。しかし言葉ほどの元気はなく、レイは荒い息を吐いていた。
「何を言いやがる。そう言うお前こそ足が震えているぞ」
「僕のは船酔いではなく、魔力の枯渇だよ」
アルとレイは青い顔をしながら睨みあう。
「まったく。体調の悪い時ぐらい、仲良くしていなさい」
私はアルとレイに注意する。すると船尾から、大きな笑い声が聞こえてきた。
「ハハハッ、死んどりますなぁ」
甲板を我が物顔で歩くのは、髭モジャのモーリス船長だった。船酔いで苦しんでいる者を笑うのは、船乗りの特権であろう。
「くそっ。絶対明日までに、船に慣れてやる」
「アルさんでしたっけ? 気合で船酔いを克服出来たら、世話はありませんぜ」
モーリス船長が豪快に笑い、アルは顔を顰める。
「ロメ隊長は、船酔いを全くしませんね。何か秘訣でもあるんですか?」
アルが不思議そうに私を見る。
「秘訣なんてありませんよ。ただ長く船に乗っていれば酔わなくなるだけです」
「そんなに長く、船に乗る機会があったんですか?」
アルが首を傾げる。ライオネル王国には海がないため、国民が船に乗る機会は少ない。
「魔王ゼルギスを倒すために、魔族が住む魔大陸、ゴルディア大陸まで行きましたからね」
「ああ、そういえばそうでしたね。確か魔導船とかいう船に乗って行ったとか」
レイの言葉に私は頷く。私達が住むアクシス大陸と魔族が住むゴルディア大陸との間には、大海原が存在している。普通の船ではこの海を渡り切ることは出来ないといわれており、魔王ゼルギスが造った魔導船だけが往還を可能としていた。
私とアンリ王子達は魔導船に密航し、何日もかけて魔大陸へと渡った。その時に船に慣れて船酔いしなくなった。
「噂に聞く魔王軍の魔導船に乗ったんですか。どんな船だったか、お聞きしてもいいですか?」
モーリス船長が歩み寄る。船乗りとして、魔族の船は気になるのだろう。
「密航していたので、私もそれほど詳しくはありません。ですがとにかく大きな船でした」
私は魔導船に乗った時の記憶を呼び起こした。
思い返してもあの船は大きく、そして異様だった。
「大きいって、この船の倍ぐらいの大きさですか?」
アルの問いに私は首を横に振った。
「いえ、もっとです。右弦から左弦へと移動するのに、全力で走れば途中で息が切れるほどの距離がありましたよ」
私は怠け者号の、右舷から左舷へと目を走らせた。怠け者号は快速の護衛船であるため、右舷から左舷への移動は走るまでもない。しかし私が乗った魔導船はあまりにも大きく、徒競走が出来るほどだった。
「そして船首から船尾への移動には、馬を使いたくなるほどの距離がありました」
「そ、そんなにも大きな船があるんですか?」
レイは大きさが上手く想像出来ないのか、目を白黒させていた。
「ですが大きさ以上に奇妙だったのは、魔導船に取りつけられていた外輪です」
「ガイリン? ガイリンってなんですかい?」
耳馴染みのない言葉に、モーリス船長が問い返す。
「川の流れで回る水車があるでしょう? あれと似たような物が船の両舷に取りつけられているのです。その外輪が回り、水を掻いて進むのです」
「ちょ、ちょっと待ってください、お嬢さん。つまり魔導船っていうのは、風がなくても動くってことですかい?」
「ええ、非常識な話です」
驚くモーリス船長に、私も呆れ顔で頷く。全くどういう原理で動いているのか、さっぱり分からない。あんな物を造り上げた魔王ゼルギスは、まさに天才と言えるだろう。
「でもまぁ、いつか魔導船を造ってみたいと、思っているんですけれどね」
「それは、壮大な話ですね。お嬢さん」
私の呟きをモーリス船長が笑う。だが私は本気だった。私の最終的な目標は、魔大陸で奴隷となっている人々を解放することだった。そのためには魔導船がどうしても必要だった。しかし現在、どの人類国家も魔導船を持っていない。ないのならば造るしかなかった。
「やっぱり難しいですかねぇ」
私は冗談めいた口調でこの話題を流した。しかし本心ではなんとしてでも、魔導船を建造するつもりだった。
もちろん気宇壮大に過ぎる話だということは分かっている。魔導船は全く未知の技術で作られている。私は外側を見ただけで、細部がどうなっているかは何も知らない。今から研究したとしても、原理を理解するのには何年もかかるだろう。そこから巨大な魔導船を建造するとなれば、さらに数年の時を要する。その上で大軍勢を率いて魔大陸に渡るなど、夢のまた夢だ。
「確かに、風もなく動く船は便利そうですね。いつか造れたら、儂らにも一隻くだせぇ」
モーリス船長が豪快に笑う。モーリス船長の言うように、実現がいつになるかは想像も出来ない。しかしこれは諦める理由にはならなかった。
私は十五歳の時に魔王ゼルギスを倒す旅に出た。この旅は何の計画もなく、行き当たりばったりの出奔だった。魔王を討つなど不可能に思えたが、私達はやり遂げた。ならば魔導船を造ることもやれるだろう。
笑うモーリス船長の前で、私はいつか必ず魔導船を造ってみせると自身の目標を定めた。しかしまだ口にする段階ではないため、冗談だと笑って同調しておく。だが側にいるアルとレイは笑っていなかった。二人はただじっと私の顔を見ていた。
今年最後の更新です。皆さん良いお年を