第十一話 船出①
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
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青い空に白い帆が広げられた。帆は風を受けて膨らみ、船がゆっくりと動き始める。
甲板に立つ私の目の前では、頭に布を巻いた三十人程の船員達が慌ただしく行き交う。声を合わせて縄を引き、広げた帆を固定していく。船首部分では四人の男達が錨を上げている。引き上げられた錨の横には『怠け者号』と船体に書かれていた。舳先にはその名を示すように、三叉槍を左手に持つ海神の像が、右手で頬杖をついて気だるげな顔を見せている。
「おら、仕事だ! 野郎共! キリキリ動け!」
船員達の間をのっしのっしと歩きながら、モーリス船長が潮焼けしたがなり声をあげる。船員達は声を重ねて返事をした。その動きには一切の無駄がなく、鍛え上げられた熟練の船乗りの姿だった。
私は船員の邪魔にならぬように、船首部分へと移動した。船首では同じことを考えたのか、アルやレイ、ゼゼとジニ、ボレルにガット。そしてボレルの妹であるポーラさんがいた。
アル達は物珍しそうに船や海を見ていた。ライオネル王国に海はなく、船に乗ったことがある者が少ないのだ。
「ロメ隊長、すごいですね」
「あんな大きな錨が沈んでたんだ」
アルが歓声をあげ、レイは引き上げられた錨を見て驚いている。その横ではゼゼが船縁から体を乗り出して下を覗き込む。
「船に乗るのは初めて! 見て! 船になんか張りついてる!」
「俺だって初めてだよ。おい、落ちるぞ」
ゼゼが船体に付着しているフジツボを指差す。落ちそうになるゼゼをジニが押さえる。
「俺、一度だけど船に乗ったことあるぜ」
「へぇ、すげぇな」
ボレルが自慢げに話し、ガットが感心する。その隣では、ポーラさんが船に張られた帆を見上げていた。
「船酔いは大丈夫ですか? ポーラさん」
私はポーラさんに声をかけた。彼女は仕事を求めており、私の身の回りで働くことになっていた。私は執務室に溜まっている、書類の分類と整理をしてもらうつもりだった。しかし本人の希望もあって、今回のメルカ島行きに同行することになったのだ。
「船に乗るのは初めてでしょう。無理されなくてもいいのですよ?」
「いえ、大丈夫です。船に乗れて嬉しいです。それにクインズ様にはロメリア様の身の回りのお世話をするようにと、言いつかっておりますので」
ポーラさんは両手を胸の前で、ぐっと固く握りしめる。本人がこう言うのだから仕方がない。
「しかし大きな船ですねぇ」
ポーラさんが、船のあちこちを見回して感嘆の声をあげる。
「確かに素晴らしい船ですが、これでも船としては小型なほうなのですよ?」
口を開けて見上げるポーラさんが微笑ましく、私はもっと大きな船があることを教えた。
「え? これで小さいんですか?」
「この船は護衛船ですからね。商品を積み込む交易船となれば、もっと大きな船もありますよ」
私はかつて魔王を倒す旅で見た、船の数々を思い出した。
交易船は商品を運べる量が多ければ多いほど利益が大きくなるので大型化する。一方でこの怠け者号は、交易船を守る護衛船だ。襲いかかる海賊に素早く対応し、反撃することを目的としている。そのため船は小さく身軽な構造となっている。
「ロメリア様は船にもお詳しいんですね」
「詳しいというほどではありません。何度か船に乗ったことがあるだけです。ただこの船ですが、私が見てきた船とは少し違いますね」
私は船に一本だけ伸びている帆柱を見上げた。帆柱には巨大な横帆が上下に二枚、風を受けて膨らんでいる。帆柱の上には小さな見張り台があった。
「えっ、何かおかしなところがあるのですか?」
ポーラさんが不安げな顔をする。
「おかしいわけではありません。ただ、船首と船尾に三角帆がないなと思っただけです」
「ロメ隊長。三角帆ってなんです?」
近くで私の話を聞いていたアルが問い返す。
「三角帆というのは、文字どおり三角の形をした帆です。帆を左右に動かすことが出来るので、いろんな角度の風を受けて移動することが出来ます」
私は昔乗った船のことを思い出した。あの時の船乗り達は三角帆を自在に動かし、向かい風であってもジグザグに切り上がり移動してみせた。風が吹いている方向に船が移動していくので、乗っていて本当に驚いた。
「私が乗った船には、どれも三角帆がついていました。この船にはないですね」
私は広々とした船首や船尾部分が、少し意外だった。この船の大きさであれば、さらに一本か二本の帆柱を設置することも出来たはずだ。船は風を受ける帆が命であるため、帆柱の数が多ければ多いほど速力は上がる。帆柱がたった一本しかないなど、随分古い型の船といえる。
だがメビュウム内海は外洋にも繋がっており、外国の最新の技術が入ってくるはずだ。内海に住まう人達が、三角帆を知らないとは思えない。何故三角帆をつけていないのだろうかと疑問符を浮かべていると、強い潮風が吹いて私の疑問と髪をさらっていく。
「風が気持ちいいですね、ロメリア様!」
船首に立つゼゼが笑う。私も髪を押さえながら前を見た。
動き出した船は海原を突き進み、まるで飛んでいるかのような光景だった。
しばしその光景に見惚れていると、船が急に加速した。思わずよろめくほどの加速で、私は二の足を踏んで耐えた。私の隣にいたポーラさんも、短い悲鳴をあげてよろけた。だがこちらは近くにいたガットが、手を伸ばして倒れるのを防ぐ。
「あっ、ありがと……」
助けられたポーラさんは小さな声で礼を言った。対するガットはそっぽを向いて手を離す。しかしよく見ると、その頬は紅潮している。
私は二人に対し何も言わなかった。ただ微笑ましかったので、笑みを二人に向ける。だが笑っている間も船は加速し続ける。ちょっと怖いほどの速度だった。
「ええっと、ロメ隊長。俺は船に乗るのが初めてなんですが、船ってこんなに速いんですか?」
アルは高速で航行する船に対し目を泳がせる。私もこの速度は驚きだった。こんなに速く動く船は見たことがない。
「いえ、普通はこんなに速度が出ることは……」
私も不安になり、モーリス船長の姿を探した。船長は船尾にいた。船尾は船室の上に設けられており、一段上がった場所となっている。モーリス船長は船尾の奥で操舵輪を握っていた。
モーリス船長が操る操舵輪には、おかしなところがあった。操舵輪を固定する台座の上に、緑色に光る宝玉が取りつけられているのだ。
「あの光は……」
私はアル達と共に船尾へと向かった。甲板より階段を上り船尾に上がると、風が強く吹き荒れていた。私が髪を押さえながら舵を握るモーリス船長を見ると、船長は陽気に鼻歌を歌いながら船を操っている。船長の周囲では風が巻き上がり、帆へと向かっていた。
「これは……風の魔道具ですね」
私が緑に輝く宝玉を見て呟くと、隣に居たレイが頷く。
「そうか、魔道具で風を起こして、帆に風を当てているんだ」
風の魔法の使い手であるレイが、船が高速で走る仕掛けに気付く。
「ああ、だから三角帆がいらないのか」
私も得心がいって頷いた。
魔法で風を生み出せるのだから、常に順風満帆だ。三角帆で小刻みに風を受ける必要もない。帆柱が一本しかないのも、何枚も帆を広げるより一つか二つの帆に風を当てるほうが効率的なのだろう。実際に怠け者号は、通常の船の倍近い速度で進んでいる。
モーリス船長は普通ならば四日はかかるメルカ島への日程を、二日で行ってみせると豪語した。その自信の裏には、魔道具という秘密兵器があったからだ。