第十話 会議③
私はメルカ島の地図を見ながら、会議を続けた。
建設中の港を問題なく運営していくためには、メルカ島の協力が不可欠だった。私の言葉に、ゼゼがうんうんと頷く。しかしゼゼが本当に理解しているかは怪しい。
「しかしロメリア様。その島に行くための船はどうするんです?」
レイが尋ねるが、これはちゃんと手配してある。
「今日にもセリュレ氏の交易船がこの港に到着します。セリュレ氏は護衛船を雇っており、その船がメルカ島の船のはずです」
「ああ、その船に乗せてもらって、メルカ島に行くんですね」
ガットの答えに私は頷く。その時、応接室の扉がノックされた。
入室を許可すると扉が開かれる。扉を開けたのは、銀縁の眼鏡に紺色の服を着た女性だった。定規を当てたように背筋がピンと伸びているこの女性は、私の教師でもあったクインズ先生だ。先生は連日の激務で疲れているだろうに、髪型や衣服に乱れはない。さすがだ。
「会議中に申し訳ありません、ロメリアお嬢様。先程セリュレ様の船が、沖に到着したと知らせがまいりました」
クインズ先生の報告に私は頷く。
「これはちょうどいいですね。皆さん。一緒に見にいきましょう」
私が立ち上がるとアル達も一斉に腰を上げた。そしてその場にいた全員を連れて、埋め立て工事が続く入江へと向かった。
作業員達の間を抜けて進むと、入江が見えてきた。白い砂浜には二本の桟橋が伸びている。だがその先は黒い岩壁に覆われ、沖までは見通せなかった。
ここからでは、本当に船が来ているのか分からない。しかし内海へと繋がる岩壁と岩壁の間から、木箱を満載した一艘の小舟がやって来るのが見えた。
小舟では頭に布を巻いた船員達が、掛け声に合わせて櫂を漕いでいる。真っ直ぐこちらに向かって来る船の舳先には、長い銀髪を後ろに纏めた男性の姿があった。眼鏡をかけたその人物は、ヤルマーク商会のセリュレ氏だった。
小舟が桟橋に着くと、船員達が降りて船を縄で繋ぎ止める。船体が固定されるとセリュレ氏が桟橋に降りた。私は桟橋を進んでセリュレ氏に歩み寄った。
「お帰りなさい。セリュレさん。ご商売はどうでしたか?」
「ああ、これはロメリア様。仕事は大成功です!」
セリュレ氏は私を見て破顔する。後ろで小舟から木箱が続々と下ろされる中、セリュレ氏が一つの木箱の蓋を開けた。中には光沢のある布が幾つも詰まっている。
「見てください、この布を。ベリア産の最高級の絹ですよ! これを今までの半分の値で仕入れることが出来ました。これを王都に持っていけば、大儲け間違いなしです」
普段冷静沈着なセリュレ氏は、子供のように目を輝かせている。
「セリュレ様。商品の目録を確認します」
「ええ、お願いします」
クインズ先生が前に出ると、セリュレ氏が商品の内容が書かれた書類を渡す。私も目録の一部を見せてもらうが、どれも値が張るものばかりだ。セリュレ氏の目利きは確かといえる。
「ロメリア様。今回は実績作りのためということでしたが、またすぐにも船を出したい」
「その辺りはガンゼ親方と話をして決めましょう。今日はゆっくり休んでください」
興奮冷めぬセリュレ氏を落ち着かせるため、まずは休むことを促す。
「ええ、そうですね。慣れぬ船旅は、さすがに疲れました」
「道中はどうでした? 船の旅は快適でしたか?」
「よかったですよ。嵐にも遭いませんでした。ただ途中でメビュウム内海にある、ヴァール諸島に立ち寄ったのですが……」
セリュレ氏は視線を逸らし、言葉を濁した。
「何かありましたか?」
「いえ、これという問題は起きませんでした。ただ、私の商人としての勘と申しましょうか、あまりよくない感触でした。歓迎はされていないようです」
「そうですか……ヴァール諸島が」
話を聞き、私はメビュウム内海の地図を思い出した。ヴァール諸島はここより北西にある大小十個程の島々の総称だ。隣国であるハメイル王国に近い位置にある。
私達は港を建設し、メビュウム内海に乗り出そうとしている。しかし内海の人から見れば新参者だ。私達の海洋進出をよく思わない人もいるだろう。
「このあと私はメルカ島に行きたいのですが、護衛船とは話がついていますか?」
「ええ、大丈夫です。護衛船の船長を紹介しましょう」
セリュレ氏が後ろを振り向き、小舟から荷下ろしをしている船員達を見る。セリュレ氏の視線の先には、紺色の三角帽をかぶり同じく紺色の長外套を着込んだ大柄な男性の背中があった。
「モーリス船長。紹介したい人がいるので、来てもらえますか?」
セリュレ氏が声をかけると、長外套の男性が振り向く。こちらに顔を向けた男性は、帽子の下から癖のある赤毛を伸ばしていた。そして顎にもモジャモジャの赤髭を伸ばしている。大柄な体つきも相まって、まるで熊のようだ。しかし赤毛と赤髭の間から覗く目はつぶらで、どこか愛らしさがあった。
「へい、セリュレの旦那。御用で?」
「ええ、モーリス船長。紹介しましょう。こちらの女性は、この港を造られたロメリア様です」
セリュレ氏が手を私に向けて差し伸べる。そしてその手を今度は髭の男性に向けた。
「ロメリア様。こちらは私の船を護衛してくれたモーリス船長です」
「モーリス船長。初めまして、ロメリアと申します」
セリュレ氏の紹介を受けて私が声をかけると、モーリス船長は三角帽子を脱いで頭を下げた。
「これはどうも。モーリスと申します。しがない船の船長をしておりまして」
モーリス船長は大柄な体に反して腰が低い。だが下げた頭から私を見上げる目には、刃物のような鋭さがあった。しかしその鋭さを見せたのも一瞬のこと、顔には柔和な笑みが宿る。
「なんでもこの後、メルカ島へ行きたいとか?」
「ええ。メルカ島の島主、ラディック氏にお会いしたいのですが、会えるでしょうか?」
「お任せください。儂らはメルカ島の者ですから、島主に取り次ぎをいたしましょう」
モーリス船長が髭だらけの顎を引く。
「お願いします。船はいつ出港することが出来ますか?」
「今日はセリュレの旦那の船から、荷物を降ろす仕事があります。ですがそれも今日の夕方には終わります。明朝には出港することが出来ますよ」
「ここからメルカ島までは、どれぐらいで着きますか?」
「儂らの船ですと、二日ですね」
「二日? 早いですね」
私は少し驚いた。メルカ島はメビュウム内海の中央に位置し、船で四日はかかると聞いていたからだ。
「まぁ、儂らの船は特別ですので」
モーリス船長は自慢げに笑う。何か理由があるのだろうが、ここは任せるしかない。
「ではよろしくお願いします」
私は頭を下げて頼み込んだ。