第八話 会議①
ロメリア戦記のアニメ化が決まりました!
ロメリア戦記がアニメになります。続報は判明次第、ご報告させていただきます。
こうしてアニメになるのも、応援してくれているファンの皆様のおかげです。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
小学館ガガガブックス様よりロメリア戦記が発売中です。
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マグコミ様で連載中ですよ。
私は手元を照らすランプの灯りを頼りに、机に向かい書類に文字を走らせた。最後にロメリア・フォン・グラハムと自分の名前を署名し、丁寧に折り畳んで封筒に納める。そして机の引き出しから封筒と赤い蝋燭、グラハム伯爵家の紋章が刻まれた印を取り出す。
私は手を伸ばしてランプを引き寄せ、灯りを覆う硝子を外す。そして炎で赤い蝋燭を炙り、ゆっくりと溶かした。赤い蝋が滴り落ちそうになった頃に手元に引き寄せ、書類を収めた封筒に溶けた蝋燭を垂らす。赤い蝋で封をし、固まる前に印を押し付ける。蝋が冷えた頃合いを見計らって印を外すと、盾の中に葉を咥えた鳩の意匠が浮かび上がっている。これぞグラハム伯爵家の紋章だ。
紋章で封をすることは、簡単だが人に任せることは出来ない大事な作業だった。何故ならこのちっぽけな紋章には、グラハム伯爵家の権威が象徴されているからだ。
紋章があることで手紙は私個人の私信ではなく、グラハム伯爵家が出したことになる。そのため紋章が押された手紙は、無碍に扱われることはない。場合によっては裁判でも有効な証拠となる。もっとも偽造しようと思えば出来るので、紋章の効力も絶対ではないが。
「さて、これで手紙はあらかた終わりましたかね」
一仕事を終えた私は、顔を上げて背筋を伸ばした。長時間手紙を書いていたせいか、体が固まり関節が音を立てる。体をほぐした心地よさに息を吐きながら、執務室を眺めた。すると晴れた気分も一転して暗澹たる思いになる。
目の前の大きな机には丸められた地図や書類が山となって積み上げられていた。机の向こうには膝丈のテーブルに長椅子が二つ置かれてあるが、このテーブルも書類で埋まっている。しかもそれでも場所が足りず、長椅子の上にまで書類の束が置かれていた。
一応テーブルや長椅子に置かれている書類は、目を通し決済が終わっている分だ。この部屋の隣には、書類を納めるための部屋がある。隣の部屋に書類を納めれば、少しはすっきりとするだろう。だが考えもなしに押し込めば、どこに何があるか分からなくなってしまう。
書類を倉庫にしまうには、何が書かれているかを理解して分類しなければならない。自分で整理出来ればいいのだが、仕事は過剰気味で整理に時間を割いている余裕は全くない。
「こっちも人手が足りませんねぇ……」
ため息とともに、口から愚痴が漏れた。
建設中の港では働く労働者が不足しているが、裏方である事務の人間も全く足りていなかった。このままでは限界が来るだろう。ボレルの妹である、ポーラさんの申し出は正直ありがたかった。どれぐらい仕事が出来るかはまだ分からないが、彼女には期待したい。
私は短い休憩を終え、机に積み上げられた書類の一つを手に取った。
書類の内容に目を走らせていると、部屋の扉がノックされた。入室を許可すると、赤い髪の男性が入ってくる。その背後には青い髪の男性もいた。
「ロメ隊長、来ましたよ」
「ロメリア様、お呼びですか?」
赤い髪の男性はロメ隊のアル。青い髪の男性はレイだ。
二人は私の兵士の中でも一、二を争う実力者だ。二人は百人の兵士を指揮する百人隊の隊長である。しかもアルは炎の魔法を、レイは風の魔法の使用が可能であり、魔法兵でもあった。
「ゼゼとジニ、ボレルとガットも居ますか?」
「ええ、部屋の外で待っていますよ?」
アルが入ってきた扉を親指で示すと、空いた扉からゼゼが顔を出して手を振る。ゼゼはいつも明るくお茶目だ。
「グラン達の報告書です。読んでしまいたいので、少し待ってもらえますか?」
手にある書類を軽く掲げると、アルが顎を引く。
私が報告書に目を通していると、レイがちらちらと視線を向けてくる。
「レイ、何か?」
私は書類から視線を上げてレイを見た。するとレイは顔を俯かせる。
「いえ、その……いつもと服が違っていて、あの、その……似合っているな、と……」
たどたどしく喋るレイの顔は、真っ赤に染まっていた。
言葉だけを聞けば褒めてくれているが、声は尻すぼみに小さくなっていく。
「この服、似合っていないでしょう」
私は赤い服を見下ろし自嘲気味に笑った。今日はいろんな人に似合っていると褒められたが、忠実なレイの様子がこうなのだ。やはり似合っていないのだろう。
「そんなことありません! お似合いです!」
レイが叫ぶ。だがレイの立場としては、上司の私にはそう言うに決まっている。
「ありがとう。レイ」
あえて否定せず、私は笑顔で頷いておく。部下のお世辞を否定しないのも上司の務めだ。
私が頷いていると、アルが上を見上げて顔を顰めて唸り、レイが肩を落とし俯く。しかし似合っていなくても、この服は贈り物だ。もう何日かは着ておかないと、贈ってくれたセリュレ氏に失礼となる。周りの皆にはもう少し我慢してもらおう。
私は視線を報告書へと戻す。グランとラグンから送られてきた報告書は、詳細なものだった。
「双子はちゃんとやれていますか?」
「ええ、魔物の討伐は順調です。三十二匹の魔物を討伐したそうです。兵士に死者はなく、重傷者もなし。軽傷者が十二人だそうです」
アルの問いに私は書類に目を落としながら答えた。
グランとラグンの双子はセイ、タース、グレン、ハンス、メリル、レット、シュロー達を引き連れ、兵士達と共にカシュー地方の魔物の討伐に当たっていた。
報告書によると、グラン達はカシュー地方に巣食う魔物を念入りに退治してくれたようだった。まだ一箇所だけ魔物が住むとされる場所が残っているが、その場所以外は安全と言えた。
「しかしこれだけ魔物退治に熱心なのも、カシューぐらいでしょうね」
アルが笑う。その顔はどこか誇らしげでもあった。アル達カシュー守備隊には、訓練も兼ねて魔物の討伐をしてもらっていた。これはどこでも行われていることだが、大抵は大きな街や街道周辺の魔物を退治する程度で終わる。だが私はそれで満足せず、何度も討伐を繰り返していた。今やカシューのほぼ全土から、魔物の駆逐に成功している。
「貴方達を焚きつけた手前というのもありますしね」
「ああ、そういえばそんなこともありましたね」
私が自嘲気味に笑うとアルが笑い、隣に居るレイも懐かしそうに目を細める。
初めてアルやレイと会った時のことだ。私はまだ兵士を指揮した経験がなく、アル達も実戦を知らない新兵だった。彼らは私を信用せず、私もまた信じていなかった。とにかくアル達を使い物にせねばならず、私はあらゆる手を使った。
金を見せびらかして欲で釣り、なだめすかし煽てもした。そしてアル達には国のためではなく、故郷であるカシューを守るために戦えと言ったのだ。
「いや本当に、ひどかったですよ、あれ」
アルが私の所業をあげつらう。確かにあれはひどかったと、自分でもそう思う。しかし必要なことでもあった。故郷を守り魔物を駆逐したという実績は、アル達の誇りとなっている。この誇りが大事だった。誇りを胸に抱く者は、窮地に陥っても簡単には逃げない。たとえ味方や指揮官を裏切れても、自分の誇りを裏切ることは出来ないからだ。
「でもロメリア様。念入りに魔物退治をしたのは、カシューを守るためではなく発展させるためではありませんか?」
話を聞いていたレイが、私の目的を言い当てる。うん、よく見ている。
「もちろんです。港には多くの商人に来てほしいですからね、安全な街道は何より重要です」
レイの問いに私は頷く。街道に野盗や魔物が出没すれば、商人は損害を負う危険性が生じる。これでは商人達も安心して港に来ることが出来ない。商業を発展させるためには、まず安全に通行出来なければいけないのだ。
私はグラン達の報告に満足し、報告書を机に置いた。
今週はマダラメも更新してるので、よろしくお願いします