招待状 ー2ー
「王太子殿下からお礼状と招待状?」
つい三日前に、クレイトン公爵家からの求婚の手紙の話をしたばかりだというのに、今度は王太子殿下から私を名指しで盗賊討伐協力の御礼と直接お礼を言いたいと舞踏会への招待状が届いた。
「……」
父がスッと差し出してきた手紙に、思わず半歩後退し、まるで呪いでもかかっているかのような視線を送る。
「国内広しといえど、王太子直々に送られた舞踏会への招待状を、そんな目で見るのはお前くらいだろうな」
「麗しのクレイトン公子様の婚約を断るのもティアぐらいさ」
なぜかそれを自慢げに言う兄に父がため息をつく。
「これは、断れませんよね……」
「殿下直々のご招待だからな」
「ですよね……」
父のどうしようもないというその言葉に一気に体の力が抜けていった。
「もうすぐ建国祭もあるし、それには一家総出で出ない訳にはいかん。練習と思って参加してみてはどうかな……」
「あぁ、気配を消す練習ですね……」
「いや、そうじゃなくて……」
毎年建国祭では上手く気配を消して、隅の隅で一人耐え忍んでいる。
でも、今回は間違い無く王太子殿下に会わなければいけないというミッションがついていた。
建国祭は特に陛下への挨拶もないけれど、出席者名簿に名前が残るため、いつものように受付だけしてメインホールに向かわず景色に同化する……というわけにもいかない。
最後の手段は「姿を消す腕輪」を持って行き、実際に消えていればいいのだけれど。
「あ、その腕輪は着けて行くなよ。使い道の怪しい魔道具など不審なモノを持っていて何を企んでいるのかと疑われてもたまらん。そうなれば騎士団に囲まれるのは必至だからな」
「……デスヨネ」
思わず内心舌打ちをするが、父はそれを「持っていくんじゃないか」とに不審げな目でこちらを見る。
「それでは失礼します」とさっさと部屋から退室しようとしたところ、「そういえば」と呼び止められた。
「パレンティア。最近また寝てないと報告を受けているが、あまり無理ばかりするんじゃないぞ。酷いようなら、……研究室を取り上げるからな?」
ぎくりと父の低い声に体を竦ませる。
父に告げ口したのは恐らくブランカだろう。
後ろに控えていた彼女に視線をやると、素知らぬ顔をして澄ましている。
「お父様。睡眠時間はきちんと確保しております。お気遣いあり……」
「昨日は何時に寝たんだ?」
私の言葉を遮った父の指摘に「何時に寝たことにしようか」と一瞬躊躇ったのが致命的なミスだった。
「お嬢様は午前三時にベッドに入られました」
裏切り者のブランカの発言に父の口元が引き攣る。
「午前三時だと……?」
「あ、あの……。お父様。もう少しで今開発中の魔道具の実験が上手く行きそうだったんです。それにその前の日は早く寝たんですよ!」
「前日は、午前二時半だったと記憶しております」
「ブランカ!」
またしても、ブランカの余計な一言で、父の纏う気配が圧を増した。
「パレンティア! 今日から実験室は午後九時までの使用とする。ブランカ! 午後九時になったら私の元に研究室の鍵を持って来い」
「かしこまりました。旦那様」
「まま、待ってください! それでは研究時間が一日五時間も減ってしまいま……! あっ」
思わず口から出た抗議の言葉に、父親の目が釣り上がり、ワナワナと震え始めた。
「五時間だと……?」
「い、いえ。その……」
「今日は……研究室使用禁止だ」
父親の怒りを含んだ有無を言わせぬ判決に、放心状態の私をブランカが引きずって書斎を出て行った。
***
「だから、遅くまで研究してはいけませんと申し上げたではありませんか」
「ブランカが告げ口するからこんなことになったんじゃない〜」
母の丹精込めた庭にある東屋で、テーブルに突っ伏しながら半泣き状態でブランカに文句を言う。
カチャリと香りのいい紅茶を入れたブランカは不敵な笑みを浮かべる。
「私の雇い主は旦那様ですから。嘘を報告するわけにはいきません」
「報告しなくても黙っててくれたらいいだけじゃない!」
「報連相は、信頼の根本と、お給料に直結しますから」
「私の信頼はどうなるのよー」
「……」
返事をせんか、返事を!
思わず心で突っ込むも、腹が立つほどに相変わらずスンとした顔で焼き菓子を並べていた。
「ははは、今日は研究室に出入り禁止になったって? ティア」
「自業自得よ、少し自粛なさいと私も言ったでしょう?」
「兄様、姉様」
鎖骨あたりまで伸ばした黒髪を一つに結んだ兄と、父親譲りの金髪を綺麗に纏め上げた姉が笑いながら東屋にやってきた。
二人とも背が高く、私が横に並ぶと本当にちんちくりんに見えてしまう。
母に似た私は異国の血が濃く出たのか、この国の女性の平均身長よりも幾分か小さいが、「祖国ではこれでも平均的なのよ」と母が言っていた。
「今日は研究は諦めてブランカと街でも行ってきたら?」
姉の優しい瞳にほんわり優しい気持ちになる。
彼女は誰が見ても「美しい」。この一言に尽きるだろう。
そんな姉も婚約が決まり、一年後には嫁いで行く。
きっと誰よりも美しい花嫁だ。
相手は侯爵家の嫡男で、優しく、将来も有望と父が言っていた。
何より、政略結婚ではなく、相思相愛で思い合った二人の結婚式はとても素敵なものになるだろう。
私には作ることの出来ないであろう幸せを、ただただ願う。
「そうだ、先日隣国から仕入れたお菓子があったろう? あれが下町で流行っているようだが、アレンジしたお菓子も市民や観光客に人気と聞いた。今日時間があるなら俺と食べに行くか?」
「うーん……。研究室を取り上げられて外に出る気分じゃないので……」
「お嬢様はいつも外に出る気分じゃないですよね」
「ははは。確かに」
兄はブランカのツッコミに笑いながら同意する。
そんな兄は、父の後を継ぐべく修行中だが、すでに実業家としての片鱗を見せており、あまり農作物のないこのカーティス領を観光地として開発し、大きく成功していると言っても間違いない。
それに比べて私がこの家の為に貢献出来ている事ってなんだろう。と、穏やかに微笑む兄を見て、いつものように自問自答する。
私の作った魔道具は観光地や市民の生活に取り入れられているとはいえ、それも全て父や兄が施策の中に取り入れてくれているおかげだ。
「そういえば、パレンティア。貴方の開発した例の湖の遊覧ボートがとても好評よ。私の友人が昼と夜、二日で四回乗ったと言っていたわ。夢のような時間だったと」
「ありがとうございます。母様が父様に贈られた『四季の森』を、みんなにも見てほしいと一般公開してくださったからですよ」
「でも、それを発端に観光客が増えて人も増え、物流が生まれ、金が流れ、我が領地は今までになく潤っているよ」
「兄様が色々と考えてしてくださったから。私ももっともっと頑張って色々作ってみますね」
「「……」」
笑顔で答えた私を見つめる姉と兄は、少し困ったような顔をしている。
「ティア、あなたは魔道具を開発しないといけないと思い込んでるんではなくて?」
すべてを見透かすような姉の言葉に、「そんなことは……」と否定をする。
「でも、私は男性が信じられなくて、怖くて……とても結婚なんて出来ません。結婚しても『こんな嫁なら要らなかった』と父様や母様、カーティス家に迷惑をかけるぐらいなら始めから結婚などしなければ良いと。だから、私が、出来るのは魔道具を開発するぐらいしかないんです」
小さい頃は、従兄弟の男の子達の標的にされてとても嫌な気持ちになったのを覚えている。
大切なモノを壊されたり、お父様が買ってくれたドレスに泥団子を投げつけられて、とても悲しかった。
たまたま行った格闘大会の見物では、屈強な男達が血を流しながら戦う姿に、あまりの怖さで気を失った。
更にその後入学した学園では、この人なら友人になれると思った人に騙され、魔道具を盗作されかけたと謂れのない悪評を立てられて、学園を退学することとなった。
一度は『そんなことはしていない』と反論したけれど、誰も信じてくれず、どうすることも出来なかった。
その当時、父が流行病にかかってしまい、カーティス家は混乱していた。
父は今はとても元気だが、当時は致死率の高い病気で、アカデミーのゴタゴタで家族の手を煩わせたくなかった。
他にも理由はあったけれども、泣き寝入りした上、そのことを家族に話せず退学し、それからずっと屋敷で研究ばかりしている。
男嫌いを拗らせた上に、引きこもりすぎて対人恐怖症になりつつある感も否めない。
「私の人生ってきっと、男運が悪い星回りなのね」
思わずそう呟くと、兄は困ったようにため息をついた。
「せめて、私に出来ることは頑張りたいわ……」
「ティア、何度も言うけれど君がこの家にとって役に立っていないことなんてない。ティアが開発した魔道具で得た利益は領民達をより豊かにしている。オレ達は君が頑張りすぎている方が心配だよ」
「……ありがとうございます」
ふぅとため息をついた姉と兄はこれ以上話してもしようがないと思ったのだろう。
「ま、今日は研究から離れてゆっくりしよう。そうだ。今度の舞踏会と建国祭用のドレスでも見に行かないか?」
「ですから、外に行く気分では無……」
「お嬢様。ぜひそうなさって下さい。こんな日でないと採取日以外は家に篭ってらっしゃいますし。ドレスは去年も着られた二年前のクリーム色のドレスしかありません」
「え、まだ二回しか着ていないんだから着られるわよ」
去年もドレスを新調しようと言われたのだが、面倒くさくて前の年に着たものでいいと駄々を捏ねたのだ。
「あの型は古すぎて逆に目立ちますよ」
「そうねぇ。あのドレスではティアは目立つわねぇ」
「それはマズい! お兄様! 行きましょう」
目立たずさっさと殿下に挨拶して帰る。
誰の記憶にも残らないように。
そうしないと、私の『悪評』の化けの皮が早々に剥がれてしまうことだろう。
そうして私はブランカと姉の手のひらの上で転がされて、ドレスを新調しに行った。