招待状 ー1ー
――「で? 彼女に求婚の手紙を送って断わられたと」
クレイトン公爵家に、わざわざ王太子がどうなったかと非番の日を狙ってやってきた。
「いいね。王国一のモテ男がこんなに女性のことで落ち込んでいる姿を見られるなんて。いやぁ、愉快愉快!」
はっはっはとアリシアと茶を飲みながら笑う王太子をギロリと睨みつけ、「帰れ」と言うも、それすらも楽しんでいるようで、深くため息をついた。
職場では騎士団長と王太子の関係だが、幼い頃から気心知れた仲なので、誰もいなければ敬語など使わない。
「本当ですわ。お兄様が盗賊の討伐から戻られた日に結婚したい人がいるなんて言い出すから……。結婚に無関心だったから我が家は喜びに打ち震えたと言うのに。……お断りだなんて」
「ラウルが、何も出来ないまま、たった一人の少女に眠らされたと聞いた事も驚きだが、それがまさかカーティス家の次女とはね。ましてや、『完璧公子』と呼ばれる男が求婚して断られるとは……面白すぎるだろう」
今日は美味い酒が飲めそうだと、人の不幸を喜ぶ自国の王子は無視して再度届いた手紙を見つめる。
何度見ても文面は変わらないと分かっているのに……。
「あー、可笑しい。で? お断りの理由は何だったの?」
「……返事は急がなくていいので、一度会いたいと書いたのだが、『浪費家でわがままで礼儀知らず。恥ずかしながら、とてもじゃないが人前に出せるような娘じゃない』と返事が来た」
直接会って、彼女にあの日の本当のことを話したかったが、それすらもままならない。
手紙で伝えるべきではないと濁したのは失敗だったのだろうか。
会ってすらもらえないとは思わなかった。
「……まぁ、噂通りというか。でも、嫁に出せないような令嬢に、結婚話がきたら『あとはよろしく』と差し出してもいいものなのにね。そこまで隠されると逆に気になるなぁ」
と、何か含むように目を光らせた。
「助けていただいたお礼をしたいということに関しても、『助けた令嬢が名乗らなかったので、アリシア嬢かどうかは分からない。別の人かもしれないので、お間違いではないか』と」
「……だから、結婚の話は聞かなかった事に。という事か」
否定はされないが、肯定もしないと。
「でも、その悪い噂しかない御令嬢でしょう? 贅沢し放題、わがまま放題でご家族も頭を悩ませているとか。本当にその御令嬢が兄様を助けたの? 伯爵の言う通り人違いではなくて?」
妹のアリシアが王太子の手土産の茶菓子をつまみながら言った。
「間違い無い。マジックバックの裏にカーティス家の家紋があったし、以前見た伯爵夫人に面影がよく似ていたからね」
「どんな子だった? 美人を見慣れた君のお眼鏡に適うほどだ。相当美人だったのかい」
「どんな子……」
あの日の彼女が鮮明に蘇る。
目が覚めたら安心させるように微笑んでいた少女。
隠れていればいいものを、盗賊から私を助けようと駆けつけてくれた。
何より楽しそうに笑う彼女の顔が頭から一時離れることが無い。
「真っ直ぐで、勇気があって、小柄で黒い髪に……黒い瞳」
あの朝見た彼女のスモーキークォーツの瞳の色はきっと誰も知らない。
知られたくない。
俺だけの秘密。
「それから、透き通るほどの白い肌に、笑顔の可愛らしい……、っ……」
ふと、あの日の寝袋で一緒に寝ていたあどけない彼女の寝顔が脳裏をよぎり、柄にもなく赤面した。
本当にあの夜はよく耐えたと、自分で自分の理性を褒め称えたい。
ドラゴン退治の方が楽に思える。
「マジか……。あのお前が赤面なんて……」
驚く王太子をよそに、雑念を振り払おうと頭を振る。
「あとは、自作のマジックバッグや魔道具の話をしているときは本当に、楽しそうだった」
「ふーん。で、彼女のどこに惹かれた訳? 一目惚れ? その『可愛い笑顔』なんてチープな理由じゃないだろう?」
ニヤニヤと笑う王太子に、一瞥を送る。
「あ、それ私も聞きたいわ。お兄様を落とすなんて。どんな美女もどんな可憐な女性もお兄様の心を動かすことなんて出来なかったのに」
「なんと言われようと言う気は無いぞ」
「「ケチー」」
まるで子供のように口を尖らせて声を揃えた二人にため息をつく。
どこに惹かれたかなんて、簡単に言葉になんて出来ない。
もう会えないと思っていた彼女に会えた時の衝撃は計りしれなかったし、変わりない笑顔には胸から込み上げる感情を持て余していた。
何より、彼女が『好きなことを続けている』。
そのことに目の奥が熱くなり、胸がいっぱいになった。
真偽のほどはわからないけれど、あんなに魔道具が好きな彼女が『盗作』など、到底考えらえなかった。
アカデミーにあった耳を覆いたくなるような噂を聞けば、もう魔道具から離れるという決断をしてもおかしくなかったはずだ。
彼女が現在辛い状況じゃない事に安堵して、嬉しくて、……頬が緩んだ。
「ニヤニヤして気持ち悪いな。……しかし、マジックバッグねぇ……。収納魔法の付随したものを作るなんて末恐ろしいな。まして姿を消す魔道具だっけ? これじゃあ僕がいつ殺されてもおかしくないよ。暗殺し放題だね!」
ははは、と笑いながらも目が笑っていない王太子に何か企んでいるのではないかと嫌な予感がし、視線を向けた。
「そうだ! 彼女にその魔道具を持って来させよう。前回捕縛した盗賊も元締めがいなかったし、その魔道具を使えば残党を捕らえて完全討伐も簡単だろう。次の騎士団の討伐にも参加させるのもいいな」
「ダメだ! 彼女は騎士でも何でもない。魔道具も未完成で本人しか使えないと言っていたから、危険なことをさせる訳にはいかない。何より……男性が苦手な様だし……」
「お兄様、女なんて計算高い生き物よ。分かっているでしょう? ひょっとしたら兄様と分かって近づいたかもしれないわよ? その男性が苦手というのもフリだとしたら?」
「いやいや、アリシア嬢。あの日のラウルの女装した姿からラウル=クレイトン公子とわかる人間なんていないよ。あれはまさしく君に劣らず女神のように美しいレディーだった」
楽しそうに目を輝かせた王太子に、ピクリとアリシアが反応する。
「まぁ、私より美しいですって? 男のお兄様に私が劣るとでも?」
「アリシア、……殿下はお前より美しいとは言ってないよ」
王太子を睨みつけるアリシアに、思わずため息を溢す。
そして本題からズレている。
「君に劣らずと言ったんだよ。彼女を君と間違える可能性はあるけどね」
その言葉にアリシアが更にピクリと反応した。
「でしたら、私を利用しようとしたのかもしれませんわね。実際クレイトン家との繋がりが出来ましたし。父親に見切りをつけられそうな噂通りの御令嬢なら、婚約のお断りも駆け引きの一つではないかしら? もっといい条件を引き出そうと。そうやって家を出される前に、金持ちの貴族と結婚するつもりでは?」
アリシアの言葉に、思わず彼女を睨みつける。
「アリシア。そんなの、噂に過ぎないだろう。実際の彼女はそんなんじゃなかった。ハッ! ……まさか、彼女はカーティス家で冷遇されているんじゃないだろうか。あれほどの才能だ。例えばひたすらに魔道具を作らされているとか……」
「まぁ、それは流行りの舞台の様ですわね。家族に虐められて、搾取された令嬢が王子様に助けられるみたいな。そこまで計算に入れていたとしたら、なんて恐ろしい御令嬢かしら。舞台女優も顔負けだわ」
アリシアは、よほど私の女装が褒められのたのが気に入らなかったのか、やけに棘のある言い方をした。
「アリシア嬢。それは本人に会ってみれば分かるよ。……っていうかさ、そもそもラウルがその場で正体を明かせばよかったんじゃないのか? そうすれば話はもっと簡単だっただろう?」
「もちろん、……それは、まぁ。そうかもしれないが、いや、それも無理だな」
本当は、あの時彼女に自分の正体を知られてしまうのが怖かったのだ。
最初は囮のためとはいえ、女装をしているということが彼女に知られるのが恥ずかしかった。
そして、何も出来ないどころか気づかないままに眠らされて彼女に助けられ、我が国の騎士団長は『頼りない』と、彼女に思われることが嫌だった。
そうして、本当のことが言えずに、彼女の俺を見る瞳が、不信感で曇るのが怖くて言い出せなかった。
さらに、輪にかけて女性のフリをして彼女を騙している状況が続き身動きが取れなくなり……自分で自分の首を絞めた。
だからこそ、きちんと『ラウル=クレイトン』の姿で会いたかった。
「……」
「……えーと。そうだ! では僕が君とパレンティア嬢の再会の場をプロデュースしようじゃないか」
急に黙ったせいか雰囲気の悪くなった場を和ませようと咄嗟に思いついたのか、殿下が妙案と言わんばかりの得意げな表情を浮かべて言う。
その顔をするときは大抵碌なことではない。あの日の女装を提案してきた顔と同じだ。
「いえ、殿下。あなたが出るとコトがややこしくなるので、大人しくしておいてください」
「酷いな。自国の王太子に放つ言葉じゃないな」
昔から私を揶揄って遊ぶのが大好きな王太子は、新しいおもちゃを見つけた様に瞳をキラキラと輝かせている。
「討伐のお礼と直接話を聞きたいから舞踏会に招待したいと手紙を送ろう。実際どんな魔道具を作っているのか気になるからね。今まで悪評を鵜呑みにしていたけれど、……僕も彼女に会ってみたくなったよ」
「殿下!」
彼女に関わって欲しくなくて、思わず反対の声を上げる。
「いいじゃない、お兄様。ぜひ場を設けていただきましょう。私が彼女の本性を暴いて差し上げるわ。最近退屈だったから、……ふふふ。ワクワクしてきたわ」
「アリシア、お前まで」
「だって、実際手詰まりでしょう? 結婚を断られたばかりか、そもそも会うことすら出来ないんですもの。ダイラ」
「はい。お嬢様」
アリシアが専属侍女を呼ぶ。
「カツラを用意なさい」
「以前お忍びの際に使われた赤毛のものがありますが」
「それでいいわ。可愛いそばかすメイクでもしようかしら。そういえば目の色を変えるメガネがあったわね。フフ……舞踏会が楽しみだわ」
悪友の王子と、悪知恵の働く妹が同じような悪魔の微笑みを浮かべている姿に背筋がゾワっとした。
二人が絡むと余計なことにならないと思いながらも、巡ってきたチャンスに乗らない手はないと、思わずぎゅっと拳を握りしめた。
次こそ彼女に会って、……きちんとラウルの姿で会って話をしたいーー。