御令嬢の正体 ー3ー
「ん……」
雨も止み、朝の日差しが洞窟の入り口から差し込み、眩しさからか、パレンティアがうっすらと目を明けた。
その、朝日に照らされた彼女のなんと眩しいことか。
黒い瞳と思っていたのに、近くで見るとスモーキークォーツのような澄んだ柔らかなブラウンの瞳と視線がぶつかった。
「ここまで近づかないと分からなかったな……」
「え?」
寝ぼけて聞き取れなかったのだろう。
彼女のぼんやりとした寝ぼけ眼がたまらなく可愛い。
「ん゛ん゛……。なんでも無いです。おはようございます。よく眠れました?」
咳払いをしてなんとか少し高めの声で尋ねると、彼女は小さく頷いた。
「はい、……あの、でも貴方はあまり寝ていらっしゃないようですね。ごめんなさい。やっぱり一人で寝袋を使ってもらうべきでした」
腕の魔道具を解除しながら、申し訳なさそうに言う彼女に、どのタイミングで自分が騎士であることを言うべきか頭を悩ませる。
いつ話しても、軽蔑の目で見られることは間違いないだろう。
というか、女装をしていたと言うことで彼女に白い目で見られたくもない。
いや、しかし、ここは『責任』を取って……。
カーティス家に謝罪と……いや謝罪の気持ちなんかじゃない。
自分がそうしたいのだ。
「あの、……」
意を決して彼女に真実を伝えようと思った時、ドカドカと馬の蹄の音が聞こえ、彼女の体がビクリと強張った。
寝袋から出てそろりと洞窟から顔を覗かせると、遠くに騎士団の姿を確認した。
「パレンティア様、この音は騎士団のようですね。私の捜索で来たのでしょう。迎えが来たみたいです」
「あぁ、良かったです。これで無事に山を降りられますね」
「ええ、もう大丈夫ですよ。パレンティア様も家まで……」
「いや、結構です!」
断固拒否といった彼女がそそくさと寝袋など荷物をまとめ始める。
「え、あの?」
あまりの彼女の素早さに、自分は呆然と見守るしか出来ない。
「騎士団の方が来られたという事は、盗賊たちも彼らが引き取ってくれますよね? 貴方の身の安全も大丈夫ですよね?」
「え、ええ。もちろん」
早口で捲し立てる彼女にそう答えると、彼女はほっとしたように微笑んだ。
「それでは、私はこれで失礼致します。あ、お嬢様。護身用にこれを差し上げますので、お出かけの際は肌身離さず持ち歩いてくださいね。どんぐり型刺激噴煙剤と、対魔物対人用捕縛栗です。投げるだけなので簡単です。それでは、私はこれで失礼致します」
「え? ええ? パレンティア様?」
早口に捲し立てながら颯爽と去って行こうとする彼女の手を思わず掴んで引き止める。
「あの、貴方も一緒に行きませんか? お礼もまだですし、きちんと親御様に……」
「いやいやいやいや、無理です。あんな騎士団の方々に囲まれたら私、思考が停止してしまいます。呼吸も停止します。無理! 怖い! 本当に無理です。お気持ちだけ! それでは!」
「あ!」
さらに早口で捲し立て、脱兎の如くクルクのところへ行く彼女をしつこくも追いかけて、彼女がクルクにまたがるのを手伝った。
その隙に彼女のバッグに一つ、自分の持っていたモノを忍び込ます。
「このお礼は必ず」
「本当にお気になさらず」
「そういう訳にはいきません」
食い下がろうとするも、彼女は眉根を寄せ少し困ったように微笑んだ。
「貴方がご無事で何よりでした。ではまたお会いすることがありましたら」
明らかな社交辞令を言いながら、彼女がクルクを走らせた瞬間、目の前から姿が消えた。
残ったのは、彼女の残り香だけだ。
「本当に、恐ろしい魔道具だな」
彼女を手に入れることは難しそうだ……。
「やっと……見つけたんだ。この機会を逃すつもりはない」
と、小さく独り言ちた。