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襲われた令嬢 ー3ー


「あの……、今更ですが、お名前をお伺いしても? 私の名前はパレンティアと言います」


 

 温かなスープを手に、向かいに座った彼女に尋ねた。


 美しいプラチナの髪に、透き通るような青味の濃い紫の瞳は今にも吸い込まれそうで、食事をする姿も上品だなぁとつい視線が行ってしまう。


 着ているドレスはオーダーメイドの一級品と一目で分かるし、醸し出す雰囲気は、明らかに一般人ではなく、高貴な血が流れていることを窺わせる。



 今の王家に王女はいないはずので、高位貴族の御令嬢ではないだろうか。


 社交界に詳しくないので、誰とは断言できないけれど……。


 「あ、……ええと」



 言いにくそうに口ごもり、視線を逸らす仕草にお忍びかとピンと来た。


 どう見ても高貴な令嬢で、ひょっとしたら叶わぬ恋に駆け落ちでもしようとしたのだろうか。


 ――例えば、お家に仕える庭師の男性と恋に落ち。二人で手と手を取り合って生きていこうと約束していたとか。


 

「……ひょっとして、この先で誰かとお約束があったりしますか……?」

「あ、いえ。その……。それは、もういいんです」


 確定だ!


 あまりに気まずそうに視線を逸らす彼女の雰囲気が全てを物語っている。


 相手の男性は来なかったのだろう。


 彼女の実家から手切れ金でももらったのか、怖くて逃げ出したのか、真実は分からないが、苦しそうに俯く彼女の気持ちを思うとあまりに可哀想で、思わず涙が滲んだ。


 恋人に裏切られた挙句、盗賊に追われてこんな洞窟で一晩過ごすことになるなんて……。彼女を助けられて良かったと心から思う。


「え⁉︎ パレンティア嬢⁉︎ どうなさいました⁉︎」


 心配そうに私の顔を覗き込む彼女はあまりに美しく、どうしてこんな素敵な彼女を捨てたのかと、相手の男のこの先の不幸を望むばかりだ。

 

 恋人であれ、家族であれ、……友人であれ、信じていた人に裏切られた時の心の傷は簡単には癒えたりしない。


 どんな理由であっても、彼女を裏切り傷つけた男に怒りが湧いた。

 

 ましてや高貴な御令嬢が駆け落ちしようとしただなんて、社交界に知られたらもう『傷物』として見られてしまうのは明白だ。


 ここで名前を聞かれても、名乗りたくないのも理解できる。



「いえ、ごめんなさい。無理に言わなくて結構です。……辛かったですよね。恋人に裏切られるなんて……。私、誰に

も言いませんから」


 

「……え? あ、……ええ。そうですね。でももう本当に良いんです。だからそんな顔をなさらないで下さい」


 困惑を隠せないながらも、私を気遣う彼女の優しさに、さらに胸が締め付けられる。


「男なんて、乱暴で、ガサツで、平気で裏切って、根に持って……どうしてそんなのばかりなんでしょうね」


 不愉快な気持ちでいっぱいになり、思わずため息が溢れた。

 

「え……ええと。パレンティア様は男性が苦手で……?」


「ええ。男性は大っ嫌……大の苦手です。私の男運が悪いのが原因かもしれませんが。ですが、お嬢様ならきっと、素敵な人に出会えて幸せになれると思います。陰ながら応援していますね!」

 

 そう言って、彼女の手をぎゅっと握りしめると、驚いたように目を見開いた後、ふわりと頬を桃色に染めた彼女が微笑んだ。

 


「もう、……素敵な出会いがありましたよ。今日、こうして貴女に会えましたから。あんなにも恐ろしい盗賊達から助けてくださったあなたに、最大級の感謝を捧げます」


 そのあまりにも純粋すぎる澄んだ瞳に、思わず返事に詰まってしまう。

 


「……」

「あの……?」



 私が返答をしなかったのを不思議に思ったのか、彼女は困ったように首を傾けた。


 どこまでも澄んだ紫の瞳には私がどんなふうに映っているのだろうか。

 正義感に溢れた勇気のある少女に見えているのだろうか。



「……ごめんなさい。その、本当はお礼を言われるような立場じゃないんです。あの時、貴方が襲われるのを見て、隠れてようと思ったんです。……助けたいと思っても、怖くて足が動かなくて。でも、クルクが……クルクのお陰で貴方を助けることが出来たので、お礼はクルクに言ってください」

 


 きっと彼女は私が何を言っているのか分からないだろう。

 けれど、私が迷っているのをクルクが背中を押してくれたのだ。


 ――だって、私は、一度はその場から離れて逃げた。




「でも、貴方が私を助けてくれた事実は変わらないですよね。きっかけがクルクだったとしても、動いてくれたのは貴方です。貴方が助けてくれなくては、怪我をしたオルフェでは逃げ切れなかったし、私もどうなっていたか分かりません。貴方の勇気に……感謝することが間違っているなんて言わないで下さい」


 

 その言葉に……恐らく安堵の涙が溢れた。



 本当は、魔道具が動作不良を起こしたらどうしようとか、余計なことをしたかもとか、……私の判断ミスで二人とも死んだらどうしようとかぐるぐるとそんなことを考えていたのだ。



「あ、ありがとう……ございます」


「え、いや。パレンティア様、お礼を言うのは助けていただいたこちらです!」


「いえ、そう言っていただけて嬉しかったので。ありがとうございます」


「いや、ですから……」

 

 暫く謎の御礼合戦が続いたあと、思わず二人とも声を出して笑い、やっと止まっていた食事に取り掛かった。





 ***

 

「パレンティア嬢はいつから魔道具の開発を?」

 

 食事の後、彼女が私の作った護身用道具に興味を持ち、どんな魔道具を作っているのかと尋ねてくれた。

 

 あまり、屋敷にいる人以外と話す事もなく、私の魔道具についてキラキラした目で聞いてくれるので、楽しくてちょっと調子に乗って話しすぎてしまった。

 

 今までどんなものを作ったとか、どんな失敗をしたとか、『オルレイン』のような後世にも使ってもらえるようなものを開発する魔道具師になりたいとか。

 


 ブランカは私が何度魔道具について熱弁しても、「はいはい」と流すだけなので、語りがいがない。



 が、相手が興味がない話をしても迷惑だろうと思い、機会があってもあまり熱弁することはないのだが、彼女が聞き上手すぎるのが悪いのか、長い時間語ってしまった。


 


「――魔道具は小さい頃から好きだったのですが、『オルレイン』に憧れて初めて魔道具を作ったのは七つの時です。それから十年ずっとのめり込んでしまって」



「そんなに小さい頃から? 独学ですか?」

 


「その、……十三歳からアカデミーの魔道具学部へ通ったのですが、ちょっと色々あったもので、一年も経たずに退学しました……」

 


 あの頃の世間知らずな情けない自分が頭を過り、話題を変えたくて、「もう随分遅い時間になってしまいましたね。そろそろ寝ましょうか」とポシェットに手を突っ込んだ。



 

「あの、ご相談なのですが、寝袋は一枚しか無いので、……お嬢様さえよければ、一緒に寝てもいいですか?」

「え?」



 まさに凍りつくといった顔の彼女の反応にそれはそうだよね、と納得する。


 高貴な御令嬢が、どこの馬の骨とも分からない人間と一緒の寝袋に入るなんて考えられないだろう。


 私はアイテムの採取でそこらへんで寝ることには慣れているが、普通の令嬢はそうはいかない。



「ですよね。困りますよね。どうぞ寝袋はお使いいただいて……」

「いえ! 貴方がお使いになって下さい! 私は地面で寝ているのに慣れているので!」



 顔を真っ赤にして言う彼女の言葉に、即否定の言葉が口から出た。



「慣れている訳ないですよね。ご遠慮なさらず使って下さい。私の方こそ慣れていますから」

「本当に慣れているんです」

「いえ! そう言う訳には」


 ――と、再び暫くの押し問答をした後、私は小さくため息をこぼした。


「貴方がお使いになられないのなら、私も使いません」

「いや、本当にそんな訳には……」


 断固とした表情で言った私の言葉にたじろいだように、彼女は「……では、ご一緒に……」と消え入りそうな声で言った。


  申し訳ないと思いながらも、ポシェットから少し大きめの寝袋を取り出し、敷布の上に広げ、二人で遠慮がちに寝袋に入った。


「あの……」

「は、はいいい」



 彼女に声をかけると、びくりと体を揺らし、綺麗な顔を真っ赤にして返事をしてくれた。



「手を繋いで寝ても大丈夫ですか?」

「て……手ですか?」


「はい。荷物は片付けましたし、私に触れていればマジックアイテムで姿を隠したままで過ごせます。万が一山賊の残党が来ても大丈夫かと……」



「あ、……な、なるほど。……で、では失礼します」

「いえ。こちらこそ、ご無理ばかり言って、申し訳ありません」



 そう言って、彼女の遠慮がちに出された手をそっと握った。

 


 

 極度の緊張で疲れていたのだろう。



 

 すぐに眠気が全身を覆い、彼女の温かな手を握りしめたまま、私は深い眠りについた。



 

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