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建国祭


 

 抜けるような青い空の下、建国祭の開催を知らせる祝砲が打ち上がった。


 王都も城の中も、溢れんばかりの人でごった返している。

 

「ティア大丈夫かい?」

 

 兄の言葉になんとか口角を上げて大丈夫と返事を返すも、頬が引き攣っているのが自分でもわかる。

 

「ティア、とっても綺麗だから自信を持ってね」

「ありがとうございます。姉様が綺麗にしてくださったおかげで、……まるで鎧でも着ているかのように勇気が湧いてきます」

 

そう答えると、姉は優しく私の頭を撫でた。

 

「では、行きましょうか、ティア」

「はい」

「僕も一緒にラウル殿を探そうか?」

「いえ。これは私一人で頑張らないといけないことなので。でも、……ありがとうございます」


 

 そう言って、踏み入れた試合会場……もとい、建国祭のメインホールは多くの貴族でごった返していた。

 

 以前、王太子殿下に招待していただいた舞踏会が本当に小規模のものだったのだと痛感する。

 

 今までは、建国祭に来てもダレスに会うのが嫌で、受付を済ませたらメインホールには行かず、比較的人気の少ない場所で壁や景色と一体化していたから、初めての会場に圧倒されてしまった。


「この中から公子様を見つけられるかしら……」


 とりあえず人だかりの多い場所に行けば会えるかと、足を進める。


 けれど、見つけた人だかりは王太子殿下に集まる人だったり、アリシア様に群がる男性陣。

 庭を覗いてもそれらしき人もいないし、ただ王宮をぐるぐると徘徊しているだけだった。


「全っ然見つからない……」


 普段運動しない上に、歩くのはなんの緊張感もなく歩く山や丘だけ。


 人にぶつからないように、周囲に常に気を配りながら歩くことはないので、会場を一周してホールに戻ったところで思った以上に疲れてしまった。


「パレンティア?」


 ゼェゼェと無様に息を切らしていたところに声をかけられて振り向くと、そこには同年代ぐらいのブラウンヘアの知らない男性が立っていた。

 

 彼が、にこやかにこちらに近づいてくる様子に警戒する。


「ええと……。何か?」


「やだな、従兄弟の顔を忘れたの?」


「え?」


 その言葉にきょとんと彼を見つめると、朧げな記憶が蘇る。

 

「……オルタ?」


「そう、小さい頃はよく一緒に遊んだろう? 黒髪の御令嬢なんて珍しいから、やっぱり君だった」


 思い出した。というか、忘れていたかったのに、思い出さされてしまった。


 小さい頃、私が手に入れた魔道具のための素材を『気持ち悪い』と言って踏みつけたあの顔に確かによく似ている。

 そもそも男の子が苦手になったのは彼がきっかけなのだから。

 

「……久しぶりね」


「うん。君は綺麗になったね」


 ニコニコと言うオルタに戸惑いを隠せなかった。

 

「どう? 一曲踊りませんか?」


 恭しく言った彼に、クスリと笑う。

 けれど、そもそも男性と踊る気になどなれないし、今は公子様を探すのが先決だ。


「ごめんなさい。人を探しているから……」


「……もしかして、ラウル=クレイトン公子様を探してる? 以前舞踏会で君と彼とのことが話題になっていたけど……」


「彼を見かけたの?」


「奥の休憩室に……金髪で緑のドレスを着た美しい女性と入って行かれるのを先ほど見かけたよ……」


 オルタの言葉に、体が凍りついた。


 舞踏会や夜会で男性と女性が一緒に休む休憩室。


 その意味がわからないほど子供ではない。

 だからと言って、私が怒る権利など当然無い。


 ジクジクと胸の辺りが不快な物に包まれるが、何とかやり過ごそうとゆっくりと深く息を吐いた。

 

「パレンティア。……彼は忙しいだろうから、『出てくる』まで、ダンスでもしてようよ?」

 

 そう言って取られた腕にざわりと、寒気がして、鳥肌が立つ。


「さ、触らないで!」


「え、どうし……うわっ!」


 弾かれたように彼から身を引いた瞬間、オルタが驚いたように声を上げた。

  

「彼女に触るな」


 目の前には、オルタを睨みつけて彼の腕を捻り上げている公子様が立っている。


「公子様……」

「クレイトン公子様……?」


 冷やかかにオルタを見下ろす公子様は触れてしまえば切れてしまそうなほど、怒っていた。


「え、いや、僕は……、ちょっと従姉妹に挨拶を……。挨拶も終わったので……もう失礼しますね」


 ははは、と苦笑いしながら彼は去って行き、気まずい空気が漂う。


「ありがとうございました。公子様」


「何をしているんだ、貴女……は」


 その時初めて公子様と視線が合った。


 気づいてくれただろうか。


 彼から贈られたドレスとイヤリング。

 そして紫水晶の髪飾りに。


「公子様とお話をしたくて、貴方を探していたんです」


「……話?」


 その時、彼の後ろに金髪で、淡いグリーンドレスの美しい女性が興味深そうにこちらを見た。


 ファッションにも疎い私ですら、一級品と分かるほどのドレスを身に纏い、立ち姿ですら高貴さが滲み出ている。


 なんてお似合いな二人だろうか。


 私のようなちんちくりんが彼の側に立っても、迷子の子を保護でもしたのかと思われるぐらいだろう……。

 あんなに酷い事を言ったのだ。

 彼が、まだ私に心残してくれているなんて幻想を抱いてはいけない。


「……ええ、貴方に謝りたくて。話も聞かずに公子様を非難したこと、本当に申し訳ありませんでした」

 

「パレンティア嬢が謝ることは何もありません。むしろ、貴方を傷つけたのはこちらだ。先生の件もまるで君を騙すような形になって……」


 ふいと視線を逸らされて、胸の奥がツキンと痛んだ。


「昨日、父からその件について聞きました。先生の処罰に関して、周辺に騎士団の監視を置くことを条件に、日常生活に戻ることを許されると」


「……私の力だけではありませんよ。カーティス家からも量刑を軽くするように嘆願書が来ていましたから」

 


「それは当然です。父も、私が先生にお世話になっていることも、カーティス家とサダ家の問題に一般人を巻き込んだと、ショックを受けていました。それでも、公子様と殿下のお力添えがあってこそだと伺っています。ありがとうございました」


 結局は処罰どころか、監視と言う名の下の保護がなされたと父が言っていた。


 それも、公子様が尽力してくれたと。


「彼らは巻き込まれただけですから。責任はサダ伯爵にあります」


「それでも……です」


 サダ伯爵家は爵位の剥奪に、領地は没収。


 サダ家に連なる者は皆身分を平民に落とされ、その中で、一年中寒さの厳しい地域へ送られると聞いた。

 これから迎える冬の季節は彼らにとっても厳しいものとなるだろう。

 

 盗賊行為に手を貸した者は、一族郎党処罰されるが、彼らが死刑にならなかったのは、過去の先代達が築いた功績と、身分があったからに他ならない。


 捕まった盗賊達は全員処刑されたのだから。

 

 けれど、先生達に関しては、幼い孫と老人では山賊から身を守る上でどうしようもなかったと言うことも、彼らから利益を得ていなかったと言う点を考慮されたそうだが、……その結果が、どれほど異例かわからないほど世間知らずのつもりは無い。


 

「……話がそれだけなら、もういいでしょうか」

「あ……。その……」


 彼は側にいた金髪の女性に視線を流し、手を差し出す。

 

「行きましょうか」

「あら、いいの?」

 

 公子様にエスコートされて、ちらりとこちらを見た女性は、にこりと軽く会釈した。


 彼が背を向けた瞬間、思わず彼の袖を掴んでしまった。


 ――まだ言いたいことは一つも言っていない。


「え?」


 驚いた公子様が紫水晶の瞳を見開く。

 

「あ……あんなに、あんなに、たくさんの言葉と、たくさんの想いをくれたのに。……全てを否定して罵ることしかしなかったこと……、本当にごめんなさい」


 失うものなんて無い。


 このまま終わらせたって、後悔しか残らない。


 彼に他にどんな素敵な人がいたって、何もしないまま終わらせたりしない。


 だって、……。

 

「魔道具師としてやっていこうと、まっすぐ道を示してくれたのは、貴方でした」


『好きなことは才能』だと。

 頑張っても良いよと言われた言葉が、どれほど嬉しかったか彼に分かるだろうか。


 アリシア様の言う通り、あの時間が全て偽物だったなんて思わない。


「逃げ出したのは……、貴方の目的が魔道具だった事に傷ついて……。私に気持ちがないと……。だって、公子様は経験が豊富で、私なんかに本気じゃないと思ってたのが本当だと……思ったからです」


 もう、手遅れだろうか。


 それでも、この私の中に生まれた気持ちだけは否定したくない。


「……好きでした……」


 その言葉に公子様の藤色の瞳が大きく見開かれた。


 でも、すでに彼の心を占める人がいるのなら、……私がここにいて、二人の関係に波風を立てるわけにはいかない。


 金髪のご令嬢が驚いたようにこちらを見ている。

 

 最後ぐらい笑顔で言いなさい。

 

 そう、自分を叱咤する。

 

「さようなら。彼女と、どうぞ幸せになることを……祈っています」


 そう言って、腕のブレスレットに触れようとした瞬間、大きな熱い手に腕を掴まれた。


「え?」


「言い逃げはダメでしょう」


 



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