絞り出した勇気 ー2ー
「それで、お話とはなんでしょうか」
「決まっているだろう。ラウルの事だよ。僕のせいで君が誤解したとアリシア嬢に怒られたんだ」
「まぁ、全部を殿下のせいにした訳ではありませんわ。貴方の言い方がパレンティア様の誤解を増幅させたと申し上げたのです! あんなにお兄様の邪魔をしないでと申し上げたのに!」
ギロリと殿下を睨みつけたアリシア様が、今度は申し訳なさそうにこちらに視線を向けた。
「改めまして、わたくしがアリシア=クレイトンです。……初めまして……はおかしいですね」
「いえ。改めまして、……パレンティア=カーティスです」
私も彼女に倣って挨拶を返した。
「それで、ご用件はなんでしょうか?」
「兄の事について説明をさせていただきたいの。今回のことは貴方を騙した形になって申し訳なかったと思っているの」
「『管理』の件ですか?」
「え、ええ。それは殿下の意向であって、兄様の意向ではないわ。兄は、本当に貴方が好きで結婚したいと思っていたのよ」
アリシア様が、そう言いながらあの日、公子様に返したドレスを机の上に置いた。
そのドレスを見るだけで胸が締め付けられる。
『貴女が好きで結婚したい』その言葉をどれだけ信じられたら良いだろうか。
母に思いを伝えろと言われたけれど、そう簡単には踏み出せない。
「……」
「えーっと。僕が説明しても良いかな。なぜこんな事になったか」
口調は優しいが、鋭い目が黙って聞けと言っているよう。
「はい、お願いいたします」
「始まりはさ、盗賊の討伐に僕がラウルに女装して囮になるように言ったのが始まりなんだよね」
「え⁉︎」
思わぬ言葉に、自分でもびっくりするほど大きな声が出た。
『完璧公子』に女装させるとは……。騎士団も思っている以上に大変なのかもしれない。
……というか。
「私は、作戦の邪魔をしたのでしょうか?」
やっぱり余計なことをするんじゃなかったとショックに襲われる。
「いいや、彼の馬が怪我をしたので、君に助けてもらって良かったと言っていたよ。しかも奴らは騎士団が駐屯地より手前にいることを知っていた。ってね」
「そうですか……」
「それでさ、騎士団が君たちを探しに行くまで自分が男だと言わなかったのは、君が男性が苦手だと思ったからだと言ってたよ。まぁ、苦手じゃなくても知らない男と二人っきりっていうのは嫌だと思うけど」
話を続ける殿下の話をみんな黙って聞いている。
「それで、戻って来たラウルに君の魔道具の話とか色々聞いて、君に魔道具の協力要請をしてもらおうって僕が言ったんだ」
なるほど、それで、私に構うようになったのかと納得する。
やっぱり現実はそんなものだと思いながらも黙って耳を傾けた。
「はっきり言って、僕が君に魔道具の提出と協力要請と出頭命令を出す事だって出来たんだ。でもラウルがそれを絶対するなと。もしそんなことをするなら騎士団長は辞めて公爵家の仕事に専念するって言われたら、もうどうしようもないだろう? こちらとしては彼を失うことほど損失の大きいものはないからね。彼がその立場にいることで他国の侵略を抑えていると言っても過言ではない」
その言葉に目を見開いた。
「君が男性を……苦手としていたから、ラウルとしては騎士団や盗賊に君を近づけたく無かったんだよ。けれど、それではラウル本人も君に近づけないから、僕や、アリシア嬢……、周りに笑われても、君に会いたくて、なんとか君と繋がりが欲しくて女装していたんだ。あの手この手で手段を選んでいられないって感じだったな」
何も、言葉が出なかった。
「パレンティア様、兄は確かに女装して貴方を騙す形になったけれど、『アリシア』の姿でも、『ラウル』の姿でも、貴方に伝えた気持ちも言葉も、嘘はないと断言できますわ」
そう告げるアリシア様のまっすぐな瞳は、間違いなく公子様と兄妹だと思えるほどに優しく澄んでいた。
「……私は、貴方がたの言葉を今は簡単に信じられません」
「パレンティア様……」
「……だろうね」
二人がため息をつき、私はソファから立ち上がった。
「なので、公爵邸に行って直接ラウル様に聞きに行ってきます」
「パレンティア様!」
「……マジか」
自分の目で、自分の言葉で。
何が本当で、何が嘘か。
公子様がそうしてくれたように。
母の言う通り、伝えられなければ何も始まらない。
籠ったままでは何も変わらない。
「なので、殿下、アリシア様。お見送りできない無礼をお許しくださいませ」
そう言って、ドアに向かった。
が、
が、しかし。
「あ! ちょっと待ってくれ」
と殿下に止められ、思わずツンのめる。
「ちょっと! 殿下、今いいところでしたのに何で止めるんですの⁉︎ お兄様の幸せがかかっているというのに!」
「いや、そうじゃなくてラウルは今日盗賊の残党の捕縛に行ってるんだ」
「ラーガの森のですか?」
「そう。突破口を見つけたと言っていたからね。……本当は君に教えるべきではないんだけど、『先生のところ』と言っていた」
「先生⁉︎」
何でそこに先生が出てくるのか分からず思わず窓の外の山を見る。
当然ここから何が見える訳ではないけれど、えも言われぬ不安が全身を覆う。
「ちょっと行って来ます」
「パレンティア様! 我が家の女性騎士を連れて来てますので、どうぞ一緒に行ってくださいな!」
「いえ、一人で大丈……」
「貴女に何かあっては兄様に顔向けできませんもの。これはお願いですわ」
頬を膨らまして言ったアリシア様に思わず笑みがこぼれる。
「ありがとうございます。アリシア様! お言葉に甘えます」
そう言ってもう一度ドアに向かう。
「あの! パレンティア様!」
「はい?」
またしもて呼び止められて、振り向くとアリシア様が戸惑うように眉根を寄せていた。
「……わたくし、本当に貴女にお兄様のお嫁さんになって欲しいと思ってましたのよ」
「……」
「貴女が魔道具について話されることも、とても面白くて楽しかったし、侍女である私や騎士達にも優しくしてくれたこととても嬉しかったです。だから、……本当に貴女と姉妹になれたら嬉しいと思ったのよ」
その公子様とそっくりな顔、そっくりな瞳の色。なによりこちらをまっすぐな見つめて言われた言葉に嬉しくなった。
「アリシア様……」
「はい?」
「友達に……なってくれますか?」
「え?」
今度は、私から。
いつだって受け身の私からは言えない言葉。
「公子様と上手く行くかは分かりませんが、……それでも友達になってくれませんか?」
そう尋ねると、『社交界のバラ』が美しく微笑む。
「もちろんよ」
その言葉に勇気をもらい、笑顔でありがとうございますと言って、玄関に向かって全力で走った。




