芽生えたもの
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ダレスは、あれからアカデミーの職員に聞き取り調査の為に連れられて行き、サダ伯爵は息子に付き添う事なく帰って行った。
「本当に慰謝料とか何も請求せんのかい?」
「良いんです。トムさ……理事長先生が、きちんと対応してくださると信じているので、お任せします」
「トムでええわい。それから、……ティアちゃんさえ良ければ、アカデミーに戻ってこんか?」
「え?」
そう言って、トムさんがポケットから一通の封筒を取り出した。
差し出された封筒の消印は七年前。宛先はトムさんで、差出人は『バラボ・カーティス』。
「お祖父様から……?」
「そう、ティアちゃんが十歳の頃バラボから送られてきたもんじゃ。わしらはアカデミーの魔道具科に通っておった同級生じゃったよ。あやつもティアちゃんのように魔道具が大好きで、手紙には末の孫娘の事ばかり書いておった。……ヤツは未だにカーティス家に帰ってこんか?」
「え? ええ。世界中の魔道具を探すのに忙しいそうです。先日も南の島国で面白い魔道具を見つけたと手紙が届きました」
「あやつらしいの。呑気なもんじゃ……」
ふっと笑ったトムさんの目には、どこか懐かしむような遠い目をしている。
「まぁ、それを読んでみなさい」
そう言って、封筒の中を見るように促された。
「これは……」
取り出した手紙には、懐かしい絵が描かれていた。
「そう、ティアちゃんがバラボに作ってあげると言った『飛行車』じゃ。『弱冠十歳。わしの孫は天才じゃ! 三年後、アカデミーに入学するまで素材と整備を整えておけ』と、絵と一緒に偉そうにこの手紙を送ってきよった。……この絵にはどこに何の魔精石を使用して、どんな魔法陣で力を増幅してと、見事な連鎖反応の計算が見て取れる。バラボをジジ馬鹿と一蹴出来んほどにな」
そう言って優しく笑って、手紙を収める。
「あんたが入学するのを、わしらは楽しみに待っておったよ。……学園に来る前も、来てからも、バラボとのやりとりは続いておった」
その言葉に、懐かしい祖父との思い出胸がいっぱいになりつつも、退学に関することを祖父も知っていたのだということにショックを隠せなかった。
「……知っていたんですね。……祖父も、私の退学理由を」
「……。あぁ。何の試作品を盗まれて、何の理由で退学したのかも知っておったよ」
――知られたく無かった。
アカデミーを辞めた理由は、家族の誰にも言わなかった。
入学してもなお引きこもって研究していたせいで、友達の一人もおらず、誰も味方がいないまま、退学せざるを得なかったことを……恥ずかしくて、情けなくて、がっかりされたくなくて、言うことなんて出来なかった。
「祖父は……、何と?」
「『家で研究したいと言っておったのに、外の世界を見るよう勧めたわしが間違っていた』……と」
「……っ」
お祖父様は絶対自分を責めると思った。
学んだこともある。
悪い事ばかりが全てではなかった。
そう言えばよかったのに、「なんか合わなくて」と誤魔化し、見栄を張った自分はどこまで愚かなのだろうか。
情けなさと、祖父の想いに涙で視界が滲む。
「『ティアが、何もせんと言うなら、そっとしておいてくれ……』と、真実を明かさなくていいと言っておった。そんなことをすればまた君は矢面に立たされ、争うことを嫌う君を更に傷つけるから……と」
「ごめんなさいね。貴女のために真実を明かしたかったけれど、それは私とトムの勝手な想いであって、貴女の希望ではない。第二の貴女を出さないためにも、学校の、運営の問題から何とかしなければと思ったのよ……」
申し訳なさそうに話すメグさんの言葉に、ハッとする。
「ダレス様があなた方を知っていたのは……」
私が在学中は、理事長先生はもちろんのこと、役員や上層部の人間を知らなかった。
たった一度入学式で、何千人といる生徒に向かって、理事長に祝辞をいただいたことがあるが、ステージ上の豆粒サイズの顔を覚えたりすることなんて不可能だ。
来賓席に座っている役員なんて尚のこと。
「そうよ。だから私たちも教壇に立つことにしたし、当然試験にも立ちあった。正直、ダレス君も、卒業できるか怪しいところで、貴女を必死に探していたことでしょうね。何かしらの成果を出すために貴女を利用しようと。結局は彼も退学となるでしょうけど……。おかげで少しは膿が出せたとは思うけれど、まだまだやることは山積みね。……何にしても、クレイトン公子様から貴女の事を事前に相談していただいて良かったわ」
「え?」
「副理事長!」
予期せぬ言葉にラウル様を見ると、彼は焦ったようにメグさんを見る。
「彼が事前に相談に来てくれたのよ。色々ダレス・サダ関連のことをアカデミーで調べたいって。そこで彼に買収された教師に裏を取ったりしていたのだけど……。飛行車に関しても、貴女の作ったものだと、身の潔白を証明する準備をしていたのよ」
「どうして……」
「貴女が、決心してくれたら、いつでも動けるようにしておきたいって。結局こんな形になってしまったけど……。それに、貴女がダレス・サダに会わないようにしてくれないかって言われて『大丈夫』って返事しちゃったのに、鉢合わせさせてしまって申し訳なかったわ。本来学生は御前内覧会に来ない予定だったのに、……父親と張り切ってきちゃったのよね」
そんなことまでしたのかと、驚いて彼を凝視した。
「その……彼がいると、君が素直に楽しめないと思ったんだ……」
つい……と視線を逸らした彼に、『完璧』な公子様の姿はどこにも無い。
「ふふ、若いって良いわね。……」
「ラブじゃな、ラブ」
トムさんとメグさんのやり取りに、更に赤くなる公子様に釣られてこちらまで思わず赤くなってしまう。
奇妙な沈黙が流れた後、何だか楽しそうに笑ったメグさんに、「あとはゆっくり、内覧会を楽しんでね」と、二人きりにされてしまった。
***
内覧会を時間いっぱいまで楽しんだ帰りの馬車の中、夕日に照らされた公子様は、絵から抜け出たかのように美しかった。
「あの、ありがとうございました」
「楽しんでもらえたなら、勇気を出して誘った甲斐がありましたよ」
にこりと微笑み、思わず「ある意味お誘いくださったのはアリシア様ですけどね」と思わず笑う。
ふと見上げると、優しい笑みを浮かべてこちらを見る公子様に赤面してしまった。
「……あの?」
「やっと笑ってくれたと思って」
「え?」
「いつも緊張して、笑顔なんて見られなかったから、……その顔が見られただけで、一週間は寝ずに仕事ができそうなくらい頑張れそうだ」
「いや、それ死にますよ」
「ツッコミまでもらったら二週間はいけそうだ」
その笑顔に、なんでですかとまた笑ってしまった。
「……ダレス様のことも、ありがとうございました」
「いや、副理事が言っていたように、鉢合わせしてしまって申し訳なかった」
「いいえ。ずっと胸にあった突っ掛かりが取れて、何だかとてもスッキリしました」
公子様がモテるのが良くわかる。
見た目だけじゃない。
相手のことを思い遣ってくれる優しさも、他人のために怒ってくれる優しさもある。
「自己満足ですよ……。パレンティア嬢は目立つのを嫌がってらしたのに」
「……それでも、です。本当に感謝しています」
まっすぐ彼の目を見て言った言葉に、公子様が少し目を見開く。
「少し……欲を出しても……?」
「え……?」
彼の小さな囁きに何の話かと首を傾げる。
「……パレンティア嬢。建国祭で貴女をエスコートさせていただいても……よろしいですか?」
少し、不安そうに揺れる瞳に、ぎゅっと心臓を掴まれたかのような苦しさを覚える。
「……喜んで」
そう、小さく答えると、彼が一瞬目を見開いた後、嬉しそうに微笑んだ。
あぁ、この微笑みで彼に心奪われない女性など、いない訳がない。
胸の奥に、何かジワリと温かく、それでいて締め付けられるような苦しさが混同している。
「それから……」
ここからは私が勇気を出す番だ。
もらってばかりの、逃げてばかりの自分を変えていかなくては。
「はい?」
小さく首を傾げた公子様の視線から、あまりの恥ずかしさに視線を逸らす。
「その時に……、婚約のお返事をさせて下さい……。前向きに、検討……します……ので……」
逸らした視線の先にあった窓ガラス。
そこに映った彼の笑顔を私は一生忘れることは無いだろう。




