襲われた令嬢 ー2ー
「……ん」
眠っていた彼女の側で白馬の手当をしていると、小さな声が聞こえた。
「お目覚めですか? 落馬されたようですが、お怪我はありませんか?」
雨音が響く洞窟の奥で、パチパチと小さな焚き火に照らされた彼女がうっすらと目を開ける。
彼女の枕元では小さな箱がリンリンと心地良い小さな鈴の音を響かせていた。
「え⁉︎」
驚きに目を見開き、ガバッと体を起こした彼女がキョロキョロと周囲を見渡す。
「ここは……? 確か森で……」
「安心してください。お嬢様を襲った盗賊たちはここにはいませんし、気づかれることも無いと思います」
「……お嬢……? あっ! ええと、貴方が……助けてくださったのですか? どうやって。……まさか、急に眠気に襲われたのは……」
寝起きでまだ頭がぼんやりするのだろうか、少し混乱したように彼女が問いかけた。
そのこちらを見つめる瞳に、綺麗なアメジストだなぁと思わず見惚れる。
流れるプラチナの髪もあまりに綺麗で、絵画から抜け出たような美しい顔を縁取っていた。
引きこもり歴も長く、社交活動も全くしない私がこんな綺麗な人と話すこともないので、緊張してしまうのはしょうがないだろう。
「ええと……。たまたま襲われるのを見かけて……。助けようと思って貴女たちと並走していたんです。そこで貴女が落馬して山賊たちに囲まれてしまったので、この『ねんころボックス』を使いました」
そう言って、彼女の横に置いていた小さな小箱を手に取る。
「……ねんころボックス?」
何それ? という表情丸出しの彼女に蓋を開けて説明する。
「これはですね。赤ちゃんを寝かしつけるために私が作った魔道具なんですが、ちょっと出力が強くなった上、音も不快な失敗作なんです……。この中にあるツマミを捻れば動かしたメモリの時間だけ寝られるので、……盗賊たちは半日ほど眠ったままかと思います。お嬢様には目覚めの鈴の音をお聞かせしたので……寝ていたのは二時間というところでしょうか」
「あの甲高い音は、それだったのですね……」
「ええ。ちょっと耳障りでしょう? 改良中なんです」
「とてもいいタイミングで出てこられて……、びっくりしました。並走していたのも気付きませんでした」
「ああ、それはですね、これで姿や音を消していたんです」
そう言って、手につけたブレスレットを彼女に見せた。
「これは?」
「姿を隠す魔道具です。これをつけていれば、私を含め、私に触れたものは姿が見えず、声や音も聞こえなくなるんです」
「そんな魔道具が?」
綺麗な紫水晶の瞳を見開いた彼女が言った。
「ええ、実は偶然の産物なのですが……。『ねんころボックス』と違って、改良以前の問題で、まだ同じものを作れていないんです。これも完全なものとは言えないので商品にはならないのですが……」
そう言って、実践して見せようと腕輪にはめた魔精石に手を触れ魔道具を発動すると、彼女の瞳がさらに大きく見開かれる。
もう一度魔精石に手を触れ魔道具を解除した。
「どうですか?」
「すごい。本当に全く見えない。これを貴方が? 本当に素晴らしい魔道具ですね。そんなもの王都でも見たことも聞いたこともありません……。おかげで助かりました。ありがとうございます」
失敗作を披露するのは恥ずかしいが、『すごい』と褒められて悪い気はしない。
「……とんでもないです」
と照れながらもなんとか笑って返事をする。
「……っ」
「どうされました?」
急に固まった彼女に何かと尋ねると、慌てるように彼女は自分の白馬に視線を移した。
「あ、それにオルフェまで手当をしてもらって。何から何までありがとうございます」
「いえ、手当の間も痛いでしょうに、暴れる様子もなく、いい子で処置をさせてくれました。オルフェと言うんですか。とても賢い子ですね」
「ええ。自慢の相棒なんですよ」
彼女は立ち上がって、オルフェに目線を合わすようにして、優しい手つきで白馬を撫でる。
彼女が横になっていたからか気づかなかったが、お兄様と同じくらい身長はありそうだ。
兄も結構背の高い方だと思うけれど……。
そんな彼女の身長と体型を活かすぴったりのドレスは顔の造作と雰囲気も相まって、圧倒的な高貴さと美しさが滲み出ていた。
私は異国出身の母に似て、この国での女性の平均身長よりも小さいので、横に並ぶと『ちんちくりん』に見えることだろう。
そんなことを考えながら、愛おしむようにオルフェを撫でる彼女に、白馬も信頼したように鼻を擦り付ける様子を微笑ましく見ていた。
「ところで、ここはどこでしょうか?」
「ここは、ラーガの森の中腹にある洞窟です。もう少し先の領境まで行けば騎士団の駐屯地がありますが、雨ですし街に戻るにも同じくらい時間がかかるので、今夜はここで一晩明かそうと思うのですが、いかがでしょうか?」
「そうですね。確かに、……この雨では山を降りるのは危険ですね」
洞窟の入り口に視線をやった彼女は、「明日の朝には私の捜索隊も来るでしょうから」と困ったように笑った。
「ですが、貴方のご家族は心配されていらっしゃいませんか?」
「いえ、日常茶飯事なので、特段心配されることはないですね」
薬草や、魔道具の素材を取りに行くのに二、三日家に帰らないことは多いのでメイドに言っておけば特に心配はされていない。
そう考えたら、ウチは本当に自由にさせてもらっているなぁと痛感する。
「とりあえず、食事にしましょうか」
そう言って、肩からかけてある手のひらサイズの革のポシェットをゴソゴソと探り、鍋やお皿。パンとハムに果物を取り出す。
すると令嬢が不思議そうにカバンを見つめた。
「……その鞄、たくさん入っているんですね。入っているものとサイズが合ってないような気がするのですが」
「あぁ、これは『マジックバッグ』と言って、見た目の五十倍のモノが入るんです。物を入れたからといって、重さも増えません。今日は薬草採取に来ていたのですが、採取に来る時は魔物や山賊対策のものを沢山持たないと、家の外出許可が降りなくて。かといってそれを普通に持つと重くて歩けないので」
驚いたように彼女が大きな瞳を見開いた。
「『マジックバッグ』? まさか……」
「ええ、マジックボックスの劣化版みたいなものです」
安直すぎてネーミングセンスがないとブランカに言われたのは黙っておく。
『マジックボックス』とは、王家が所有する収納魔法の施された国宝で、収納上限の無いマジックボックスだ。
かの有名な天才魔道具師『オルレイン』によって創り出された唯一無二の魔道具。
魔道具の構造は、魔法陣と呼ばれる回路と、魔法石を加工した『魔精石』と呼ばれる石が連動する事によりその性能を発揮する。
オルレインは約三〇〇年前に世界に魔道具を広めた人で、彼の存在が世界の人々の暮らしを豊かにした。
このソレイユ国では誰もが魔力を持っているものの、実際に魔法が使える人間はごく僅か。
魔法を使える者は簡単に火を出したり水を出したり出来るけれど、千人に一人、いるかいないかだ。
けれど、誰でも扱える魔法のような便利な道具に人々は歓喜した。
火を起こすことなくツマミ一つで火のつく竈門。ボタン一つで安全な灯りを灯すランプや、自動的に井戸から水を汲み上げて、取っ手を捻れば水が出るホースなど。
どれだけ人の生活が豊かになったか計り知れず、人々はその後も生活の向上を目指して魔道具の研究を続けている。
どこの国よりも我先に素晴らしいものを作ろうと、ここソレイユ国でも魔道具研究塔を作り、第二のオルレインを生み出そうと国庫を注ぎ込んでいた。
そんなオルレインが作った魔道具の中でもかの有名な『マジックボックス』。
噂では、中に入っているのは宝物庫に置き切れない財宝だとか、討伐した竜が封印されているなど色々な噂があるが、真偽の程は確かではない。
「王家のマジックボックスは貴重な魔法石と難解な魔法陣の技術を駆使して作ったものだと聞いていますが、私のこれは安価な魔法石で作っていますし、オルレインの技術も完璧に解析出来た訳ではないので、収納に上限があるんです。でも、私一人ならこれだけ収納できれば十分なので」
「いや、そうじゃなくて……。マジックバッグ自体が流通していないので……」
「確かにそうですね。でも、やはり消費者が求めるのは『上限なし』という点だからではないでしょうか?」
「……。誰もが欲しがると思いますけど……」
「うーん。どうでしょう。結構手間暇がかかるものなので手間賃に材料費、実際の効果を見たときに割に合わないと思いますけど……」
素材集めから、魔法陣の構築。魔法石の精製に、薬剤を染み込ませたり、……加工等考えると一年以上はかかる、その時間を商品に上乗せするとなると、内容の割に値段は跳ね上がる。
もっと効率よく作る方法はないかと試行錯誤しているが、なかなか上手くはいっていないのだ。
と、その時、私のお腹の虫が「ぐぅ」と、食事を要求する。
「あ……はは。とりあえず食事にしましょうか」
あまりの恥ずかしさに、笑って誤魔化しながら簡単なサンドウィッチと、野菜と干し肉のスープの調理に取りかかった。