盗まれた試作品 ー2ー
博覧会の一番奥にある一際大きなホールの真ん中にそれは置いてあった。
「国王陛下、これが僕の作った『飛行車』です」
いけしゃあしゃあと、ダレスは『飛行車』の前に立って我が物顔で説明を始めた。
「いつ頃からこの『飛行車』の構想を?」
「はい、二年生の秋頃ですね。完成したのはその冬で、学期末のコンテストで優秀賞を受賞しました。それで、この博覧会に展示できると聞いて四年間、今日をずっと楽しみにしていたんです」
「ほう。そんな短期で作るとは、本当に優秀なんだな」
目の前にある『飛行車』は、十個の魔精石と八つの魔法陣。見る限り四年前と構造は何ら変わっていない。それどころか、車輪の部分がゴテゴテの金に変えられて外装の塗装もダサくなって、改悪している。
四年前、滞空時間の伸び悩みの事をダレスに話したのが失敗だ。
『何に悩んでるの? 僕でよければ相談に乗るよ』
そう声をかけられた。
『ありがとう。大丈夫よ』
断ったのに、『話すだけでも楽になるかもよ』と言われて、少しだけ話したのだ。
それがいけなかった。
いつの間にか鍵をかけていたはずのデスクに収めていた研究資料は全て消え、試作品も彼の手元に渡っていた。
ゼミの誰も私が何の研究をしていたかなんて知らなかったので、誰かに助けを求めることも出来ず、関係のない噂も広まり退学せざるを得なくなった。
その時の事を思い出して、ぎゅっと拳を握りしめて堪える。
「パレンティア嬢。大丈夫ですよ」
にこりと微笑んだ公子様に何が大丈夫なものかと言いたかった。
この『飛行車』に誰かが試乗して怪我をしようモノなら、廃棄まっしぐらだ。
お祖父様と私の思いが詰まったそれが、研究すら出来なくなるかもしれない。
実現することすら無くなるかもしれないと、胸が締め付けられた。
「うーん。どこかで見たことあるわねぇ……」
「副理事長⁉︎」
よく通る、けれどのんびりとした初老の女性の声に、ダレスが驚きの声を上げた。
「おお、やっぱり君も見覚えがあるかい? メグ」
理事長がどこか懐かしむようにメグと呼んだ副理事長に話しかける。
「そうねぇ。やっぱりトムも見覚えがある?」
そんな二人の会話に思わず体が、視線が固まった。
メグとトム……。
二人の顔に視線が縫い付けられ、「まさか……」と小さく溢した。
その声に理事長と副理事長がこちらを見て、柔らかく微笑む。
「四年ぶりね。ティアちゃん。貴方が薬草園に来てくれなくなって、とても寂しかったわ」
「そうじゃ。いきなりアカデミーを辞めて、わしらの楽しい時間がなくなってしまったわい」
何度も足を運んだ薬草園。いつも老夫婦のトムさんとメグさんが麦わら帽子に日よけのタオルをかけて作業しいていた。
「薬草園の管理人……では」
「もちろん、『それ』も、『これ』も私たちの仕事よ。あの薬草園は知識や経験がないと管理できないからね。貴重な薬草を勝手に使われたり、『盗まれたり』しないためにも……ね」
そう言って、ダレスに冷ややかな視線を送った。
「ダレスさん。貴方、二年生の秋ごろから構想を練っていたと言うけれど、ティアちゃんは夏前には薬草園でハスポポの花を使って浮遊系の魔道具の構想を練っていたわよ。それからすぐに飛行車の構造についても薬草園に来るたびに話してくれていたわ。何なら私の日記にも書いてあるからお見せしましょうか?」
ダレスはトムさんとメグさんを困惑気味に見ながらも、口を開く。
「……だからなんだと言うんです。……そういえば、僕は一年の冬には何となくイメージがあって、細かい構想を始めたのが秋頃です。同じ研究班であるティアには話していたかもしれません。ティアがこれを作ったと言うなら、彼女の仕様書や設計書を見せてくださいよ」
そんなものはもう無い。
いつの間にかデスクから消えていて、それが盗まれたと証明することすら出来ない。
「なるほどね……」
ふっと右の口角を上げたメグさんが飛行車の前に立ち、飛行車の四隅上下、前後の座席に嵌められた計十個の魔精石を全て取り外した。
「……何を?」
「正しく嵌めてみなさい。製作者なら出来て当然でしょう?」
そう言って、ダレスに魔精石を渡す。
「あ……ええと」
「どうしたの、貴方が作ったんでしょう? 四年間、この研究を続けてきたんでしょう?」
有無を言わせぬメグさんのその言葉に、ダレスがゆっくりと魔精石を受け取る。
「それを置いたら、余が乗ってみようか」
楽しそうに言ったその言葉に、ビクリと体を震わせたダレスの手元から魔精石がカランカランと音を立てていくつか落ち、慌てて彼がそれを拾った。
「へ、陛下に……乗って頂く訳には……」
「謙遜するでない。完成したと言っておったでないか。早く乗りたいから、さっさと魔精石を戻したまえ」
「……はぃ」
消え入りそうな声で返事をしたダレスが見るからに困惑しながら魔精石を嵌めていった。
チラチラとこちらにダレスの視線が送られるが、何も言わずに彼を見つめ返す。
「あっ……」
そこじゃない!
そう思いながらも、理事長に『口を出すな』と手で制された。
「……ッチ」
ダレスは腹立たしそうにしながらも、顔色は悪く、手も震えている。
「……出来ました」
「よし。では乗ってみようか」
「……」
何も言えず、地面を見つめるダレスに思わず首を振った。
一つしか正しく配置されていない魔精石では、どんな誤作動が起きるか分からない。
そんなものに陛下を乗せるなどあり得ないし、事故が起きてはダレスの命すら……一族までも、刑に処されるかもしれない。
「公子様、止めてください。魔精石の配置があんなに間違っていてはどんな事故になるとも分かりません」
思わず彼の裾をぎゅっと握って懇願した。
「……だそうですが、陛下。どうされますか?」
「しかし、乗ってみんことには分からんだろう? 正しいかもしれんじゃないか」
「それでは、俺が乗りましょう」
公子様が進み出ると、陛下がおもしろそうに口元を歪める。
「騎士団長が?」
「御身を危険に晒す訳には行きませんから」
言いながら、一歩進み出たラウル様の袖を無意識にぎゅっと掴んだ。
「っと……。パレンティア嬢?」
「……危険です」
驚いたように振り返ったラウル様にそう言うのが精一杯だった。
「心配してくださるんですね。ありがとうございます」
そう嬉しそうに言うラウル様に、思わずカッとなってしまった。
「笑い事じゃないんですよ。魔道具の暴発は……!」
「大丈夫です。危険を察知したらすぐ逃げますから。必ず貴女の濡れ衣を晴らしてみせますよ」
そんな事頼んでいない。
私のせいで怪我なんてして欲しくない。
別に、このまま汚名をかぶったままでも良かったのだ。
「公子様……」
そのまま彼は飛行車まで行って中に乗り込んだ。
ダレスが真っ青になりながら震える声で操作方法の説明を始める。
「椅子の横にある……魔法陣に、魔力を通して……ください」
「コントロールはどうするんだ?」
「魔力と同時に口頭で指示するだけで、そちらに動きます」
ダレスの言葉に頷いて彼が魔力を通し、「このホールを一周」と言った。
どうか、怪我しませんように……。
祈るように両手を重ねてその様子を見つめる。
まるで時間がゆっくりになったような錯覚に陥り、心臓の音だけが早くなる。
そして、ラウル様を乗せてふわりと急激に上に浮かんだかと思うと、……地面に叩きつけに行くかのように、急降下した。
「きゃあああああ‼︎」
思わず、その結末を頭が過り、目を瞑った。
けれど、想像した破壊音は聞こえず、周囲から聞こえたため息と共にそっと目を開ける。
床からほんの数センチ浮いたところで、飛行車はふわりと浮いていて、目を見張った。
ドクンドクンと激しく動く心臓は、さっきの最悪を想像したからだろう。
安堵に大きく息を吐くも、収まらなかった。
「ギリギリだったな」
そう言って、飛行車から降りて、彼がゆっくり手を下げると、飛行車が静かに地面に着地する。
「魔法……?」
初めて見るそれに、目が吸い寄せられた。
彼の周りを柔らかな風が舞っており、その光景に目が釘付けになる。
「知らなかったかい? ラウルは希少な魔法が使える人間なんだが……。あいつもまだまだ有名じゃないんだな」
ひょいと横から顔を出した陛下に思わず驚くと、こちらに来た公子様が、ぐいと私の体を彼の後ろに隠した。
「陛下、彼女が怯えているではありませんか」
「え? それは……失礼したな」
「いえ、怯えてなんていません!」
何を言うのかとラウル様を睨みつけるも、視線の合ったラウル様がにこりと微笑み、……怒る気も失せた。
「ご無事で……よかったです」
「ありがとう。じゃあ次は貴女の番ですね」
「え?」
「魔精石。正しい位置に戻していただけますか?」
戸惑いながらも、飛行車まで彼にエスコートされる。
「はっ! そんなの分かるわけ無いさ! 同じ形に似たような色の魔精石で、仕様書もないのに、正しく置けるもんか。僕だって仕様書があれば……」
そう、ダレスが言い放った言葉に首を捻った。
「……逆にどうして分からないの?」
「……は?」
そう言って、色を天上のライトに透かして、一つ一つ確かめる。
「少し濁った朱の石は、赤黒鳥の羽と加工したもの、少し気泡のある赤い石はハスポポの種子から、溶けるような赤い色は夕蝶から、同じ赤でも、全く違うじゃない。そうでなくても、魔力を少し流して確認すれば、反応の違いでわかるでしょう?」
そう言うも、ダレスは口元を引きつかせて、「……わかんねーよ」と小さく呟いた。
陛下に急かされて、魔法陣の描かれた効力が発揮するように一つ一つ確認しながら正しい位置に嵌めていく。
「――出来ました」
「よしよし、では早速余が試乗しよう」
さっきの出来事など忘れたかのように、意気揚々と陛下が乗り込む。
「では、私も」
公子様も乗ったので、慌てて二人を引き止める。
「私が試乗しますので、お二人は下でご覧になって頂ければ」
「大丈夫だよ。ほら、理事長も、副理事長も大丈夫とサインを出していますから」
ラウル様が示した先には、トムさんが親指をグッと立てて、メグさんが右手の親指と人差し指で小さな輪っかを作って笑っていた。
「では、行きましょうか」
そう言って、彼が私をするりと中にエスコートして、座席横にある魔精石に魔力を通した。
「ホールを一周して、着陸」
公子様が言い終えると、ふわりと上空に上がった飛行車が、大きくホールを回って、元の位置にゆっくりと着陸した。
「おおー! これは面白い! もう一周したいのう! 理事長、一緒にどうかね」
「いいですな。それでは、失礼して」
「あ、あの! 飛行時間は長くないはずなので、一周ごとに着陸してくださいね!」
慌てて声をかけると、陛下は『心得た』と笑顔で飛び立つ。
新しいおもちゃを見つけたように目を輝かせた陛下が、トムさんを誘ってさらにもう一回試乗する。
周囲からも、『飛行車』が上昇する度に感嘆の声が響き、いつの間にか次は誰それだと列が出来ていた。




