盗まれた試作品 ー1ー
「は、離し……」
「魔道具が忘れられなかったんだろう? やっぱりうちの魔道具工房に来ることの決心がついたか?」
その、語気を強めて凄む姿に、当初彼に抱いたイメージは最早無い。
どんなに体の線が細くても、必死に振り解こうとしたところでびくともしない。
男性の力だ。
「その娘は誰だ、ダレス」
ダレスの後ろにいた男性が、さして興味もなさそうに声をかけてきた。
「父上、彼女はアカデミーで一緒だったティアという者です。以前お話ししたことがあるかと思いますが、例の平民で、なかなか優秀なのでサダ家の工房に入れてやろうかと声をかけているんです」
「ほう……」
ダレスが父上と呼んだシルバーヘアのその人は、値踏みするような視線が絡んできて、不快感が募る。
「で、何でこの内覧会にお前がいるんだ? 平民が入れる所じゃないが……。まさか、本当にどこかのお偉いさんに迫って愛人にでもなったか?」
その侮辱の言葉と、耳元で囁かれた不快感で全身鳥肌が立った。
「……っ。あの噂は貴方が……」
教師に迫って単位を取ろうとしたなどという噂が流れたことを思い出す。
「……誰かの愛人になんてならずに、僕の言葉に従ってサダ家の運営する魔道具開発機関か工房に就職すればよかったモノを。あんなに好きだったろう? 魔道具」
不愉快な笑みを浮かべて、壁際に押しつけられた恐怖で言葉が出なかった。
「は……離し、て……」
「今からでも遅くない。何度でも言うが、『あんなこと』をしでかしたお前を雇ってくれる魔道具店や工房なんてどこにも無い。万が一勤められても、すぐに僕がお前のことを雇い主にバラしてやるよ」
ねっとりと、体にまとわりつくような声と、視線が気持ち悪くて仕方がない。
吐き気すら催してくるほどに。
どうして放っておいてくれないのか。
「あんなの濡れ衣だわ……! 貴方が私の試作品を盗……うっ!」
ぎゅっと腕に力を込められて、顔を顰める。
「バカだな、本当に何度言わせるんだよ。学習しないな。お前は平民。僕はサダ伯爵家の嫡男。誰が聞いたって僕の話を信じるに決まっているだろう?」
「私は……!」
「うわ!」
その時、目の前にいたダレスが後方に吹き飛んでいった。
「貴様……何をしている」
「ク……クレイトン公子様?」
「公子様……」
無様に床に投げ出されながら、ダレスが困惑の表情で驚いた。
「大丈夫ですか?」
そう言って、私の腕に視線が移ったかと思うと、公子様の目にサァッと怒りの色が宿った。
赤くなった腕を慌てて隠すも、ギリっと彼が歯軋りをする。
「なぜ……俺のパートナーの腕が赤く腫れ上がっているのか、説明してもらおう。サダ伯爵、子息」
その、腹の底から震えるような声に、私も思わずビクリとする。
二人は目を見開いてこちらを見つめていた。
「クレイトン……公子様のパートナー……?」
「嘘だろ……」
目を見開いて呟いたダレスははっと乾いた笑いを溢した。
人気のなかったはずの廊下に何事かと人が集まり始める。
「ははは! 上手くやったもんだな、ティア。クレイトン公子の愛人に収まるだなんて! 流石だよ。公子様、良いですか。その女はアカデミー時代僕の魔道具の研究内容を盗み、アカデミーを追い出された女です。そんな女を側に置いたら笑われるのは貴方ですよ!」
ダレスの言葉にザワリと周囲の空気が変わる。
彼の言う通りだ。
真実がどうであれ、それが元でアカデミーを逃げ出した私が公子様のそばにいては評判を下げるだけだ。
「黙れ」
重く、怒気を孕んだラウル様の声が、周囲のざわめきすら止める。
ダレスの首元を掴み、真正面から彼を睨みつけた。
水を打ったように静まり返った廊下にひんやりとした緊張感が走る。
「彼女はそんな事をする人じゃない。出来るような人間でもない。それはお前が一番よくわかっているんじゃないか?」
「クレイトン公子様、何をなさいますか! 息子を離して下さい! クレイトン公爵家に苦情を申し立てますよ! 平民ごときに……」
「貴方は部外者だ。黙っておいていただこう」
叫んだサダ伯爵をラウル様が睨みつけると、伯爵は小さく息を呑む。
「……彼女は! 平民ですよ! 僕は伯爵家の長男で……! そんな女を庇うなど、サダ伯爵家に対する侮辱だ!」
「貴様こそ、カーティス家に対する侮辱だ」
「……は?」
きょとんとしたダレスの顔が、ラウル様の後ろにいる私の顔に注がれる。
さっと血の気が引いて、彼の体がフルフルと震えはじめた。
「まさか……ティアが、カーティス家の……人間?」
「そうだ。パレンティア=カーティス伯爵令嬢。それがお前が陥れた人の名前だ。お互い魔道具の開発で有名な家だ。それなりの取引があるんじゃないか?」
「……! バカな!」
「ダレス……、お前……」
親子で顔を青くしたり、怒りで赤くしながらもダレスが公子様の手を払いのけて立ち上がる。
「カ……カカ……カーティス家だからなんだと言うんです……。彼女は身の潔白の証明もせずに去っていった。肯定と捉えるべきでしょう!」
何とか体勢を立て直そうと震える声でダレスが叫ぶ。
その姿の何と惨めなことか……。
「公子様、とりあえず息子を離してください! この件に関しては……」
「何の騒ぎだ」
突然廊下に静かに響いた声の先に視線をやると、人垣が割れて、『陛下』がこちらにやってきた。
その後ろには王子殿下、そしてアカデミーの教授の服を着た老人が二人に、数人の貴族男性達が何事かとこちらを見ていた。
「陛下……」
さっとその場で臣下の礼をとり、頭を下げる。
「理事長、副理事長まで……」
呆然としたダレスの声がポツリと零れた。
「余は、何の騒ぎかと聞いているんだが……? ダレス=サダ伯爵令息、説明をしてくれないか?」
「は……はい! 陛下。……その」
チラリとこちらを見たかと思うと、彼はきゅっと口元を引き締めたかと思うと、一気に捲し立て始める。
「この、パレンティア=カーティス令嬢が、四年前に僕の魔道具の試作品を盗んで自分の作ったモノだと発表しようとしたところを止めたんです。ですが、逆恨みかあれは自分の作ったモノだったと言い出し、クレイトン公子様を使って僕に自分の罪をなすりつけようとしているんです。彼女の評判がどんな爛れた生活を送っていたか、単位のために何をしていたか、先生方に聞いていただければわかります! こんなのは名誉毀損です! 僕がこの数年魔道具界にどれだけ貢献したか考えていただければ……!」
「貴様!」
ラウル様が思わず進み出ようとしたところを、陛下が手で制した。
「……なるほど? 確かにサダ家の魔道具界への貢献は大きい。特に君が開発したという騎士団で最近使用されている『通信機』は、情報面で格段と効率的な活動ができていると聞いている」
「故障が多いですがね」
陛下が話しているところに、殿下もすかさず言葉を挟む。
『通信機』?
まさか、あのアリシア様が持っていた通信機のことだろうか。
以前似たようなものを作ったことがあると思っていたが、アカデミー時代に手がけていたものに似ているが、まさかそれも……。
ダレスが自分の開発したものだと発表したのかと思い、彼を見ると、ふっと得意げに目が合ったダレスの口元がゆんだ。
『ひとつ』ではない。
彼が私から掠め取ったものは……。
屈辱に体が震えるも、陛下はこちらをチラリと見据えて声をかけられる。
「で、君の言い分はどうだね?」
その、こちらを見つめる面白そうな瞳がさすが親子と思うほど皇子殿下にそっくりだ。
――もう、……本当に面倒ごとはうんざりだ。
やっぱりずっと、屋敷に籠って魔道具だけに専念していればよかった。
また、家族に迷惑をかけてしまう。
「……特に……、ありません」
自分でも分かるほど、震える声に、情けなくなってしまった。
だって、証拠もない。
ダレスに取られたのを証明できることも無ければ、当時の教師がなぜそんな事を言い出したのかも理解出来なかった。
「ダレス君。君の取られたという魔道具の試作品とは何だね?」
「理事長?」
ダレスが驚いたように陛下の後ろにいた質問の主を見る。
「で、試作品とは何だね?」
「そ、それはもちろん、今日の博覧会で展示している『飛行車』ですよ」
その言葉に思わずパッと顔を上げた。
「あれを完成させたの?」
小さく溢してしまったその問いに、先ほどと異なり、ダレスは気まずそうに視線を逸らす。
――完成してないんじゃない!
思わず彼を心で罵る。
「……完成してないのに、展示してるの⁉︎」
「完成してるさ! ただ滞空時間が伸びないだけだ!」
「それじゃあ、完成してるって言わないわ! 間違っても試乗なんてしないでしょうね⁉︎ 危険よ!」
『飛行車』
幼い頃からお祖父様とこんなのがあったら良いねと話していた空飛ぶ車だ。
要は馬のいない馬車なのだけど、これがあったらどこでも行けるね、とよく話していた。
お祖父様の勧めで、アカデミーに入った時、豊富な材料と環境、そして集中出来る時間全てを注ぎ込んで研究していた。
大好きなお祖父様の夢だった……。
「うるさいな! 君の研究じゃないんだ。僕の……」
「『飛行車』か。どうです陛下、先にその展示を見に参りませんか?」
陛下の後ろに控えていた理事長が声をかけた。
「いいね、理事長。空飛ぶ車とは、実に興味深い」
陛下は楽しそうに顎髭を撫でながら、「ではこちらへ」と言って、理事長に案内されていく。
「君たちも来なさい」
そう理事長に促され、公子様と私、ダレス、そして興味津々の野次馬たちが、彼らの後に続いた。




