魔道具博覧会 ー2ー
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「ご無沙汰しております。公子様」
「ご無沙汰しております。パレンティア嬢」
ガチガチに緊張しつつも、王都にあるカーティス邸に迎えに来てくれた公子様に挨拶をすると、チクチクと突き刺さるような眩しい笑顔で返事を返される。
「この度は、貴重な御前内覧会に同伴させていただきありがとうございます。その……今日をとても楽しみにしていました」
ラウル様は『好きなものに触れて楽しんでほしい』。そう思っているだけだとアリシア様がおっしゃっていた。
それならば、その想いに応えなければ。
断るのは勇気がいる。
相手を不快にさせたくないし、そんな思いにさせているのが自分だというのが嫌だ。
けれど、断られるかもしれないと、誘う勇気を出す方が大変だ。
どうせダメだと思って何もしない自分ではなく、それでも私の気持ちを優先してくれた公子様に感謝する。
「……っ。こちらこそ、同伴してしていただけて、貴女に会える日をとても心待ちにしていました。……その髪飾りも……とても綺麗です」
公子様の視線が、私の髪飾りに移り、蕩けるように微笑んだ表情にドキリと小さく胸が跳ねた。
最近よくアリシア様といる時間が長いからだろうか、男の人なのに、彼女とそっくりな瞳に、警戒心が薄れてしまう。
「ありがとうございます。この石の色がとても……好きなんです。アリシア様にプレゼントしていただきました」
その瞳の色が、兄妹なので当然なのだけど、アリシア様と同じ色と柔らかさで、『好き』と言葉にするのに一拍空いてしまった。
まるで、公子様に好きと言ったかのような気分になる。
「……」
「……」
妙な沈黙が流れ、どうしたらいのかと困惑していると、後ろに控えていたブランカの「早く行かないと遅れますよ」というアシストのおかげで、「行きましょうか」と苦笑いしながら二人で馬車に乗り込んだ。
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ガタンゴトンと会場に向かう馬車の揺れを心地よく感じながら、ずっと、疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
自分から聞くのはあまりに気まずい内容だったが、『何故? どうして?』が頭を支配して踏み出せなかった。
「……何故、私なのでしょうか?」
「はい?」
「公子様のお相手なら私のような変わり者でなくても、もっと素敵な方がたくさんいらっしゃると思うんです。引きこもりで、悪い噂のある女など私ぐらいしかいません。貴方のマイナスになることはあっても、プラスになることなんてないと思うんです」
すると、公子様は少し困ったように笑う。
「その、以前も伺いましたが、公子様のおっしゃる理由では……よくわかりませんでした」
「……だから、俺の気持ちが信じられないと?」
「ええ。……そうです。自分でも令嬢として何の取り柄もない事は自覚しています。貴方はどんな女性だって選べます」
「でも、その選んだ女性はちっともこちらを向いてくれませんよ」
その言葉にはっとして公子様を見ると、とても悲しい目をしていた。
「ですから……。その……」
公子様は深いため息をついて、じっとこちらを見つめる。
その瞳は言葉にするのを迷っているようで、何か不安な気持ちにさせられた。
「貴女は……嫌がるだろうと思って言えなかったのですが……。アカデミーで貴女にお会いしたことがあるんです」
「え⁉︎」
ラウル様の言葉にサッと血の気が引く。
そんな筈はない。
だって私はアカデミーでほとんど誰とも喋らなかったし、交流があったのは同じ研究班ぐらいだ。
年齢的には確かに被っているけれど、騎士学部と交流なんて全く持ったこともない。
「覚えていませんよね。貴女はいつも眼鏡をかけて長い前髪で顔を隠し、俯いて本を読んでいましたから」
懐かしむように微笑んだ彼に思わず体が硬直する。
そこまで身バレしているということは、私が辞めた理由も知っている筈だ。
尚更彼が私を好きになった理由が分からなかった。
辞める前も耳を塞ぎたくなるような嫌な噂がアカデミーに広がっていて、自分は寝れ衣だと言っても誰も相手にしてくれなかった気持ちが蘇る。
思わず、膝の上に置いていた手をぎゅっと握りしめた。
「……一枚、貴女の持っていた本の隙間から紙が落ちたのを拾ったんです」
「紙?」
「はは、やっぱりその様子だと覚えていませんよね」
「それだけのことで覚えている公子様の方が記憶力が良すぎるのでは……」
「それがですね、紙を渡したら不審そうにこちらを見て、ぺこりと頭を下げて去って行かれたんです」
確かに自分のやりそうなことだと納得する。
「……すいません」
俯いて小さく謝罪すると、小さくクスリと笑う声が聞こえた。
「あれ、伊達メガネですよね? 今思えばレンズも分厚かったし、見えづらかったんじゃないかなとは思うのですが、逃げるように去って行かれたので、変わった子だなと思ったんですよ」
確かに、次期公爵様にそんな態度を取るなんて失礼極まりなく、覚えられていてもしようが無い。
「……そうですか。それは大変失礼いたしいました」
「その後、貴女が騎士学部の裏にある薬草園を訪れているのを見かけたんです」
「え……」
「キラキラとした表情で、『ハスポポ』という花に夢中になって薬草園の管理人夫婦と楽しそうに笑っていらっしゃいました。眼鏡を外し、顔を真っ赤にして、興奮しているのがありありと伝わりましたよ」
思い出し笑いを堪えるように、口元に手を当てて肩を震わす公子様に固まってしまった。
「……ええと。それは、お恥ずかしい所を……」
ブランカにも言われる、「夢中になると人格変わる」が前面に出ていたことだろう。
あの日、貴重なハスポポを初めて見た感動は、今もこの胸にあるのだから。
「いえ、とても可愛らしいなと思ったのを覚えています。それから貴女を目で追うようになりました。いつも本に囲まれて、一心に魔道具に向き合う貴女に、俺も頑張らなくてはと思ったんです」
公子様は、最年少で騎士団の団長に就任された。
幼い頃から神童と言われ、剣の才能に溢れていたと聞いている。
「……当時、好きだった剣術が嫌になっていたんです。今まで負けることのなかった人間に負けたり、簡単に勝てた相手に手こずったり。……恥ずかしながら天狗になっていたんです。だから負けるのが悔しくて、恥ずかしくて、……やめようかと思った事も何度もありました」
『完璧』と言われる公子様にそんな時期があったなんて思いもしなかった。
兄の話では容姿端麗、頭脳明晰、剣の道を極め、公爵家という身分でありながらも人格者だと絶賛している。
『天は二物を与えず』どころか、三つも四つも与えられた人だと思っていた。
そんな人が、「天狗になっていた」「負けるのが恥ずかしい」だなんて、……普通の人と変わらない。
「でも、薬草園で貴女が『あれに失敗した』『これに失敗した』と言いながらも、『次はこうする。ダメならあれもやってみる』と楽しそうに話す姿が、とても眩しく見えたんです。……腐っている場合じゃないと」
彼は自分の腰にある剣に触れた。
「貴女が、頑張る力をくれたんです。おかげで、好きだったモノから逃げずに、……諦めずに頑張ることが出来ました」
その、言葉に、体を何かが駆け巡った。
どんなに嫌な思いをしても、好きなものを諦められなかった。
私も、逃げ出したいと、何度も思ったことがある。
あの事件の時、魔道具なんて学ぼうとするんじゃなかったと何度も思った。
だけど、嫌いになることなんて出来なかった。
ラウル様の言葉に、鼻の奥がツンとして、涙が滲み、なんとか溢れないように我慢する。
「貴女が、アカデミーを去った時、いろいろな噂がありましたが、俺は信じられなかったです。……あんなに魔道具が好きな貴女が、盗作なんてするはずがないと。……それに失礼ですが、色仕掛けが得意なようにも見えませんでしたから」
揶揄うように微笑んだのは場を和ませようという公子様の気遣いだろうか。
その優しさに、思わず「本当に失礼ですね」と、苦笑いしながらも、ひとつ、涙が溢れた。
ガタンと馬車が止まり、窓の外を見ると、大きな博覧会の会場が目の前にあった。
「到着したようですね。もう少ししてから会場に向かいますか?」
泣いているのを気にしてくれたのだろう。
ラウル様の言葉をありがたいと思いながらも、首を横に振る。
「いいえ。一秒でも長く魔道具を楽しみたいので、行きましょう」
そう答えると、
「そうですね。思う存分、楽しんでくれると嬉しいです」
と私の心臓を止める気かと思うほどの蕩ける笑顔で微笑んだ。




