先生
「あ! あそこの右手に見えるのが、ゾフィ先生のお家です。一階と二階の屋根の可愛らしいガーランドは、先生の気分で色や柄が変わるんですよ」
山の中にポツンとあるこぢんまりした可愛い家が見えてきて指差す。
一階の屋根に飾られたガーランドは白、黄、赤と順番に色が並んでいたが、吹き抜けになっている二階のベランダのガーランドは、白いガーランドが並ぶ中に、ポツンと一色だけ青色のガーランドが混じっていた。
その家のてっぺんには大き目の赤い旗が飾られ、青い空にハタハタと、気持ちよさそうに風に吹かれていた。
家の目の前にある木にクルク達の手綱をくくり着けて、家のドアをノックする。
「……あれ?」
ノックするも返事が無かった。
いつもこの時間はいるはずなのになぁと小首を傾げる。
「先生いないですね」
「お一人で?」
アリシア様の視線の先には小さな子供が遊べるような場があり、小さなブランコがその近くに置いてあった。
「……娘さんご夫婦と三歳のお孫さんと一緒に暮らしていたのですが、数ヶ月前……娘さん達は馬車で事故に遭って亡くなったそうです。でも、お孫さんは怪我で済んだらしく、……入院しているけど直ぐに退院できそうと泣いて喜んでいらっしゃったのですが……。その後、何度か来たけれど、……お孫さんはいなくて、聞くに聞けず……」
ひょっとしたら、退院できなかったのか。
考えたくなかったけれど、馬車の事故で容体が急変して……そのまま……と言うことも考えられる。
お孫さん命のゾフィ先生が全く話をしないから、こちらから聞くことも出来なかった。
「誰だい⁉︎」
その時、鋭い声が家の裏から聞こえたと思ったら、そこにいたのはゾフィ先生だった。
白髪まじりの濃いブラウンの髪を一つに纏めて、腕の中に色とりどりの沢山の布を抱え込んでいる。
「パレンティアじゃないか。またこんな山奥まで来て。最近ここらは物騒だと伝えただろう? 来てくれるならちゃんと出迎えの準備をしたのに……。で、……あんたらは誰だい?」
私の隣にいたアリシア様に視線をやった後、後ろにいる女性騎士達を怪訝そうに見た。
「初めまして、アリシア=クレイトンと申します」
「ゾフィ先生。こちらはアリシア=クレイトン様で、私の……友人です。アリシア様、こちらがゾフィ先生です」
改めて紹介する恥ずかしさに、ちょっと照れながら紹介すると、ゾフィ先生が榛色の目を大きく見開いた。
「おやおや、あんたにもやっと友達が出来たかい。それはきちんとおもてなしをしなければね。どうぞ中にお入りな。お茶でも出そうかね。……ちょっと、全員が入れる家じゃないけどね」
一転してニコニコとアリシア様たちを中に案内してくれたゾフィ先生がドアを開けてくれた。
家の中はきちんと整えられ、お孫さんの積み木のおもちゃも綺麗に整理され部屋の端に置かれている。
その『お片付け場所』は、この家が賑やかだった時から変わっていなくて、胸が締め付けられた。
「で? なんで見るからに高貴そうなお嬢様を連れてこんな辺鄙なところに来たんだい?」
「昨日、『四季の森』のライトアップを見て、天気を予報しているのが先生だってお話ししたら興味を持たれたので、遊びに来たんです」
「へぇ、物好きもいるもんだね」
そう言いながら、手にした布をドサリとカゴの中に入れた。
「相変わらず綺麗な染め色ですね」
「これでおまんま食べてるんだからね」
あはは、と笑う先生の後ろからアリシア様がカゴの中をひょいと覗き込んだ。
「染め物を生業に?」
「そうだよ。染めて、乾かして、染めて、乾かして、納得できるまで繰り返すから、天気を予測することは重要なのさ。特に面白いものなんてないさね」
ははは、と笑いながら、籠を手に取り、「ちょっと片付けてくるから適当に座って待ってな」と、外に出て行った。
「あの屋根のガーランドも、先生が気に入った生地の切れ端で作っているんですよ。色も色々試行錯誤して、植物に詳しいのも先生が色々試しているからなんです」
「パレンティアー! ちょっと二階に上がって干してるローズヒップを取ってきてくれないかい?」
「はーい!」
先生の声がドアの入り口から聞こえ、返事を返す。
「私も一緒に行っても良いですか?」
「もちろんです。とても景色がいいので、一緒に行きましょう」
裏口から外に出て備え付けてある階段を登って屋上に行く。
二階は屋根付きのベランダになっており、吹き抜ける風が心地良い。
「……領地が一望出来ますね」
「そうなんです。昨日の四季の森もトトルの丘も見えて絶景ですよね。先生とはいつもここでお茶をするんですよ。私の一番のお気に入りの場所です」
嫌なことがあったり、挫けそうになった時も、この景色を見ればまた頑張ろうと思える。
父が守り、兄が受け継いでゆくこの場所を、私も守りたいと強く思うから。
「私もとても好きです。ティアがここまで足を運ぶ理由がよく分かりました」
「ありがとうございます。気に入ってもらえて嬉しいです」
二人でしばらく景色を堪能して、干してあったローズヒップを持って降り、小一時間ほど先生と天気予報の話や、薬草の話など、他愛無い話をしながら、楽しんだ。
「先生、今日はありがとうございました。お元気そうな顔を見れてよかったです。また来ますね」
そろそろカーティス領を出ないと、アリシア様の帰宅時間が遅くなると思い、先生にさようならの挨拶をする。
「何言ってんだい。ここいらは最近物騒だからもうしばらくは来なくていいよ。あんたに何かあったらカーティス家に申し訳が立たないよ」
「大丈夫ですよ! いつも護身用グッズを山ほど持ってきてますから。それに、山賊が出るのは、一つ向こうの山の街道ですよ」
いつも心配をしてくれる先生にポシェットを見せるとため息をつかれる。
「とにかく、そんなもので慢心せずに帰りも気をつけて帰るんだよ」
「はーい」
そう言って、先生は沢山の薬草をお土産に持たせてくれて、「これだけあれば当分ここにも来なくて済むだろう」と私を心配しながら送り出してくれた。
「素敵な方でしたね」
帰り道、アリシア様がそう言ってくれたことが嬉しくて、ずっと先生の凄さについて話をしてしまった。
大好きな人を素敵といわれて嬉しくない人なんていないだろう。
アリシア様も楽しんでくれたようで、案内して良かったと幸せな気持ちで帰路に就いた。
あまりに楽しい日が続いていたせいか、私は浮かれていたんだと思う。
――彼女の目の奥にある、昏い色には気づかなかった。




