表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/38

ダレス=サダとの再会


 

 その後、昼食のため、近くのレストランに入ったところで、二つ隣の魔道具店に用があったことを思い出す。


 ここのお店は、閉まるのが早いので、ゆっくりランチをしていたら閉店してしまうかもしれない。


『姿を消す腕輪』の制作のためには必要なものなのだが、ここのお店か、王都のお店でしか扱いがないため、買っておきたかったのだ

 

「アリシア様、先に注文していてくださいますか? 私、すぐそこの魔道具店に用があったのを思い出して。すぐ戻りますから」

 

「え? 一緒に行きますよ?」

 

「いえ、混んできましたし、先におかけになってて下さい。ブランカ、アリシア様をご案内してね」


「かしこまりました」

 

 そう言って慌ててレストランから出た。

 レストランを左に出てすぐにある、二軒隣の目的の魔道具店のドアノブに手をかけた瞬間――。

 

「ティアじゃないか」

 

 背後からかけられた声に思わず凍りつく。


 ぞわりと、不快な何かが駆け上がり、振り向くことすら出来なかった。


「ティアだろう?」


 再度かけられた声に確信をし、恐る恐る振り返ってみれば、思ったとおりの人物がそこにいる。

 

「ダレス……」


 亜麻色の髪を肩まで伸ばし、メガネをかけて、ヒョロリとした体躯の男性が、どこか得意気な顔で立っていた。

 

 

「ダレス様だろ? もう同僚でもなんでもないんだから、気安く声かけないでもらえるかな?」

 

 見下すようにこちらを見たダレスがふっと鼻で笑う。

 

「僕は『貴族』。君は『平民』。こんな場で呼び捨てにされる関係じゃないんだけどな」


 不敵に口元を歪ませて舐めるように私の足先からてっぺんまで観察されているのが分かる。


「ところで随分と印象が変わったな? あの前髪を伸ばしてブ厚いレンズの眼鏡の君はどこに行ったんだ? 一瞬分からなかったじゃないか」


「どうして……」


 私の方こそ、アカデミー時代のあの姿と、今の自分が同一人物だと分かる人間がいるなんて思わなくて、思わず言葉を失った。


「着飾っていれば気づかないとでも思ったか? アカデミーでどれだけ一緒に過ごしたと思うんだ」


 その言葉に、確かにアカデミーで彼と過ごした時間は、他の誰よりも長く、魔道具についても討論を重ねた事を思い出し、胸の辺りが重くなった。


「で、こんなところで何をしているんだ? 僕の手紙を無視して。就職先は見つかったのか? まぁ、見つからないだろうな」

 

 一歩、こちらに近づいてきた彼から距離を取りたいのに、背中がドアに当たってこれ以上下がれない。

 

「私は友人と買い物を……。ダレス=サダ伯爵令息様こそ、どうしてこちらに……?」

 

「最近、この領地で魔道具の発展が以前にも増して目覚ましいと聞いてね。どんな物なのか視察に来たんだ。君もカーティス領の魔道具に興味があったのか? ここは随分と腕のいいお抱えの魔道具師がいるようだが、サダ家の運営する魔道具工房に引き抜くのも良いかもな……」

 

 と、愉快そうに口角を上げていった。

 

 ダレス家は、カーティス家に及ばないものの、優秀な魔道具師を何人も輩出している。数年前からさらに魔道具開発に力を入れており、最近では、王宮や騎士団にも多くの商品を卸していると聞いていた。

 

「で、そろそろ意地を張るのはよしたらどうだ?」

 

 何も答えたくなくて、彼から視線を逸らす。

 

「……なんの事ですか?」

 

 本当は分かっている。

 何度も、『ティア』の住所に手紙を送って来ていた。

 

 私は、アカデミーには平民として入学したので、連絡先にカーティス家の住所は書かず、カーティス家の経営するホテル従業員の社宅の一つを、実家の住所として書いていたのだ。

 

 実際、彼がそこまで訪ねて来たのを見たことがあると報告を受けたこともある。

 

「チッ」

 

 私がしらを切ろうとしたのが気に入らなかったのか、小さく舌打ちをした後、「分かってるだろう」と睨みつけてきた。

 

「何度も手紙を出したろう? どうせあんな問題を起こしてはどこの魔道具店にも工房にも就職できない。僕のところで雇ってやるから連絡を寄越せと……」

「あなたが盗ったんでしょう……!」

 

 いけしゃあしゃあと、私が悪事を働いたかのように言うダレスにカッとして、言い返す。


「ハッ、誰がそんなの信じるんだ? サダ伯爵家の嫡男と平民のお前では言葉の重みが違うんだよ。この三年どこを調べてもどこの工房でもお前が仕事しているという店は無かった。あんなに好きだった魔道具作りなんだ。戻りたいだろう? 僕の研究を手伝わせてやるよ」


 不快感と、怒りで体が震えるも、足を踏み出して逃げる勇気すら出ない。

 ぎゅっと拳を握るも、彼を睨みつけることすら出来なかった。

 

「ティア? どうかしましたか?」

 

 呼ばれた声に、はっと視線を動かすと、騎士は置いてきたのか、アリシア様が訝しげにこちらを見て、ダレスに視線を移す。

 

 ダレスは顔を真っ赤にして、口をぱくぱくと金魚のように動かしている。

 

「き、君は……、ティアの友達……かな? 僕はサダ伯爵家のダレスだ。もしよければこの後僕と……」

 

 パッとアリシア様の視線が鋭くなり、ダレスが言葉を噤む。


「どうして……」


 ここに? という言葉は出ず。

 ふっと安心して涙が滲む。


 アリシア様は安心させるように微笑む。


「近くても一人にしたくなくて。大丈夫ですか?」

 

「ええ、大丈夫です……。その……以前のアカデミーでの……知り合いで……」

「……例の彼ですか?」

 

 その質問に違うと言えなかったし、そうだとも言えなかった。

 

 この問題はもう私の中で終わった事で、面倒ごとだと私が切り捨てたことだ。

 

 それを今更「あれは私が開発したものだ」と主張する気などさらさらない。

 

 三年前、奪われたことに傷ついたのではない。

 信頼できると、そう思った相手に裏切られたのが辛かったのだ。

 

「……行きましょう。お腹が空いちゃいました」


「用件は済みましたか?」

「いえ、今日はもういいので。とにかく行きましょう」

 

 そう言って、彼の元からすり抜けようとすると、「待てよ」と腕を掴まれる。


「……っ! 離し……」

「おい、まだ話は終わってないだろう?」


 その怒りを含む声に体から血の気が引く。


「ティ……うわ!」

「彼女に、誰が触れていい……と?」


 地を這うような声にはっと視線を上げると、その藤色の瞳には、燃えるような見たこともないほどの怒りが滲み、思わず目を見張った。


「痛い! 手を離し……!」


 後ろでに手を捻りあげられたダレスは、睨みつけるようにアリシア様を見るが、身長が私より少し高いくらいの彼では、アリシア様を見上げる形となり、思わずダレスも固まった。


「こ、この……女」


 彼はカッと赤くなり、アリシア様を睨みつけたダレスを見て思わず声が出る。


「だ、ダメです!」


 アリシア様が、ダレスよりも背が高いとはいえ、ダレスは男だ。

 ダレスが怒りに任せて彼女に暴力を振るったら敵う訳がない。


 思わずアリシア様を庇うように彼女に抱きつくと、彼女の体が強張った。


「ティ……ティア⁉︎」

「だ、ダメです! これ以上は……!」


 ――貴女が怪我をしてしまう。

 

 周囲の人も何の騒ぎかとざわざわと集まってきて、ダレスは煩わしそうに舌打ちをした。

 

「チッ……。ティア、今日はこれで一旦帰るが……、逃げられると思うなよ」


「……っ」


 ダレスは強張った私を見て満足したのか、くるりと背を向けて一歩歩き出した瞬間、「あぁ。そうだ」とこちらを振り返り、胸元から小さな封筒を出した。

 

「これを君にやるよ。四年に一度の魔道具博覧会の一般公開のチケットだ。平民でも入れるから楽しむといい。以前言っていただろ? 次回開催される時は絶対に行きたいって」

 

 その言葉に、彼に夢を語った時の愚かな自分を思い出す。

 

「いいえ……、もう魔道具に興味は無いから。……失礼するわ」

 

 そう言って、アリシア様を強引にレストランの方に案内した。


 

 ***


「すごい! こんなにも綺麗な夜景は見たことがありません。湖に浮かぶボートも、夜の森に浮かび上がるマグノリアも……。これは確かに王都でも有名になるのが頷けます!」

 

 伯爵邸の湖畔が見える大広間でディナーを食べながら、窓から見える景色に歓声を上げたリアさんの反応に笑顔を向けると、彼女はハッとし、「失礼しました」と言った。


 クレイトン家の女性騎士達にも、入れ替わりで食事や景色を楽しんでもらえているようで、周囲の笑顔にこちらも自然と笑みが溢れる。


 先ほどのダレスの登場のせいで、ランチは気まずいままの食事になってしまったけれど、大好きな四季の森の夜景が心を落ち着かせてくれた。


 アリシア様も私が『その話に触れないでください』オーラを出していたのを感じ取ったのか、聞かれることはなく、終始明るい話題を振ってくれている。


「いえいえ、喜んでいただけてとても嬉しいです。もし気になることとか、アドバイスがありましたらぜひお聞かせいただけると嬉しいです。私は引きこもってばかりなので、王都の流行やオシャレに疎くて。皆さんは華やかな王都でお過ごしでしょうから、ご助言いただけると助かります。聞きたいことでも何でもお答えしますので、是非王都で広めてくださいませ」


 そう言うと、何か言いたそうにリアさんがアリシア様を見た。


「ティアもこうおっしゃっているし、……何か意見があればお話ししてみて」


「コホン。……では、パレンティア様。聞きたいことがあるのですが、以前こちらに来た友人が、『予言の光』なるものがあると言っていたのですが、あの森を照らす光と何か関係があるのですか?」


「ええ。夜はこの森全体をライトアップして、船もライトアップします。昼は水中を楽しんで夜は幻想的な景色を楽しんでいただけるようにと考えてみたんです。その際、船のライティングを明日の天気予報の色に合わせた色にしてみたんです。翌日の観光予定を立てるのに役立つかと。『予言の光』は大袈裟な感じがしますが、幻想的な光に観光客の方が自然とそう呼ぶようになったそうです。まぁ、ハズレることもありますけど、高確率で当たるんですよ」


「この天気は専門の方が予報を?」


 アリシア様の問いに、右奥にある山を指差した。


「もう暗いので分かりにくいですが、あの森に住んでいらっしゃる女性が予報をしてくださるんです。薬草や、魔道具の材料や採取にもとても詳しくて。ゾフィさんとおっしゃるのですが、私の師匠でもあるんです。毎日風や気温、空気の重さというのを調べて予報に合わせた旗を先生の家の屋根に掲げてくれるんです」


「旗?」


「ええ、明日が晴れなら赤などの暖色系、雨なら寒色系、曇りなら白です。明日は晴れのようですね」


 言いながら動かした視線の先には、湖畔に浮かぶ船が淡い赤やピンク、オレンジの光でキラキラと輝いている。


「あなたの魔道具の先生ですか?」


「いいえ、アカデミーを辞めて森に採取に行った時たまたまお会いして。びっくりするくらい薬草に詳しくて、魔法石との相性などをよくご存じの方なんです。『森と共に生きてきた』とおっしゃっていました。このライトアップについて相談した時も、『それなら翌日の天気に併せて色を変えてみたらどうか』って。光を変える仕組みにするのに試行錯誤しましたが、観光に来てくれた人が楽しんでくれたのでとても嬉しくて、先生にもすぐ報告に行きました」


「へぇ……」


 アリシア様は、何かを考え込むように森を見つめている。


「ご興味がおありですか? 明日にでも先生に会いに行ってみますか?」


「良いのですか?」


「もちろんです。素敵な先生なので、是非会っていただけたら嬉しいです」


 

 二人が仲良くなってくれたら嬉しいなぁと思いながら、その日は楽しいディナーの時間を過ごした。



  ダレスに会った、あのジクジクと心をざわつかせる感情に、蓋をして……。

 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ