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襲われた令嬢 ー1ー

 ――二日前

 


「あ、アズナの実がなってる! あ、ここにも! あっちにも! クルク、こっちよ」


 自分の愛馬を誘導しながら、気持ちのいい風が吹くトトルの丘を進んでいく。


 足元には、三日前までは小さな花を咲かせていた丈十五センチの花に小さな実が成り、頭をもたげるように生えていた。


「一日で実を落としちゃうから、今日中に取れるだけ取っておかないと。あ、明日の天気はどうかしら?」


 

 手前の山のさらに左奥。この領内で一番高い山の中腹にあるゾフィ先生の小屋を肩にかけているポシェットから取り出した双眼鏡で覗く。


 ゾフィ先生は私に薬草の知識を教えてくれた人で、魔道具との組み合わせのアドバイスをくれたりする知識の豊富な村人だ。


 勝手に私が先生と呼んでいるのだが、「先生」と呼ぶと、「そんなんじゃないよ。ちょっと物知りの婆さんだよ」といつも笑っている。


 小さな小屋は色とりどりの可愛らしいガーランドが飾られ、その屋根の上には明日の天気を予報する旗が飾られていた。


「赤い旗だから、明日は晴天ね。これなら明日も収穫出来るわ。これなんて、明日には実になりそう」


 そう言って上機嫌で通い慣れた場所を縦横無尽に突き進んでいく。


 夢中になって地面に視線を落とし、アズナに心を奪われていたため、ふと視線を上げると、丘にいたはずが、いつの間にか山に入り、街道の近くまで来ていることに気がついて、さっと血の気がひく。


「あら、ここの街道は……最近盗賊が出るって言っていたから、近づかないように言われていたのに……。引き返さないと。念のためこれを使っておこうかしら……」


 父が、我がカーティス家の商隊も何度も襲われて、討伐しようにも中々進まない為王国騎士団にも討伐の依頼をしたと言っていた。

 今日もラーガの森から少し離れたトトルの丘に来るのも躊躇ったのだが、アズナの実がどうしても必要で、収穫時期も短いため、意を決して来たのだ。


 今シーズンを逃すと、また収穫に一年の時間がかかってしまうし、素材店に売っているものは乾燥していて効果が薄く、どうしても採れたてのアズナが欲しかった。


 街道に近づかないようにと思っていたのに……、魔道具のことになると夢中になる癖をなんとかしなくては……。


 左手に嵌めた自分の開発したマジックアイテムにそっと手を当て、発動する。


「これで、私の姿は誰にも見えないわね」


 その時、遠くから数頭の馬が駆けてくる音が聞こえ、なんとなく嫌な予感がして、下道が見える場所に移動した。


「嘘っ」


 その蹄の音がする先には、馬に乗った十数人の無頼者たちが、白馬に乗った一人の女性を追いかけていた。

 彼らの進行方向には明らかにこちらの街道に登ってくる道しかない。


 例の山賊達だろうか……。


 ざわりと恐怖が押し寄せ、反射的にクルクと丘に戻るため、森の奥の来た道を帰っていく。


 

 ――大丈夫。



 このままマジックアイテムで姿を隠して、万が一近づいてきても、息を潜めていれば彼らは通り過ぎて行くはずだ。


 私一人では、どうしようもできっこないに決まっている。


 激しい心音を耳に感じながら、街道から離れた場所へと足を進めた。


 

 大丈夫よ、このまま……。このまま。


 大きくなる馬の蹄の音と、山に響く男達の女性を囃し立てる声が聞こえてくる。


「逃すな逃すな! 上玉だぞ!」

「護衛とも逸れて一人だ! 山の中腹にいる騎士団に逃げ込まれる前にさっさと捕まえろ!」


 その言葉に女性が捕まる想像が思考を埋め尽くし、膝が震えた。


 彼女は捕まったらどうなるだろうか。


 言葉にするのも恐ろしいことが起きるのだろう。


 震える足で立ち止まったままでいると、クルクがじっとこちらの様子を窺うように見ている。


 街道沿いからヒヒーンと甲高い馬の声が耳に届き、ハッとした時、クルクが街道に向かってツンと軽く手綱を引っ張った。


「クルク。……そうよね。私なら、ここの森には詳しいもの……。こんな時のために色々鞄に詰めて持って来てるんだから……」


 そう言って、クルクにまたがり、街道に向かった。


 馬の足の音がだんだんと近くなる度に、手綱を掴む震える手を誤魔化そうと腕を軽く叩く。


 先頭を走ってきた女性の姿を確認し、クルクの腹を軽く蹴り、街道に向かった。



 

 腕につけた魔道具で姿を隠しながら、いつでも他の魔道具が取り出せるようにそれらの入ったポシェットに片手を突っ込む。

 その時、森の中を追いかけられている令嬢に並走しつつチャンスを窺っていると、一人の男が彼女の乗っている馬に矢を射った。

 

「あっ!」

 

 矢は白馬の左足の腿に当たり、驚いた白馬が体勢を崩したところで女性が投げ出され、こちらも慌ててクルクに急ブレーキをかける。

 

 幸い女性に怪我は無さそうで、地面に転がった彼女がむくりと起き上がるも、投げ出された彼女を囲うように盗賊たちが取り囲んだ。

 

 慌ててポシェットから小さな小箱を取り出し、蓋を開けて、その中にあるツマミを半分ほど捻った。


 キイイィィン……と甲高い音と共に目の前の盗賊たちが次々とその場に倒れ込んでいく。


「何だ⁉︎  おい……どう……し」

「おい! なん……だ……」


 周りの人間が急に倒れて行く様に盗賊達は驚きながらも、そのまま全員地面に伏した。


「全員寝たかしら……」


 そっと彼らの元に足を運ぶと、グゥグゥと大いびきをかいて男たちは眠っている。



 人間にしか効かない睡眠用魔道具なので、何が起きたのかと混乱している馬が数頭いたが、構ってはいられなかった。


 中心にいた令嬢に駆け寄ると、彼女の白馬が心配そうに主人に鼻を寄せている。

 

「大丈夫よ、眠っているだけだから。……貴方にご主人様を運ぶのを手伝ってもらえると嬉しいんだけど……その足では厳しいかしらね」


 足に刺さった矢からは当然血が流れていて、早く手当をした方が良さそうだ。


「クルク。彼女を乗せていいかしら」


 クルクは綺麗に膝を折って、令嬢の側にしゃがみ込む。


 「っ! ……おっも!」

 

 彼女を乗せようと持ち上げようとするも、意識の無い人間のなんと重いことか。


 ずりずりと引き摺る形で彼女を引っ張ると、彼女の白馬も彼女の体を持ち上げようと地面と体の間に鼻先を差し込み手伝ってくれた。


「よし、なんとか乗せられたし……街に降りようにも貴方の怪我した足では厳しそうね。雨も降りそうだし……。とりあえず近くの洞窟に向かいましょう。……盗賊は放置しておいてもいいわよね……。半日は寝てくれるはずだから」

 

 そして、私たちはその場を離れた。


 

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