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カーティス領 ー2ー


 しばらく藤のトンネルを進むと、開けた湖に出る。

 

 そこからは景色が一転し、湖を取り囲むように、真っ白なマグノリアが咲き誇っていた。

 澄んだ空気と景色が心を洗ってくれるようだ。

 

「こんなにマグノリアが……」

「母の一番大好きな花だそうで。このマグノリアが一番初めに植えられたんです。それで母がとても喜んだものだから、父が次々と植え始めて。この四季の森が、あまりに素敵で「私一人で独占するのは勿体無い」と、母が一般公開を始めたのがきっかけです」

 

「素敵なお父様ですね。お母様もそれを皆様に楽しんで頂くだなんて、素敵です」

 

「ありがとうございます。本当に、母を、家族を大事にしてくれる最高の父なんです。母が公開したのは、きっと父にこれだけ愛されてるんだって見せたかったんじゃないかって姉が言ってましたけど」

 

 アリシア様の言葉にそう応えると、『微笑ましいですね』と笑顔で返された。

 

「アリシア様のお父様もとても素敵な方と伺っておりますが……。陛下や臣下からの信頼も厚いと」

 

 公爵様の評判は悪い話は聞いたことが無い。

 クレイトン公爵家は代々王国の剣として優秀な騎士を輩出しており、現公爵は前騎士団長、そして息子の公子様がその後を継いで今騎士団長を務めておられるはずだ。

 世襲という訳ではなく、実力でその地位に上り詰めたと兄が言っていた。

 

「……まぁ。素敵かどうかは分かりませんが、何と言うか、拳で言葉を語る方なので……」

「アリシア様!」

 

 侍女のリアさんの言葉にアリシア様がハッとして固まった。

 

「あ、……ティア。その、父は厳しいけれど、決して女性に手を挙げる事はなくて……。むしろ、女性に手を挙げるなんて愚の骨頂だといつも申しております。戦争の時も、敵国といえど女性は常に丁重に扱えと……! 拳で語るというのは……、騎士団での訓練の……いや、その……」

 

 ちょっと、私が勝手に想像した「クレイトン公爵」に固まったことに気づいたのだろう。

 アリシア様が公爵様のフォローをする姿に申し訳ない気持ちになってしまった。

 

「アリシア様、国を守るのに命をかけて頂いているのです。……尊敬こそすれど、無礼な態度を取るなんて……。申し訳ありません」

 

 そう謝罪をすると、アリシア様の方が悲しそうな顔をした。

 

「失礼だなんてそんな事は……。もし、良ければ、……ティアが何故男性が嫌……苦手なのか聞いても? もちろん、無理にとは言いません。何か、貴女の力になれればと……」

 

 気遣わしげな紫の瞳は、本当に私を心配してくれているのだと思う。

 躊躇いつつも、その優しい声の響きに、口を開いた。

 

「幼いころ、よく我が家に遊びに来ていた年の近い従兄弟がいたのですが、私が大事にしていた魔道具の素材を『気持ち悪い』って、踏みつけられたことがあるんです。他にもチャンバラごっこを強要されたり、鬼ごっこなんかでもいつも私ばかり狙って。まぁ、一番年下の私が狙われるのは当然なんですけど……。男の子が苦手になったきっかけはそこからだと思います。それから、たまたま家族で旅行に行った際に、格闘技の試合を見に行ったんです。……あまりの気迫と怒号。そして傷だらけ、血だらけで顔がボコボコになっても戦う男の人を見て倒れてしまって。そこから屈強な男性が怖いと思うようになったんです……」


 アリシア様は小さく相槌を打ちながら話を聞いてくれている。

 

「社交界やお茶会などではどうしても同年代の男の子たちに会いますし、もちろん警備の騎士の人達も……それが嫌で、引きこもって魔道具の研究ばかりしていたのです。まぁ、元々の性格もあるのですが……。でも、このままではいけないと思って。祖父の勧めもあってアカデミーに通うことにしたんです」

 

「お祖父様は、前カーティス伯爵ですね」

 

「ええ。そこで、アカデミーで親切にしてくれる男性の先輩に会ったんです。当然当初距離を置いていたんですけど……『カーティス家』の娘でなく、平民として入学した私によくして下さって。いつも俯いて誰とも話さない私に根気よく声をかけてくれて。こんな人もいるんだなって。魔道具のこともたくさん話したりして……信頼していたんだと、思います」

 

 『彼』は……、肩まで伸ばした栗色の髪に、黒縁のめがね。筋肉のほとんどついていないほっそりとした体躯はどこか警戒心を薄れさせた。

 

 虫や爬虫類が苦手なところも微笑ましいと笑えるほどに。

 

「でも、結局は、気付かぬうちに私が開発していた魔道具の試作品を彼のものにされて、『女が魔道具なんて』と言われました。……もう男性は懲り懲りなんです」


 魔道具に携わる女性は少数派で、どこの魔道具工房も九割以上を男性が占めている。


 『彼』なら、女としてではなく『魔道具師』と見てくれると思ったのに……。

 物静かで、柔和な『彼』と、仲良くなれたと思っていたのは私だけだったのだ。


 なんと言葉にしていいか分からず、濁すこともできずそのままを言葉にしてしまった。


「その試作品は、私が作ったものだと一度だけ主張したのですが、逆に私が作った他の作品をも彼のものだと言われて盗作疑惑でいられなくなったんです。……彼を信頼していたのが悪かったんですよね……」

 

「『彼』……」

 

 あの日、なぜ私の研究内容を盗ったのか聞いた時、『彼』に投げつけられた言葉は今でも忘れられない。

 

「ご家族にご相談されなかったのですか?」


 アリシア様の先ほどまで柔らかかった瞳に、怒りの色が滲んでいる。けれどその怒りが私に向いていないことは分かる。


「お祖父様の勧めで入った学校です。ただでさえ引きこもりで家族に心配をかけていたのに、これ以上トラブルを起こした何だと迷惑をかけたくなかったんです」


「被害者ではないですか」

「……」


 分かっている。きっと本当のことを話せば家族も動いてくれたはずだ。

 けれど、厄介ごとばかりの娘だと思われたくなかったし、負担になりたく無かった。


「祖父が、紹介した自分を責めるのではないかと思って……。それで、公にする事はせず。『合わなかった』と、家族にも祖父にも本当のことを隠して学園を辞めました。ブランカには、ほんの少しだけ話しましたが……」


 この判断を後悔したことなんて無い。

 心配そうに気遣うアリシア様に、「でも」と話を続けた。


「学校も悪いことばかりでは無かったんですよ。屋敷に引きこもっていた私が、学校の実習で経験した薬草や動物、魔法石などの採取方法を学んだおかげで一人でも外に出られているんですから」


「採取以外ほぼ外出されませんけどね」


 ブランカの後ろからの口撃に、思わず「出ないより良いでしょ!」と返した。


「卒業も出来なかったし、嫌なこともあったけれど、行って良かったと思っています。思い出したくないのは、彼に裏切られた事だけです……」


 そう笑うと、アリシア様は複雑そうな顔で、「そうですか……」と呟いた。


「でも、誰かに……アリシア様にお話し出来てすっきりしました。なんだか、溜め込んでいた事が、きちんと過去の事に出来たような気がします」


 そう笑顔で言うと、アリシア様は困ったように、けれど、少し安心したように微笑み返してくれた。

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