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カーティス領 ー1ー

 今日は待ちに待ったアリシア様がカーティス領に来られる日だ。


 楽しみすぎて、前日に『四季の森』の下見もしたし、そこにある名物の魔道ボートの手配も完璧だ。

 ボートの整備も私がしたし、きっと楽しんでもらえるに違いない。


 今回は一泊二日の行程で、時間が短い。

 目的の『四季の森』が、領内と言えど、カーティス邸から遠いため、現地の近くの『リモネ』と言うホテルで落ち合いたい旨を伝えると、快く了承を貰えた。


 四季の森からカーティス邸まで馬車で半日かかってしまうので、アリシア様の負担を考えたらその方が良いと思ったのだ。


 父や母もお迎えをしたいと言ってた旨を手紙で伝えたのだが、アリシア様が「私のわがままに付き合ってもらうのは申し訳ない」と、遠慮された上、クレイトン公爵様直々に、『友人と遊ぶだけなので、気遣いは無用です。お心遣いに感謝します』と丁寧な手紙を頂いてしまい、それならばと父と母も『アリシア様に宜しく。そして粗相の無いように』と送り出してくれたのだ。


そして四季の森に近い我がカーティス家の運営するホテルのロビーで彼女を出迎える事となった。

  

「こんにちは。遠いところ来ていただきありがとうございます」

「こちらこそ、早速のご招待ありがとうございます」


 銀の髪を靡かせて、ふわりと微笑んだ公女様は今日もこの世のものとは思えないほど美しい微笑みを浮かべている。

 

 前も思ったけれど、いつも彼女のそばに控えているブラウンの髪の侍女の方も、とても綺麗な顔立ちをしていて、赤毛のそばかすの女性も雰囲気のある美しい人だ。

 二人を見ていると、視線に気付いたのか、アリシア様が赤毛の侍女をリア、ブラウンの髪の女性をダイラと紹介してくれた。


 その彼女たちの挨拶もまた優雅で、公爵家の侍女で公女様の側付きなのだから、選りすぐりの人たちに間違いないだろう。


 更には、アリシア様が一緒に連れて来られた騎士は全員が女性騎士だった。

 私が男性、特に騎士や屈強な体躯の男性が苦手ということでわざわざ女性騎士を護衛に連れてこられたのだろうかと、恐縮してしまった。


 これだけの女性騎士を集められるのはきっとクレイトン公爵家以外無い。


 実際カーティス騎士団に女性は一人もいないし、成り手なんてほとんどいなかった。


「では、すぐにお部屋にご案内いたしますね」


「ありがとうございます。素敵なホテルですね。実は侍女のリアがどうしてもここのホテルに泊まってみたいと以前から言っていたので楽しみにしていたんです」


 アリシア様の後ろにいたリアさんがぺこりと頭をさげ、「王都でも、『ホテル・リモネ』は有名ですから」と言った。


「とても嬉しいです。夜は四季の森の近くに是非ご招待したいレストランがここにあるのですが、そのお店がこの『リモネ』の中でも特に評判なんです。私たちも今日はリモネに泊まるので、ぜひ皆様をご案内させて下さい」


 そういうと、後ろのリアさん達が嬉しそうに『ありがとうございます』と微笑んでくれる。

 四季の森を楽しみたいとおっしゃっていたので、夜の四季の森が見える場所での食事の準備をさせていたのは正解だった。


 各方面からカーティス領自慢の食材をこれでもかと言うくらい仕入れてもらったのだ。


「ティアと食事を一緒に出来るだけで、嬉しいです。今からとても楽しみです」


「アリシア様……。私も、とても楽しみです」


 なんだか照れくさいけれど、とても嬉しくて、アリシア様を見上げてそう応えると、彼女も何故か赤面した。


「ええと……、それでは、早速四季の森を案内していただいてもよろしいでしょうか?」 

「もちろんです。侍女の方も馬車はご一緒でもよろしいですか?」

「ええ、お気遣いありがとうございます」


 アリシア様と侍女二人、私とブランカの五人で馬車に乗り込み、四季の森にある、『ボート乗り場』へと馬車を向かわせた。


 ***



「そういえば、『四季の森』は元々カーティス伯爵がご結婚の際に奥様にプレゼントされたとか?」


 馬車に乗り込み、目的地に向かって走っていると、アリシア様が興味深げに尋ねた。


「はい、他国から来た母が寂しく無いように、母の故郷の国の花や木を植えたのです。ウメやサクラ、フジに、マグノリア。サルスベリ、モミジにイチョウ、ロウバイにフユザクラ。他にも沢山植っていて、川に沿って季節ごとに楽しめるよう、緻密な計算をされているんです。今の季節は藤とマグノリアが綺麗で、楽しんでいただけるかと思います。水面に流れる花びらもとても綺麗なんですよ」


「水面……ということは、川が近くにあるのですか?」


「はい。穏やかな流れなので、舟遊びが人気です。今ボート乗り場に向かっているのですが、川下りも、湖畔も両方楽しんでいただけると思います」


「それは楽しみですね」


 そう微笑んだ公女様を楽しませるべく、頑張ろうと気を引き締めていると、早速『四季の森』に到着した。

 伯爵家専用の船着場に案内し、事前に連絡した通りボートが用意してあった。

 白い船体は乗員七名程度のものだが、五人ならゆったりと座れるだろう。

 

 今まで事故は無いが、転覆時に備え、水に濡れたら膨らむように設計された腰飾りを一人ずつ渡して使い方を説明をした。


「それではどうぞ。足元に気をつけて乗って下さい」


 先に船に乗って、用意されたクッションに案内しようとしたところ……。


「あっ!」


 船に乗ろうとしたアリシア様が小さく声をあげ、思わず足を引っ込めた。

 その視線は船の足元に注がれている。

 その船底は透明になっていて、澄んだ川の中がよく見えていた。


「底がないのかと思ってしまいました。船自体も不思議な素材で……」


「ふふ。ハスの花の一種で透明になる花をご存じですか? それに、擬態の上手な魔物からとれる魔法石とガラスを調合して作った強化ガラスのようなものです。もちろん外の景色もとても綺麗なのですが、この川はとても澄んでいて綺麗なので、一緒に楽しめないかと何隻か作ってみたんです。もちろん船体も水系の魔物の……」

「ゴホン!」

 

 ブランカの咳払いでハッと我に返り、またしても懇々と魔道具の説明を始めるところだったと我に返った。

 魔道具が完成するたびに嬉々としてブランカに説明するのだが、「よくわかりませんが、使い手としては、便利なら何でもいいです」と、バッサリと話を切られるのがお決まりのやり取りだった。


「ええと……とりあえず特殊な素材です!」


 とざっくりすぎる説明をしつつ、アリシア様を席に案内する。

 アリシア様の後に乗ってきた侍女の方たちも驚きつつも、楽しそうに船に乗り込んでくれた。


「では、参りましょうか」


 船に設置された、『出発ボタン』を押すと、船がひとりでにゆっくりと進み始める。


「景色も、水もとても澄んでいて心が洗われるようですね」


「ありがとうございます。ここの川は元々透明度が高く、昔からの言い伝えではこの先にある湖に人魚が住んでいるとも言われているんです。なので湖の中を見られたら楽しいかなぁって。船の揺れを解消する作りにして船酔い対策もしているんです」

 

 そこまで説明したところで、船が川に沿って大きく曲がると、歓声が上がった。


「すごい!」

「圧巻……ですね」

「まぁ! なんて幻想的な……」


 アリシア様と、リアさん達が感嘆のため息と共に、溢した言葉に思わずガッツポーズを心の中で取った。


 視界いっぱいに紫の藤の花に覆われた世界は、まる別世界に来たようだ。


 どこまでも続く薄紫のトンネルは、故郷をいつでも思い出せるようにと、父が母の為に考えた物だった。


 その父の愛のこもった贈り物の景色に見開いたアリシア様の横顔を見ていると、そこにいるだけで絵になる人だなぁと感心した。

 

 私の視線を感じたのか、アリシア様が頬をうっすらと桜色に染めてながら、にこりとはにかむ。


 その優しい紫の瞳があまりに優しくて、綺麗で、もっと近くで見たくなり、思わず覗き込んでしまった。


「え⁉︎  え⁉︎」

「アリシア様の瞳は、藤と同じ……綺麗で、柔らかな紫色ですね。いえ、それよりも……、色は氷蜥蜴の魔法石に近い色かしら。それとも……」

「お嬢様。魔法石に例えたって誰も喜びませんよ。喜ぶのは貴女くらいのものです」

 

 ブランカの言葉に、またしてもハッとして、彼女から距離を取った。


「た、大変失礼いたしました。公女様の瞳があまりに綺麗な色でしたもので……」

「いえ、お気になさらず。ええと……この色、……お好きですか?」

「はい、大好きです!」


 その色を嫌いな人がいるだろうかと思いながら即答で答えると、「あ……ありがとうございます」と、アリシア様が顔を真っ赤にして、少し視線を逸らしながら小さく呟いた。


 これだけ綺麗な人なら、今まで散々同じことを言われてきただろうにと思いながらも、可愛らしい反応に、「この純粋さが老若男女問わず魅了している理由なのね」と、妙に納得してしまった。


 

 そんなアリシア様の反応にほんわかしてたため、リアさん達の、「言わせたわね」「確信犯ですね」という会話は私の耳には届かなかった。



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