舞踏会 ー4ー
「ご無沙汰しております。パレンティア嬢。その節は大変お世話になりました」
柔らかく微笑んだ彼女にこちらも自然と笑みが溢れた。
その彼女の後ろにはブラウンヘアーと、赤毛にメガネをかけた侍女が二人静かに控えており、お仕着せの胸元にクレイトン公爵家の家紋の刺繍がされている。
「良かった。本当にあの時の方はアリシア公女様だったんですね。ご無事で何よりでした」
「ええ。……お陰様で。本当にありがとうございました」
にこりと微笑む彼女からは、憂いは見られないが、どこかこちらを窺うようなその笑顔が逆に失恋の悲しみを隠しているのでは無いかと心配になった。
「……お元気ですか?」
「え?」
彼女が恋人に裏切られた苦しみは簡単に癒えることはないだろうと分かっていても、聞かずにはいられなかった。
「あぁ! あの件は……もう良いのです。ええと……、どうも公爵家からお金をもらって去っていたみたいで……、碌でもない男と一緒になる前で良かったと思っています。もう綺麗さっぱり、本当に気にしていません」
と、慌てたように説明した。
「……そうですか……」
立ち話もなんなので、とベンチの端を空けると、「ありがとうございます」と微笑みながら隣にアリシア様が座る。
「パレンティア様も無事にお屋敷にお戻りになられたんですね。私はその方が気掛かりでしたよ」
「はい。あそこら一帯は私の庭のようなものですから。気にかけていただきありがとうございます」
「あのような危険なところによく行かれるのですか?」
「いえ、最近は少し離れた丘にしか行かなかったのですが、採取に夢中になっていたらいつの間にか……」
あはは、と笑いながら言うと、アリシア様が少し怒りを含んだ声で言った。
「今後はあのような危険な場所に近づかないようにしてくださいね」
「でも、おかげでアリシア様もご無事だったじゃないですか。それに私も完全防備で行ってますから」
「ですが……!」
彼女の真剣な表情に、思わず「ふふっ」と笑みが溢れた。
「……パレンティア嬢。私は笑い話をしている訳ではないのですが?」
「ええ。もちろんです。心配してくださっているんですよね。ありがとうございます。ただ、その表情が家族に同じことを注意される時とそっくりなもので……」
父も母も、兄姉も。
みんな私を心配してくれているのは知っている。
それでも私はより良い魔道具を作れば、家族の、そして領民のためになると思えばやりがいを感じてしまう。
「ところで、どうして私がカーティス家の者と分かったのですか?」
「お持ちのポシェットに家紋の焼印がありましたから」
「え⁉︎ あれだけでお分かりになるなんて。さすがですね」
社交界に存在する数百の家紋を把握しているとは、当然と言えば当然なのだが、社交に興味のない私にすれば、全てを覚えるというのは神技に近い。
「いえ。カーティス家は有名ですから。それで……大変聞きにくいのですが……ご家族とは仲が良いですか……?」
「ええ、勿論です。なぜですか?」
とても気まずそうに尋ねるアリシア様に今度はこちらが聞き返した。
「……その、パレンティア嬢の噂を耳に挟みまして。実際会ったあなたと随分噛み合わなかったものですから」
「あぁ! あの噂ですね! 先ほども言われましたが、ふふふ……ほとんど本当の事なんですよ」
笑いながら答えると、彼女は驚いた顔をした。
「でも、贅沢し放題という噂は、嘘……ですよね。そのドレスもとてもお似合いですが、アクセサリーや宝石をあまり付けていらっしゃいませんし……、贅沢にはほど遠いかと」
「いいえ。あの魔道具が作りたい、これが作りたいと魔法石だ魔物素材だのなんだのと、材料費を伯爵家の予算からこれでもかというくらい搾り取っています。自分では用意できない魔物の素材なんか特に高価ですし。ふふ」
そう答えると、アリシア様は少し驚いたように軽く目を見開く。
「……夜な夜な遊び歩くと言うのは?」
「魔道具に使うものを採取したりするときは、ご存じの通り一日二日、帰らないことも」
「では、我儘ばかりというのは?」
「絶対結婚したくないなんて、貴族の令嬢として最大の我儘でありませんこと?」
「確かに。仰る通りだわ」
だんだんとアリシア様の瞳には揶揄うような、それでいて楽しむようのな色が浮かんでる。
そんな彼女に得意げに一つ一つ説明していく。
「伯爵家を勘当寸前というのは?」
「まぁ、そこは……。家から見放される女であれば、資産目当ての結婚の申し込みはありませんでしょう?」
「ふふ。なるほど」
クスクスと笑う彼女の表情に、こちらも自然と笑みが溢れる。
「貴方の開発した魔道具を色々と調べさせて頂きました。観光地の活用や農業、領民の生活の中に染み渡っているようですね」
「……お恥ずかしい限りです。家に閉じこもって魔道具の研究ばかりで。これでも外の世界を見ようと、……社会経験を積まなければと魔道具開発学校に通ったものの、お話した通り……上手く行かなかったので。思い出したくないことばかりです……」
「思い出したくない……」
囁くように私の言葉を反芻したアリシア様に、「ええ……」と小さく返す。
あの時の惨めな気持ちは、家族にも言えなかった。
情けなくて、完成間近の魔道具の研究を横取りされたと言えなかった。
金輪際家族以外の男性は信じないと、心に刻み込んでしまうほどに。
「お陰で父や母……家族は、言いたくもない私の悪口をばら撒いて私に縁談が来ないように阻止してくれています。でもそれでは伯爵家の評判を下げるばかりと本当は分かっているんです。兄は私を一生伯爵家で面倒見るんだと事業を頑張ってくれています。姉は、私が社交界に行かないので何が流行っているだの、色々と『魔道具の開発に役立つかしら』と、情報を持って帰ってきてくれています。……私が家のために出来ること、領民のためにできることはこの知識と探究心しか持ち合わせていません。疲れたと思っても、それ以上に大変な思いをしている家族を見ていると何かせずにはいられませんか……ら」
その時、ハッとしてアリシア嬢を見つめた。
彼女に会えたならもう一つ聞かなければいけないことがあったのだ。
彼女の紫水晶の瞳が、見開かれ、戸惑いの色を浮かべる。
「パレンティア嬢?」
「アリシア公女様。まさかラウル公子様が私に求婚したことってそれと関係ありますか?」
「え?」
「私の兄が言っていたんです。『家族にいじめられた令嬢を、王子様が助け出す恋愛小説』が流行っているって。アリシア公女様から話を聞いた公子様がそれと私の環境を重ねて結婚を申し込んだんじゃないっかって」
「いや、そんなことで結婚は申し込まないかと……」
少し視線が泳いだ気もするが、違うなら良かった。
あんな優しい家族が娘を虐めているなんて、思われたくない。
「そうですか、それなら良かったです。でも、なぜ公子様は求婚なさったのでしょうか?」
「ええと……、それは、私からあなたの勇姿の話を聞いた兄が感動して……、ぜひそんなにステキな令嬢なら結婚したいと……。なんと言うか……、」
「よく今まで未婚でいられましたね……」
あまりに単純過ぎやしないかと、それで騎士団長が務まっているのが心配になるくらいだ。
「ええ。でも貴方が素敵なのは本当のことだから」
蕩けるような笑みを浮かべたアリシア様が私を見つめ、なぜかドキンと胸が跳ねた。
す、すごい。これが月の女神の微笑み……。老若男女問わず魅了してしまうものなのね。
「と、とんでもないです。私なんて……。公子様にはもっと相応しい方がいらっしゃると思いますよ」
「……では、誰なら貴方に相応しいと……?」
アリシア様が何か言ったように聞こえたが、あまりに小さくてよく聞こえなかった…
「え? すいません、もう一……度」
彼女の纏う空気が一変し、どこか冷ややかな雰囲気が彼女を包む。
「ところで、……そのドレスは、今日約束のある方からの贈り物ですか?」
「へ?」
突然変わった話題に、素っ頓狂な声をあげて固まってしまった。
「兄からのドレスは、お気に召さなかったかしら?」
笑顔!
笑顔なのに圧が!
「男性が苦手な貴方が会う約束をされる方ですものね。素敵な方なんでしょうね。是非紹介していただきたいわ」
あぁぁぁぁあああ。これは、怒っていらっしゃる?
アリシア様のお兄様から贈られたドレスを着ないとは何事かと怒っていらっしゃる?
「あ、あの。このドレスは、兄が私の為に用意してくれたもので……」
「まぁ、お兄様が?」
「今日は父に、以前お見せした姿を消すブレスレットを着けて行くなと言われたので、どうやって身を隠そうかと考えた結果。このようなことに」
「……身を隠す?」
きょとんとした顔で尋ねられ、ドレスの裾を摘む。
「コレ、何かに似てると思いませんか?」
「……ええと。何でしょうか」
アリシア様は真剣に考えてくれているが、答えは出ないようだ。
「ダンスホールのカーテンに似ていると思いませんか?」
「ブッ」
「え?」
アリシア様の後ろからの吹き出す声に思わず驚く。
「失礼いたしました」
赤毛の侍女の方だったようで、平静を保とうとしているが、肩が震えているので、笑い出したいのを堪えているようだ。
そりゃ可笑しくない訳がない。
舞踏会にカーテン着てきているようなものなのだから。
「いいえ。笑われて当然です。今日はいかに殿下とラウル公子様の目に触れないかが課題でしたから。すぐに声をかけられてしまい、何の役にも立ちませんでしたが」
そう言って、「ははは」と笑った。
「……。頂いたドレスは本当に素敵でした。貴方のお兄様にもきちんと求婚のお返事とドレスのお礼を申し上げたかったのですが……」
レポートに気を取られた上に、本能がその場から逃げたがって早々に引き上げてしまった。
「パレンティア嬢……」
ブランカの言う通り、あれがお礼だなんて笑ってしまうほど礼儀に欠けている。
「でもいつまでも逃げてなんていられませんものね。ちょっと公子様にお会いしてきます……、お礼と婚約のお断りもきちんと私の口から……」
「え? あ、今からですか? 兄は……ええと、どこにいたかしら?」
きっと彼はたくさんの御令嬢方に囲まれているだろうから、そんな中彼に声をかけるのも、謝罪の言葉を述べるのも注目を浴びることは間違いないだろう。
いや、そもそも近づけるのかしら?
それならそれで……。いや、礼儀を……。
「カーティス伯爵令嬢様。ラウル様は今王太子殿下に呼ばれていらっしゃいますので、よろしければ、後日ラウル様とお会いする時間を取っていただくことは可能でしょうか?」
赤髪の侍女にそう言われ、思わず『今会った方がことは短時間で済むかもしれないのに!』 と思うも、逃げた自分が招いた結果だ。
「ありがとうございます。お言葉に甘えて……そのようにさせて頂けると有難いです。……それともう一つ、大変厚かましいのですが、アリシア様」
「……な、何でしょう」
「あの時の借りを返していただいてもいいでしょうか?」
「……あの時の、ですか?」
「はい、別れ際に、『この借りは必ずお返しする』と仰っていただいたかと思うのですが……」
その言葉に、アリシア様が目を見開いて固まった。
「勿論……お伺い致します」
「では……」
ごくりと、自分の喉が鳴るのがわかる。
アリシア様も緊張しているし、後ろに控える侍女の方達も、ピリっと空気が変わった。
「では……、お兄様に『もう一度会ってみたら私が碌でもない女だった』とお伝え願えますか?」
「「「……はい?」」」
アリシア様と侍女二人が声を揃えて尋ねた。
「ええ、ええ。お兄様の夢を壊すのはアリシア様も心苦しいことかと思います。きっとラウル公子様の頭の中の私はアリシア様を助けたというだけで、きっと聖女のような人と思い描いているのでしょう。ですが、どうか、どうかお兄様の関心が私に向かないようにしていただきたいのです」
「……それは……手遅れかと……」
「いいえ! きっとまだ間に合います! 今日会ったら助けたお礼にお金を請求されたとでも言ってください。それで持っていた宝石で手打ちにしたとでも! どうか、どうか!」
私があまりに必死の形相だったのか、引き気味のアリシア様が小さく頷く。
「あぁ! ありがとうございます。これで私も安心して魔道具の研究に集中できます。では、公子様のご都合の良いお日にちとお時間を教えて頂ければ、伺いますので!」
「え……ええ。そのように伝えますわ」
なぜかアリシア様がショックを受けているかのような表情をしているが、きっと私の熱意にドン引きしていてそう見えるのだろう。
でもこれで少しラウル様にお会いするミッションのハードルが下がった気がするわ。
お断りもすんなり受け入れてもらえるだろう。
「ありがとうございます! ラウル公子様も私なんかに構う時間を浪費すること無く、彼がお探しの貞淑な花嫁様を探せますわ」
「はい?」
「先ほど、ラウル様に関してご令嬢が、ご忠告に来てくださったんです。ええと……『来るもの拒まず、去る者追わず。……数々の、誰もが認めるご令嬢とお付き合いをされても、彼の心を動かすことは叶わず。彼のお眼鏡に適う貞淑な御令嬢は見つかっていらっしゃらない』だったかしら。恋多き公子様には、私なんかに構っているお時間はないでしょうから」
アリシア様の顔から血の気が引いたように見えたけれど、暗くてそう見えたのだろう。
「な……そんな話、どこか……ら」
「ふふ、とある御令嬢からですが。何にせよ、そんな経験豊富な公子様が私を相手にするなんてありえませんけど、念には念を入れておきたいのです」
「いや……経験豊富……。豊富? いや」
なぜか混乱しているアリシア様にくすりと笑いかけ、「でも、これで公子様にお会いするのに、少し気が楽になりました」と微笑む。
「よ、良かった……です。……え? 豊富って何?」
最後は声が聞きとりにくくて分からなかったが、私は再度上機嫌でありがとうございますと言った。
「それでは、アリシア様、お会いできて嬉しかったです。失礼いたします」
後はラウル様にお会いするだけで、もうきっとアリシア様に二度と会うことはないだろうと思い、深くお辞儀をする。
そうしてブランカを迎えに行くため、会場に足を向けた。
「あの! パレンティア嬢! もし、貴方さえ良ければお友達になってくれませんか?」
背中から聞こえたアリシア様の唐突の言葉に、驚いて振り返る。
「友達……、ですか?」
「ええ。貴方さえ良ければ」
「嬉しいです。私で良ければ。でも、……私は本当に社交界や流行に鈍感で……、アリシア様を楽しませるなんてことは出来ないかと思うのですが」
社交界のバラであるアリシア様と友達になって、彼女は何かいいことがあるだろうか? 私は友達と呼べる人がいないので、とても嬉しいけれど。
「楽しませてほしいと言っているのではないのです。……手紙のやり取りだけでもいいのです。友人として仲良くなれれば。それに、貴方から魔道具の話を聞くのもとても楽しくて、当たり前と思っていた魔道具が新鮮に感じます」
「あ、アリシア公女様……」
女神。女神だ。私のマニアックな魔道具の話を聞いていて楽しいと言ってくれるなんて。
「ありがとう、ございます……。どうぞ、私のことはパレンティアでも、ティアでもお好きなようにお呼びください」
「では、私のこともアリシアと。これからよろしくお願いしますね。……ティア」
照れるように、愛しむように、『ティア』と発した言葉に胸が締め付けられる。
そうして私の初めての舞踏会は上機嫌で幕を閉じた。




