舞踏会 ー3ー
「ヤヤヤ、ヤバい……」
慌ててベンチを立ち、体を低くしてさらに奥の庭に向かってその場を去る。
チラリと後方を見ると、キョロキョロしながら彼もこちらにやって来た。
さらに進むと近衛兵がいて、方向転換する。
そしてその先には、複数のカップルが愛を語り合っていて、とてもじゃないがこんなところに止まってはいられない。
「ホールに戻ってカーテンと一体化してこようかしら……」
少し回り道をしながらホールに戻り、庭が良く見えるカーテンの影で一息ついた。
先程までいた庭には公子様はおらず、諦めてくれたかな? とほっと胸を撫で下ろす。
チラリと豪華な軽食が並べられたエリアに視線を移すと、これまた山のように皿に料理を乗せたブランカがクールに、けれど勢いよく口に運んでいた。
「……まだ時間がかかりそうね」
もう少しここで隠れてようと、頭をカーテンの奥に引っ込めようとした時、ふと視線を感じ、目線を上げる。
少し離れたところで、再び令嬢達に囲まれていた王太子殿下がこちらを見て、にこりと微笑みひらひらと手を振ってくる。
「……」
なんとか愛想笑いを返して、仕方なしに再び誰もいない庭の隅に足を向けた。
「どこも気が休まる場所がない。ブレスレットも持ってこれなかったし……」
肩を落として、庭の隅っこのベンチに腰掛ける。
やっぱり来るんじゃなかったと思いながら、銀色に輝く月を見上げた。
その輝く月があの時の彼女の見事な銀髪を思い出させる。
「……アリシア様は、今日はいらしてないのかしら」
もし会えたら、あの時助けた人が本当にアリシア様だったのか。
オルフェの怪我はどうなったのか聞きたかった。
彼女が安全に騎士団に保護してもらうのを確認してから、その場を去るべきだったと後悔したのを覚えている。
隠れていた洞窟に駆けてくる騎士団の人たちにパニックを起こして、状況判断を見誤ったのではないかと……。
それから、ポシェットに混じっていた、恐らく彼女の所持品だろうモノも渡したかったのだけれど、ラウル様に確認するのは憚られた……。
『妹のもの』だと確定されたくなかったのだ。
嫌なことは後回しにしてしまう私の悪い癖。
「いつまでも、このままじゃダメなのは分かっているのにな……」
視線を足元に落とし、深いため息をついた。
その時、ふわりとバラの香りがしたかと思うと、足元に落とした視界にレモンイエローのレースのスカートが映る。
「こんばんは」
どこか聞き覚えのある声に顔を上げると、栗色の髪を綺麗に結い上げた女性が立っていた。
彼女は、イザベラ=サダ伯爵令嬢。
以前アカデミーで同じゼミに所属していたダレス=サダ伯爵子息の妹。
そしてダレスは、私の魔道具の試作品を盗み、退学の理由を作ったその人だ。
「こんばんは……」
あの時の出来事は全くの濡れ衣だが、彼ら兄妹が流した噂は瞬く間にアカデミーに広がり、事態を収拾することなく退学した。
その後のことは簡単に想像出来る。
一体何を言われるのだろうかと思わず身構えると同時に、今日はダレスも来ているのだろうかと、恐怖が過った。
「初めまして、私、サダ伯爵家の長女、イザベラと申します。貴女、カーティス伯爵家の御令嬢ですってね。今まで社交界に出ていらっしゃらなかったのに、なぜ殿下主催の舞踏会にいらっしゃっているの?」
冷ややかに見下ろされた視線に、思わず『直々に招待されて断れなかったから』とは口が裂けても言える雰囲気ではない。
……ってうか、今『初めまして』って言いました?
四年前とはいえ、仮にも陥れた人間の顔を忘れるなんてポンコツが過ぎませんか?
と思うも、当時は平民として入学していたし、顔を隠すように前髪を伸ばし、分厚い眼鏡をかけていた。
今、こうしてドレスを着てここにいる人間と一致するのは難しいのかもしれない。
「ちょっと、聞いていらっしゃいます?」
疑問がぐるぐると溢れていたため、固まっていた私に、イザベラの苛立ちの声が再度降りかかる。
「失礼いたしました。あまりにお美しい御令嬢でしたので、我を忘れて見惚れておりまして。改めまして、パレンティア=カーティスと申します」
「あら、ま、まあ良いですわ。で、今回急に社交界に出て来られたのは一体どんな目論見がありましたの? かの有名なカーティス家の末娘様が、散財しすぎてお父上に結婚相手を探して来いとでも言われました?」
その言葉に再度体が固まってしまう。
驚きの表情を隠せず思わず彼女を見ると、「図星すぎて言葉も出ませんの?」と、勝ち誇ったように言われた。
……いや、貴女の初対面だと思っている人間に対する態度と言葉が信じられず固まっているだけですが? と言ってやりたい。
アカデミー時代と変わらず勝気な彼女に思わず引いてしまった。
「カーティス嬢。貴女、先ほどラウル様にドレスを贈られたとお話しされていらっしゃいましたが、調子に乗らないことをお勧めいたしますわ。あの方は、来るもの拒まず、去る者追わず。誰に対しても平等に接していらっしゃるお優しい方。数々の、誰もが認めるご令嬢とお付き合いをされても、彼の心を動かすことは叶わず、未だに誰も婚約者の候補にすら上がらない。きっと彼のお眼鏡に適う貞淑な御令嬢は見つかっていらっしゃらないのよ」
「はぁ……」
はぁ……?
話の内容がめっちゃどうでも良すぎて、この話聞かなきゃいけないのかとうんざりしてくる。
「ですから、貴方のような悪評高い方なんて相手にされることはありませんわ」
ドヤ! ……と言われてましても。
「いくら名門のカーティス伯爵家と言えど、『金遣いは荒く、わがまま放題。夜遊びばかりで勘当寸前』なんてどんな殿方だって相手にしませんもの。こんなところで結婚相手など探さず、身の程を弁えてさっさと領地に戻ることをお勧めいたしますわ」
「……」
「分かりましたの?」
ええ、とりあえず、彼はモテるので関わらない方が良いということがわかりました。
が、『初めからかかわるつもりは無いので、ご安心ください』と言ったら怒るだろうか。
「……ご忠告、ありがとうございます」
「ふん」
言いたいことを言って満足したのか、反応しない私に手応えがないと思ったのか、彼女は「それでは」と、得意顔でドレスを翻してダンスホールに向かって去っていった。
「何だったの」
彼女はアカデミー時代から、とても高慢な感じを受けていたが、それは私が平民だったからだと思っていた。
少なくとも同じ伯爵家という家格にも関わらず、あんな言い方をするなんて、よっぽど私のことが気に食わなかったのだろう。
呆然とベンチに座ったところで、ガサリと音がして、「パレンティア嬢?」と声をかけられる。
またラウル様か皇太子の取り巻きかと思ってうんざりして振り返ると、そこには月の光に照らされた女神が立っていた。
キラキラと輝く銀の髪はまるで天の川のようで、作り物かと思うほどに透き通った紫水晶の瞳。
どこまでも滑らかな肌は、月の女神の化身そのものだ。
「ア、アリシア……公女……様?」




