舞踏会 ー2ー
「彼はラウル=クレイトン。我が国の騎士団長を務めている。君のおかげで盗賊の半数近くを捕える事ができた。お礼を言いたいそうだ」
『ラウル=クレイトン』『騎士団長』という紹介に、怖さと気まずさが先走り、彼の顔を直視出来なかった。
……怖がってはいけない。
だって彼は体を張って、命をかけて国を守ってくれている人だ。
礼を尽くすことはあっても、失礼な態度などとってはいけない。
婚約のお話を断ったからといって、『完璧公子』と呼ばれる人が、こんなところで罵詈雑言浴びせるような人格破綻者ではないはずだ。
彼の顔を見て、それから頭を下げて礼を取った。
礼を取る前に、焦点を合わさないようにぼんやりと彼の顔を見たけれど、それでも分かるほどにお顔がとても整っていらっしゃるようだ。
「ラウル=クレイトンです。パレンティア嬢、この度は色々とありがとうございました。騎士団、クレイトン公爵家を代表しまして感謝申し上げます」
彼の声は、想像していた声と全く異なり、その柔らかく優しい声に、強張っていた体が少し緩んだ。
実力がものを言う騎士の世界で団長を務めるぐらいなのだ。
もっと熊のような野生的な感じで、声も低くて威圧感のある人だと、勝手に思っていた。
「は、初めまして。ラウル=クレイトン公子様。パレンティア=カーティスと申します。とんでもない事でございます。この度は……『色々と』気にかけていただきありがとうございました」
それでも気まずさが勝ち、どうか手の震えがバレませんように……。そう思いながらカーテシーで挨拶をする。
「何をおっしゃいますか。お礼を申し上げるのはこちらです。……ドレスはお気に召しませんでしたか?」
気遣うようなその声に、こちらを責める色は全く含まれていない。
「とんでもございません。とても素敵で、私にはもったい無いドレスです。袖を通すのも恐れ多くて」
「そうですか……」
「「……」」
頭を下げたままの私に困ったのか、沈黙が流れる。
「えーっと、パレンティア嬢。例の話がしたいから、場所を移しても良いかな?」
殿下が話題を変えたのを、好機とばかりに顔を上げた。
「それには及びません。殿下」
「え? 何が?」
きょとんとする殿下に、ブランカが私にさっと出した封筒を受け取り、殿下に差し出した。
「私の話はいつもあっちにフラフラ、こっちにフラフラと、逸れてばかりなんです。なので、要領を得ないと思いますので、レポートを用意して参りました」
「……レポート?」
目を点にした殿下が、私の差し出した勢いでそれを受け取ってくれたので、更に押し付けるように渡す。
「はい! これで時間の無駄なく、殿下がお知りになりたい情報が得られると思います」
「……レポート……」
またしても同じ言葉をつぶやいた殿下は笑っているのを堪えているようだ。
笑われてもいい。
どうせ元々悪い噂を流しているのだ。
『変な令嬢』と噂が増えることなどなんともないし、それでクレイトン公子様も『危うく変な女と結婚するところだった。セーフ』と安心されることだろう。
「では、私ちょっと人と約束がありまして、少し席を外させていただいても?」
「人と……?」
クレイトン公子様の呟きは聞き取れなかったが、殿下は笑顔で了承の返事をくれる。
「あ……、ええ。もちろん。それではまた後程」
「ありがとうございます。それでは一旦失礼いたします」
もう適当に帰りますけどね〜。
と内心スキップしながら呆然とする殿下と公子様に、礼をとってその場を後にした。
***
「ミッションクリアよ! ブランカ」
ホールから逃げるように、王宮の庭園までやってきて、握りしめた拳を天高く掲げる。
「そうですね。これで来月の建国祭も問題無いですね。良い予行演習でした」
「……。胃が痛くなるような事言わないでよ」
近くにあったベンチに座り、夜空に浮かぶ綺麗な月を見上げた。
「公子様にもお礼が言えたし、気が楽になったわ。ちょっとお庭を堪能してから帰りましょうか」
「あれがお礼と言えるところが凄いです」
「いちいちつっかからないでよ」
「ところで人と会う約束とは?」
「あの場を離れる言い訳に決まっているでしょう」
「あぁ、お嬢様がとうとう嘘を吐くように……」
「……何か今日は、あたりがキツくない?」
今日はやけに絡んでくると思い、ブランカを見るとふぅとため息をつかれた。
「無料で、美味しい王宮の料理が食べられると思っていたのに。……まぁ、期待はしていませんでしたけどね。……はぁ。帰って硬くなったパンを冷えたスープに浸して食べますよ。はぁ……」
さも悲しいという演技を大袈裟にしたブランカに、今度はこちらが呆れる番だ。
「どうぞ、好きなだけ食べてきて良いわよ。満足したら帰りましょう」
そうブランカに告げると、「では、お嬢様の分も確保して参りますので」と、颯爽と去っていった。
「連れてくる侍女を間違えたわね……」
ブランカの後ろ姿を見ながら呟いた時、令嬢達の「きゃー」という声がした方に視線を送る。
迷う事なくこちらに真っ直ぐ進んでくるのは、先ほど挨拶したラウル=クレイトン公子様その人だった。




