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舞踏会 ー1ー


「お嬢様、先ほどから一歩も進んでおりませんが?」


「うううう、動かないのよ」

 

 王宮の入り口の受付場所から会場までの長い廊下。

 煌びやかなドレスを着た令嬢たちが進んでいく中、私は壁にへばり付くように足を進められずにいた。


 

「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。皇太子殿下は見目麗しくお優しいと評判ですから。取って食われたりしませんよ」


「分かってる。分かってるわよ……」


 そう、分かっているのだ。

 当たり前だけど、殿下が意地悪をしたり暴力を振るうような人でないことも、まして初対面の令嬢にそんな事をする人間などそうそういないことも頭では分かっている。

 ただ、慣れない場所と、緊張で震える足はどうにもならない。


「お嬢様一人でいらしてたらどうにもなりませんでしたね」


「そうね……、今回は小規模でやるものだから『侍女も同伴可能』なんて珍しいものね」


 貴族やお付きの人たちでごった返す廊下のどこが小規模かはわからないけれど。


「さ、という訳で引っ張ってあげますから、行きますよ」

「何がという訳なのよー!」


 

 私をエスコートしようとブランカが手を差し出したその時、ガヤガヤと後方が賑やかになり、令嬢たちの黄色い声も聞こえてきた。


「何かしら」

「あ、騎士団が来たようですね」


「え! 大変! 先を急ぎましょう! 通路が詰まってしまうわ!」

「お嬢様……」


 殿下と騎士団を比べればどちらに軍配が上がるかなど明白だ。


 屈強な男性たちに囲まれるのは、是が非でも避けたい。

 先ほどまで膝が笑っていた事が嘘のようにサクサクと動く。

 

「仕方ないわね、さっさと済ませてしまいましょう!」

「殿下との謁見を『さっさと済ます』というのもお嬢様ぐらいですよ」

「どこかで聞いた話ね」

 

 私について来ながら、ブランカは呆れたようにため息をついた。

 長い廊下を歩いた先にある会場は、眩しいほどに着飾った令嬢たちが談笑し、子息達とも楽しそうに会話している。

 


 軽食コーナーで談笑している者もいれば、すでにダンスを踊っているカップルもおり、ホールは活気に溢れていた。

 

 その中でも、一際賑やかな一団に目が留まる。

 美しい女性たちに囲まれながら、優しく微笑む金髪碧眼の男性。……の胸元にあるいくつかの勲章と王家を示す薔薇の紋章が刺繍された飾りで、彼が王太子殿下だと分かった。

 

 令嬢が百人いたら九十九人は惚れそうな金髪碧眼の麗しい男性と、顔は見えないけれど、その隣にいる銀髪の男性に御令嬢達が文字通り群がっている。

 

 あれだけ囲まれていては身動きなど取れないだろう。


 しかも、以前アカデミーで見たことのあるような令嬢達も数人いて、更に腰が引ける。

 平民として通っていたが、万が一でも《ティアがパレンティア・カーティス》とバレるのは避けたい。


 濡れ衣といえど、そういった醜聞に真実などどうでもいいのだ。


 貴族達の暇さえ潰れればいいし、今波に乗っているカーティス家を煩わしく思っている人間も多いことだろう。



 あぁ、二重苦だ。


 家に帰りたい。



「あちらにいらっしゃるのが王太子殿下ですね」

「そうね……。まぁ、大変だわ。話しかける隙がないわね。帰りましょうか」

「こらこらこらこら」



 思わず主従関係を忘れたブランカが出口に向かった私の肩をぐっと掴んだ。


「お嬢様?」


 ブランカが笑顔なのに、圧がすごい。

 っていうか、普段笑わないから、逆に怖い。


「……分かってるわよ。でも少しだけカーテンと同化してから、心を落ち着かせるくらい良いでしょう?」

「というか、何故カーテンと同じ色なんですか? そこは壁と同じ色にしませんか?」


「何言ってるの。質感が違うから逆に目立つじゃない。木は森に隠せっていうでしょう? ドレスはカーテンに隠すのよ」


 そう言って、カーテンのそばにそっと寄ると、やっと人心地つけた気がする。


「まぁ、何と同化されても良いんですが、『さっさと済ませる』んじゃなかったんですか?」


「一人でいるところを狙うのよ」


「なんですか、その物騒な物言いは。ところであちらに軽食コーナーが……」



 その時、ざわりと周りの空気が変わり、視線が集中したのが分かった。

 ふわりと良い香りがしたかと思うと……。


「こんばんは」



 背後から声をかけられて、びくりと振り向く。


 その姿は、先ほどまで女性に囲われていた王太子殿下その人だ。


 あの人垣を抜けてきたのか……。



「パレンティア・カーティス嬢。今日は来てくれて嬉しいよ」

「は、初めまして。王太子殿下。この度は舞踏会にご招待いただきありがとうございました」


 さっと頭を下げ、カーテシーをして挨拶をする。


「どちらの御令嬢?」「初めて見る方ね」「殿下から声をおかけするなんて。珍しいわね」と、周囲から聞こえる声と鋭く突き刺さる視線に、本当に早く帰りたいと切に願ってしまう。


 というか、なぜ殿下は私が『パレンティア』と気づいたのだろうか。


 頭を下げたまま、上げられずにいると、笑い声と共に声をかけられる。



「どうぞ、頭を上げて?」


「は、はい」


「手紙は読んでくれたかな? 例の話が聞きたいんだけど。それから紹介したい人もいるんだ」



 にこりと笑って、そう言った殿下の後ろから現れた銀髪の男性に……息を呑んだ。

 


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