届いたドレス
自分の研究室の入り口に置かれたドレスを見て、開いた口が塞がらなかった。
薄紫の光沢のある生地に、繊細な銀糸の刺繍が施されたドレスは、楚々とした美しさを放っている。
「ブランカ……もう一度聞いていいかしら? どなたから?」
「クレイトン公子様からです。第一王子主催の舞踏会に着て行かれてはいかがでしょうか?」
「このドレス今流行のマダム・シュンローのサロンのデザインじゃない。さすがクレイトン公爵家のからの贈り物は違うわね。注目間違いないわ」
流行に敏感な姉が、公爵家からドレスが届いたと聞き、興味深げにやって来ていた。
そんな姉の言葉にひゅっと息を呑み、思わずドレスから一歩下がってしまう。
「ブランカ、お父様は結婚の申込にお断りの返事を送ってくださった……のよね?」
「はい、そのように伺っております。このドレスをお嬢様にお渡しするように申し付けられた際も、『なぜ?』と小首を傾げておられました」
ごくりと喉が鳴り、置かれたドレスから更に一歩下がる。
「いや、舞踏会用のドレスはお兄様と買いに行ったし。こんなの受け取れないし……。返せない?」
「あと、靴とイヤリングも届いております」
私の「返せない?」を無視したブランカが、さらに箱を二つ開けて私に見せた。
「完璧ね。あそこのドレスは予約も一年近く先と聞いていたけれど、……恐らくサイズもぴったりね」
一般女性よりも小柄な私にぴったりのドレスにちょっと恐怖が走る。
ドレスとともに送られた美しい靴も、イヤリングもそれに合わせたもので、細工や刺繍が揃いのものだ。
「当然メッセージカードも付いておりますが?」
「読まなきゃダメ⁉︎」
その切実な声にも、姉とブランカは冷ややかな視線を向けてきた。
「パレンティアをそんな失礼な令嬢に育てた覚えはないわよ」
「姉様。大丈夫です。社交界では『我儘で礼儀知らずな令嬢』で通っておりますから」
「あなたが実際礼儀を欠くかは別問題でしょう?」
姉の正論すぎる直球が直撃し、「ですね……」と返事をしてメッセージカードを手に取った。
添えられた白いカードは柔らかな金木犀の香りがする。
『舞踏会にエスコートさせて頂きたいなどと贅沢なことは申し上げません。一目お会いできる日を楽しみにしております。 ラウル=クレイトン』
はらり……と手から溢れ落ちたメッセージカードを姉が拾った。
「あらあらあら」
「ね、姉様。これは、直接会って、結婚をお断りした理由を聞かせろと……、言うことでしょうか?」
「そうじゃないと思うけど……。ドレスは着て差し上げた方がいいのではないかしら」
「無理無理無理無理! せっかく兄様に王宮の舞踏会場のカーテンの色を調べてもらって、それと同じ色と素材のドレスを作ったのに!」
っていうか、公子様も来るのか!
誰の視線も受けること無く、殿下とのご挨拶の時だけなんとか耐えればいいと思っていたのに!
床に頽れ、思わず拳で床を叩いた。
「カーテンって……。まぁ、着るも着ないも貴方の自由だから……」
「ですよね! 何着たって私の自由ですよね! 私の好きな格好をしてもいいですよね!」
頭上から降りそそぐ、天使な姉の声にパッと顔を上げた。
「そういう訳でドレスの件はこれにて終了ですわね! ブランカ。頂いたドレスは仕舞っておいて! では、姉様。私、修理しないといけない魔道具がありますので。失礼致します。あぁ、お父様が九時までしか使ってはいけないと言ったから、忙しい忙しい」
ほほほ、と誰の口も挟ませないように捲し立てて、そそくさと隣の研究室に篭った。
「あの子……。こういう時だけ、動きもおしゃべりも早いわね」
「日々、その点の成長は著しいかと」
という姉とブランカの会話は私の耳には聞こえなかった。