四話【黄色対白】
* * * 稲井光亜 * * *
翔と璃恩に作戦を伝え、光亜はキューブの陰から白黒の双子の前に躍り出た。彼女の姿を認めた二人は目つきを鋭くする。
「ようやく本命が出てきたわね。『黄色のブライト』!」
巨大な筆を構えて踏み出すモノ。口元に余裕の笑みを残したまま、目は瞬きをやめて光亜の足元を見る。
クロは少し離れた場所でサブマシンガンのグリップを握り直す。周囲の音に耳をそばだてながら、視界には常に光亜とモノを入れる。
「いかにアンタが原色持ちでも、『白眉』と『黒雨』を装備したアタシたちに勝ち目はないわよ? それとも、残ったプレイヤーをかき集めてもう一度特攻でもしてみる?」
「そんな安い挑発に乗るわけないでしょ。戦力は削がれたけど、いくつか分かったことがある」
光亜は指を三本立てた。
「一つは、〈Colorful Bullet!!!〉において下手な物量作戦は逆効果だということ。チームワークがないと仲間のインクが邪魔になる。私もこんな戦いは初めてだから、気付くのが遅れてしまったけれど」
「そういうこと。烏合の衆は邪魔でしかない。アタシたちのような少数精鋭であるべきなのよ。二つ目は?」
「あなたたちの能力。白のインクは軽く、黒のインクは重くする。これはすぐに分かったけれど、これほど高レベルで相互に使いこなすのは素直に感嘆したわ」
「原色様にそう言ってもらえると光栄ですわね。最後に、三つ目は?」
「それは」光亜の靴から黄色のインクが噴霧される。「あなたたちの第二の能力」
『閃光』『光速』の異名を欲しいままにする黄色い一閃がフィールドを貫いた。
狙いはモノ一人。超速の跳び蹴りが彼女に炸裂する。モノはハクビを盾にすることでインクの付着を防いだが、常に武器と自身を『白』で軽くしていることが災いし、百メートル後方のコンクリート壁に叩きつけられた。
「姉さん!」
出遅れたクロは銃弾の雨を光亜に撃つが、彼女は跳んで回避すると同時にモノを追撃。床を黄色く染めながらフィールドを駆け抜け、壁にへばりついているモノに追撃の跳び蹴りを放つ。
「さすが原色、やるじゃない」
モノは間一髪で上に回避し、近くに浮くキューブに着地した。
「霧状のインクで足元が見えなくなることから亡霊と名付けられた上級者向けメイン装備。機動力に影響する色と相性がいいけれど、『黄色』が使うとまさに光速ね」
称賛しながらも余裕の笑みは陰らない。
モノがハクビを思い切り振り上げると、筆先から白いインクが真上に飛び、落下して自身を一層白く染めた。
「だけどね、スピードならアタシも自信があるのよ? 特にこのフィールドではね」
その直後、二人の姿がフィールドから消えた。正確にはスピードが速すぎてアバターの優れた動体視力でも捉えきれないほどの速さに達していたのだ。
『白』で武器と体を極限まで軽くしたモノと、『黄色』で稲妻のごとく駆け抜ける光亜。スピードは光亜がわずかに上回っていたが、敵のインクをより多く身に受けているのも彼女だった。
光亜の動きはあくまで平面的。宙に浮くモノを捉えるには跳んで無防備な姿を晒さなければならず、対してほぼ無重力状態のモノは地上空中問わず余計な動きが発生しない。
白いインクが付着するたび光亜の体が軽くなり、体の制御が難しくなる。重力が小さい星、例えば月面で戦っている感覚を味わっていた。刻一刻と不利になる状況の中、力加減とインクの噴霧量を調整して食らいつく。
原色持ちという最強のプレイヤーを追い詰めるほど、モノの笑顔は無邪気な子供のそれになる。振り乱した髪を直したり、翻るスカートを押さえたりすることも忘れて筆を振るう。唯一無二の相棒であり、データ上の弟であるクロの存在も忘れ、対等な強敵との戦いに全身で歓喜を表していた。
その最中、二人の戦いに割り込むように抑揚のないアナウンスが届いた。
『レイドボス『黒のクロ』が被弾、消滅しました。残りレイドボス一体、残りプレイヤー八名』
「……えっ?」モノの動きが止まり、視線がせわしなくフィールド中を巡る。しかし、彼女の目に弟の姿が映らないことは光亜も分かっていた。
モノの足が止まる。筆を構えるのも忘れ、腕をだらんと下げて弟を探す彼女の頭部に銃口を向けた。