5.ふたりで夕食
一通り飛行を見せてくれたあと、人型に戻ったエルマーは私をテーブル席に座らせ、「そろそろ外では日が暮れた時間だし、食事にしよう」と、食糧庫に行った。
地下宮殿は無駄に広いし、"今日はもう、この部屋で食べてはどうか"と、そんな話になったからだ。
エルマーの自室は、"花嫁"の部屋に比べ、広さに反して随分と簡素だった。
ベッドはやたらと大きかったが、きっと竜として眠る時用のサイズだ。
周りに家具が少ないのも……、振り回した尾や翼で壊してしまうからかもしれない。
よく見ると天井も何層か乱暴にぶち抜かれて……。
飛びやすいよう改築したみたいだった。D.I.Y.で。
「マルティナ! 何の肉が好きだ?」
「エル……、マぁー???」
ニコニコ顔で戻ってきたエルマーの手にある塊りを見て、私は一時的に思考が止まった。
小さな身体で一抱えにしていたのは、大きなイノシシ。鹿。ウサギに鴨に鳩。
力持ちね、エルマー。
じゃなくてぇぇ。
(待って?! なんで素材丸ごとなの?!!)
「父が、"ハナヨメ"は大切にもてなすんだぞと言っていたから、いろいろ揃えてみた」
嬉しそうに、どさり、どさりと動物を並べていくけれども!
この笑顔を曇らせるのは辛い。
でも、でも。
「あ、あの、エルマー? パンとか果物はないかしら」
「もちろん、あるとも。でもメインがいるだろう? 火を通したいなら、炎は任せろ。魔術でもブレスでも、俺は自在に使える」
「う、うん……」
「マルティナ?」
「えっとね、エルマー。私、お肉の解体とか下処理とか、したことなくてね? だから、せっかくだけど、これはこのままじゃ食べれない……かな……?」
ずっっっうぅんんんんんん。
部屋中の重力が一斉にのしかかったように、エルマーが影を背負って凹んでいる。
"丸ごとの動物は、私には無理"。
伝えたら、エルマーが自分の準備不足だと恥じ、落ち込んでしまったのだ。
人間であったという母と別れて久しく、父竜も彼も、普段ガブガブと平気で食べていたので、うっかりしていたらしい。
人間はパンがいる、と、までは気づいたらしいが。
あんなに張り切ってくれてたのに。
(私が余計なことを言ったから。エルマーが悄気たの、私のせいだわ──)
ふいに、実父の言葉が脳裏をよぎる。
"──だからお前は駄目なんだ──"
「エルマー、私……」
声をかけようとしたら、ぱっとエルマーが顔をあげた。
「里で、肉を料理と交換して来る! 翼を使えば一時間で戻れるから、待っててくれ!」
いきなり立ったエルマーの手を、思わず掴んで引き留める。
「私なら大丈夫よ、エルマー! パンを用意してくれたんでしょ?」
「でもそんなの、御馳走とは呼べないだろ。せっかくマルティナがはじめて来た夜なのに!」
「なんで? 十分よ。私はお料理より、エルマーが一緒にいてくれる方が良いもの」
!!!
私いま、何を口走ったの?
(やってしまったわ……。私のために気遣ってくれたのに、気持ちを無下にするやつだと思われて──。え?)
そこには、耳まで真っ赤にした少年が、驚いたように私を見ていた。
それから。
ものすごく嬉しそうに、顔をゆるませて。
目を細めながら、私の伸びた手ごと身体を引き寄せ、向き合った。
「──じゃあ、今夜だけ我慢してくれ。明日にはきっと、ちゃんとした食べ物を用意する」
(あ、あれ? 怒るどころか上機嫌? というか、何この輝いて見える可愛さ。破壊力がハンパない──。! 私、"エルマーと一緒にいたい"って言っちゃった?!)
きゃああああ! なんて恥ずかしいことを!!
自分の言葉のもうひとつの意味に気づいて、ボッと顔中が熱を持つ。
「そ、そんなこと気にしないで」
ようやくそれだけ言えた私の前に、お肉を運んできた時以上にニコニコのエルマーが、今度はパンを持ってきた。
大人びていたエルマーの、素直過ぎる反応はものすごく印象的で、さっきの表情がずっと頭から離れない。
(正直に伝えた気持ちも、失敗じゃなかった……)
それどころか喜んでくれるなんて。
そのままの私を受け入れてくれたように感じて、固くなっていた心がほぐれる。
職場では、仕事に追われて食事抜きになった経験も多い。
貴族出身ではあるけれど、質素だ、なんだ、と気になることはなかった。
それから私たちは、パンに果物にハチミツにナッツ、チーズとワイン。
揺れる蝋燭のもとで美味しい夕食を楽しんで、エルマー御用達の"里"に連れて行って貰う約束をして。
その夜は疲れた体のまま、ぐっすりと自室のベッドに沈んだ。
昨晩とはまるで違った、満たされた気持ちで眠る私の頬は、エルマー以上に緩んでいたかもしれなかった。
◇
「クヴェレの里は、一番よく来るんだ」
イェルク山からほど近く点在するいくつかの里の中でも、お気に入りの里があるらしい。
ひときわ賑わっていて珍しいものが多いというクヴェレの里が、エルマーおすすめの場所だった。
そこは確かに里というより立派な街で、温泉もあることから湯治や観光に訪れる人も多いらしく、飲食店も土産物店も揃っている。
そのうえ閉鎖的な村とは違い、外部に開けているため、見慣れない人間でも詮索されない点が、竜人であるエルマーには有難いらしかった。
今日もぶかぶかのフードで角を覆い、裾長いマントで尾を隠して人間になりすましている。
私も揃って旅人風のフードに、下はシンプルなブラウスとスカートで観光客を装っていた。
はぐれない様にとしっかり手をつないで、私たちは街を歩く。
「買いたいものがあったら、何でも言ってくれ」
エルマーの資金は、鉱脈から採れる金のカケラから成っている。
イェルクには金鉱脈もあったなんて、王都では知られてない話だった。
わかったところで守護竜の領域に足を踏み込めるはずもないので、何も変わらないのだけど、目の色を変えそうな人間は何人か知っている。そのうちにロストン家が含まれるというのが、なんとも悲しい事だけれど。
美味しそうな屋台で"買い食い"も体験した。
「いいね、お嬢ちゃん。お姉ちゃんと旅行かい?」
串焼きを手渡しながら、愛想よく話しかけて来た店の主人に、エルマーがムッとしたのも束の間、続く果実水の美味しさでキゲンを直し、ふたりで笑って、通りを曲がった時だった。
突然、目の前の人がふらついたと思ったら、その場に倒れた。
「あの、大丈夫ですか?」
あまりの近距離に思わず駆け寄って屈み、声をかける。
苦しそうに顔を歪めているのは、老年の男性。
身なりは着古した上着に、くたびれたスボン。
けれども良く繕ってあって清潔感があり、生活感から、この街の住民だと考えられた。
(どうしよう)
狼狽える私のすぐ頭上から、エルマーの声が聞こえた。
「誰か、この人の知り合いは? または近くに、病院はないか?」
彼が道行く人に、問いかけてくれたのだ。
「五軒先を右に曲がったところに、診療所がある」
誰かが応じる声がする。
「私、お医者様を呼んでくる」
「俺が運ぼう。その方が早い」
「え?」
周りでも、声にならない驚きが広がる。
それはそうだろう。明らかに華奢で、見た目少女のような小さなエルマーが、難なく大人の男性を担ぎ上げたのだから。
(あああ、でも今はそれどころじゃないわよね)
私たちは駆けるようにその場を後にし、診療所の扉を叩いたのだった。
そういえば短編で出したプリン食べたエピソードもいるのだろうか、と今ふと思った。
いや、いやいや、無理はするまい。
今回はあまり脱線させずに、短編の後編につなげますのじゃー。
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