4.竜のツガイ
「ここがマルティナに使ってもらう部屋だ。生活用品は一通り揃ってると思うけど、足りないものがあれば近くの里で買い足そう」
エルマーが案内してくれた部屋は、地下宮殿の中でも立派なしつらえの、広い部屋だった。
見事な家具が並んでいる。
旧ヴルカン王国の遺跡を居城として利用していた代々の竜は、迎えた"花嫁"のために何度となく気を回し、生活空間を過ごしやすいものに改装していた。
竜は大事にすると決めた相手には、甲斐甲斐しく尽くす性分らしい。
地中のため日当たりは望めないものの、夜の底のように静かで、配置された発光する石。
そして外からの岩壁を反射して入ってくる自然光。
補助として灯された蝋燭は、獣脂ではなく高価な蜜蝋だった。
実家では私だけ許されなかった蜜由来の蝋燭が何本も使用されていて、エルマーの心配りが伝わってくる。
竜である彼自身は、多くの明かりを必要としない発言をしていたから、これはきっと"花嫁"のために灯した……。優しい竜だ。
(落ち着くけど、朝起きれるかしら)
ちょっと自信ない。
朝が迎えれるなんて、思っていなかった。
実家ではもう、私は食べられたものになっている気がする。
部屋を見回していると、エルマーが言った。
「天井が低いけど、人間にはこのほうが落ち着くだろう?」
「低い?」
その言葉で上を見上げる。
ほどよく開放的な高さで、特段低いとは感じないけれど……。
「大事なんだ、天井の高さ。竜の姿に戻った時、突き破らないために」
「──!! 竜の姿!?」
「わっ、いきなりどうした?」
勢い良く振り返った私に、エルマーがビクッと身を引く。
「見たい……っ」
「え」
(こんなに可愛いエルマーが竜になったら、きっと可愛い竜に違いないわ!!)
「見たいわ、エルマーの竜姿!」
「ええっ」
思わずねだってしまった。
それにしても竜の"花嫁"が本当にお嫁さんという意味で、エルマーのお母さんも人間だったと聞いた時にはびっくりした。
ずいぶん前に嫁いで、そのまま故郷に帰らずに過ごしたから、人間側では"イケニエ説"はじめ、いろんな解釈が成り立ったみたい。
イェルク山の先代竜は、百年は山から出なかったと言われている。
(待って。その計算で行くと、エルマーっていま何歳なの?)
子どもにしか見えない外見なのに、まさか私より年上なんじゃ……。
(あ、でも山から出なかっただけで、お嫁さんから来るってことはあるわよね。私みたいに)
けどエルマー、言ってることはしっかりしてるし……。
あと、竜は人間を得て、血をつないでいくと言っていた。
竜の血は薄まったりしないのかしら。
思い切って聞いたら、エルマーは笑った。
「年の方は数えてないな。そういう習慣がないんだ。父も知らないんじゃないか? あと、竜の血というのは侵されない。神聖な力そのものだから」
でもしっかり母親の血は引くらしく、エルマーの顔立ちはお母さん似なのだそうな。エルマーから察するに、きっと相当な美人だったのだと思う。
"力"をあらわす色は、お父さん譲りだという。
「じゃあ、竜同士という組み合わせのほうが少ないの?」
「まあ……、竜は数が少ないからな。滅多に出会わないし」
「確かに人間は多いものね。だけど、人間と子どもが作れるなら、もっと竜が増えててもおかしくないんじゃあ……」
好奇心にかられて、ついつい聞いてしまう。
こ、子づくりなんて話題、考えてみたら、とても踏み込んだ話なのに!!
「ああ、それは」
エルマーが言った。
「正しく番と娶った場合に限り、子が生せるんだ。番以外との繁殖はない。世に竜が溢れてないのは、そのせいだ」
「番?」
「運命が決めた、竜の伴侶」
「!!」
なぜか。ガツンと頭を殴られた気がした。
(それは……、人間側が適当に選んだ相手じゃダメなんじゃ……)
つまり、私ではエルマーの番足りえない……?
(えっ、えっ……。じゃあ"花嫁"と言われたけど私は──何?)
急に青褪めた私を見て、エルマーが言った。
「マルティナ? どうした?」
「エルマー……。私、エルマーが本当の奥さんと出会ったら出ていくね……」
行くあてなんて、ないけれど。
「はあっ?! 今の話でなんで、その流れになるんだ。本当の奥さんってなんだ??」
「だって──」
私がエルマーの"運命の番"でなければ、単なる厄介者だ。
そして番である可能性は限りなく低い。
王都で弾かれて、送られた人間だもの……。
「ったく。先走るのがマルティナの悪い部分だな」
困ったように、エルマーが首の後ろを掻いた。
「あと、すぐ引こうとするところも。控えめで気が利くと言えば聞こえはいいけど、それじゃあマルティナが苦しいだろう? 俺が嫌で出ていくというならともかく、遠慮から出ていくとか言うのは認めないぞ、俺は」
「でも」
「運命というのは、作られていくものだ」
「えっ。あらかじめ決まってるんじゃ?」
「欲しい未来を描いて、それを望んで振舞えば、運命は引き寄せられてくる。俺はマルティナが良いと思った。マルティナが俺の番であって欲しいと、強く望んでいる。なら、マルティナが嫌がらない限り、世界は応えてくれるはずだ」
一息に言って、まっすぐに、金色の目を私に向けた。
「もし今はまだ不確定だとしても、運命は変わる。そして俺は、マルティナも俺を望んでくれるよう、努力するつもりでいる」
その強い眼差しに、思わず顔を逸らす。
「っ、エ、エルマーは竜だから。そんなに自信満々に言えるのよ」
自分の口から飛び出た言葉に、びっくりした。
(違う! こんなこと言いたいわけじゃない。こんなの、ひがんでいるように見えちゃう)
違うのに。嬉しいのに。
誰にも望まれなかった私を、エルマーは良いと言ってくれた。
私を見てくれて、私を望んでくれた。
それなのにこんな風に当たるなんて、私は今とても、面倒な女になってしまっている。
(やだ。エルマーにまで、嫌われてしまう──!)
「俺の考え方が嫌いなら……」
(──っ!)
「俺たちが出会ったこと自体、"運命"だと考えたらどうだ」
「……え?」
「それなら、納得するか? だから、おかしな気を回さないで、ただ俺と仲良く過ごせばいい」
「エルマー……」
「なんでまた、泣きそう顔になってるんだよ?」
下から伸ばしてくれる子どもの手が、優しく頬に触れる。
小さいのにとても大きくて、とてもあたたかで。
「ほら、竜の姿が見たいんだろう? 俺の部屋に来い。天井が高いから、飛ぶとこだって見せてやる」
そう言ってエルマーは、私の手を引いた。
促されるままに、ついて行く。
「まだ幼竜だから父ほどは大きくないけど、それでもマルティナくらいなら乗せて飛べると思うから、そのうち一緒に空に出よう。もちろん、マルティナが怖くなかったらだけど。空から見る景色は、全然違って見えるんだ……」
歩きながら、エルマーがいろんな話をしてくれる。
私は、本当に、とんでもない出会いをしたのかもしれない──。
じんわりと身体に広がる温もりに合わせて、どきどきと胸が高鳴っている。
力強い紫色の体躯に、伸びやかな翼を広げて、空みたいに高い天井まで舞い上がるエルマーの姿を見上げて。
エルマーの運命の相手が。
番が、自分であれば良いのにと願うほど。
出会ったばかりの少年に惹かれていることに、私は気づいたのだった。
短編版にご感想ありがとうございました!
そちらの返信がまだですみません。こちら、ご要望いただきました「地下宮殿での結婚式」「里でのデート」を差し込んでの加筆版です。
ここから数話ほど、組み込みますのでよろしくお願いします(*´v`*)
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