表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/15

3.彼が旦那様?

「なななな、なんでここに山犬の群れが……!」


「もちろん、山だから? 海犬じゃないよな」


 エルマーの冗談は、混乱(パニック)のあらわれだろうか。


 私とエルマーは、気がつくと山犬たちに囲まれていた。

 牙をむき出して唸る犬は、私のことを新鮮な肉だとしか見てないに違いない。


「に、逃げましょう、エルマー。ゆっくりと後ずさって……」


 そろりとエルマーの手を引くけど、微動だにせず、そして彼女(・・)は一言を放った。


()せろ。このマルティナは、俺の"ハナヨメ"だ」


 その効果は絶大で、山犬たちは身を(すく)めると、さっと輪を解いて退散したけど。

 私は手を握ったまま、この小さな少女……もとい少年を呆然と見直した。


("花嫁"? 私のことを"花嫁"? それに"俺"って言った?)


「待って、エルマー。あなたってまさか──」

「ああ、うん。何か勘違いしてるとは思ったが、後で良いかと……」


「──女の子じゃなかったの──っっ???」



 エルマーは。

 めちゃくちゃに()ねた。

 ふてくされた。


 ぶっすぅぅぅぅと頬を膨らませたまま、私を住処(すみか)へと案内してくれた。ぎゅっと握った手はそのままに。


 フードを脱いだエルマーの頭には二本の角が、後ろにはしっぽが生えていて、竜人であることはもう疑いようもなかった。

 ()が、竜が言った"息子"だったのだ。


(そういえば竜は人の姿にもなれると、何かで読んだことがあったっけ。王都に来た竜があまりに巨竜だったから、失念していたわ)


 竜と手をつなぐなんて、とても不思議な体験だ。

 導かれるままに、山に裂けた縦穴を抜けると、どんどんと地下に進んで行く。


「エ、エルマー? ここは?」


 道すがら大きな紫水晶が、縦横無尽に突き出している。普通に"地下道だ"と彼は答えたけれど。


(すっごい)


 やがて行きついたのは開けた空間で、そこには太い柱が並ぶ、古代様式の建物が建っていた。


「こんな立派な宮殿が、こんな場所に?」


 私は驚きに目を見張った。


「第一時代の王国の跡だ。初代イェルクの竜が怒って、今の王国の前身を沈めたことは知ってるな?」


「ええ」


 (いにしえ)に、火山の守護者たる竜を怒らせた旧ヴルカン王国。


 その怒りは噴火を呼び、王国が埋没。

 逃げのびた先で、人々が築いたのが現ヴルカン王国。


 旧王国が第一時代。現王国が第二時代。

 ヴルカンの民なら、子どもの頃に学ぶ歴史だ。


 竜を怒らせるな。そうすれば逆に、火山から守ってくれる、守護竜であると。

 流れるマグマを止めてくれた伝説もある。

 王都に近いラーヴァの山は、竜が堰き止めたマグマから出来たと言われている。



「代々の"ハナヨメ"の生活の場として、眠ってた宮殿の灰を、適当に退()かせた場所がここだ。つまり、今日からマルティナが住む場所ということになる」


「"住む"?」


「地下だが、太陽や月の光を取り入れてるから、人間(ひと)の目にもさほど暗くないはず」


 見ると、あちこちに配置された宝石や鏡石が、上の穴から射しこむ光をうまく屈折させて、宮殿の至る所を明るく照らしている。

 思い返せば、ここに至る通路にも宝石が光を通し、視界は利いた。


「普段は地上に出てくれても構わないし、俺が大人になったら外でも暮らせるから、その時は一緒に──」


「待って。待って、エルマー。じゃあ私は、いつ食べられるの?」


「は?」


 私の最大の関心と命題は、エルマーの素っ頓狂な声で、ひどく軽いものに聞こえた。


「だって"娘の血を捧げよ"って竜は言ったわ。つまり"花嫁"を食べるって、ことなんでしょう?」


 エルマーはこれでもかというくらい目を丸くして、私を見つめている。


「父が……、なんと言ったかは知らなかったが……。じゃあマルティナは、俺に食べられるつもりでイェルクに来たのか? もしかして、死にたかった?」


「まさか! 死にたいはずがないわ!」


「ならどうして、逃げなかったんだ?」


「ええと……」


「機会はいくらでもあったはずだ。マルティナについてきた奴らは山に入れないよう、差し止めたのは俺だし」


(やっぱりあれは竜の仕業。でも確かになんで私は、逃げなかったのかしら)


「私が逃げたら、皆が困るから……?」

「ああ。仲間の人間たちを愛してるからか!」


「っ!」


「マルティナ?」


「愛……して……、ないかも……。私に、価値がない、から、愛して貰えな……いし……。うううっ」


「マルティナ?!」


 急にポロポロと涙をこぼし始めた私に、エルマーは慌てた。


 自分より背の高い私を慰めるため、頭を撫でようと背伸びしたり、オロオロと座る場所を勧め、飲み水を運び、背中をさすりながら労わってくれた。


 こんなに優しく接して貰ったのは久しぶりで、私の涙はますます止まらずに、そして。


 今まであったこと。

 思いの丈を、この初対面の竜少年に全部ぶちまけてしまったのだった。


 


「なるほど……。マルティナは精神支配を受けてたようなものだな」


 一通り聞き終えたエルマーが、頷くように言った。


「精神支配?」


「ああ。だってこんなに優れて優しいマルティナが、自分に価値がないと思いこむなんて、有り得ないだろ。味方のない状態で、常に抑圧を受け続けると、そういう状態に陥りやすい」


 真面目で、誠実な人間ほど、自分はダメだと思い込んでしまう。


 エルマーからそう聞いて、私はとても驚いていた。


 年端のいかないエルマーの分析力にもだけど、私を褒めてくれたことにも。


 私の精神(こころ)が捻じ曲げられて、自分でも気づかないうちに思考が制限されていたなんて、思いもしなかった。

 どうして私は周りの人間にそうされても仕方ないと、諦めていたんだろう。

 全身で、こんなにも悲鳴を上げていたのに。



「何にせよ、俺はマルティナを気に入った。"花嫁"として歓迎するから、この山にいてくれ。大事にすると、約束する」


「えっ、えっ?」


「自分が殺されるかも知れないのに、俺を逃がそうと思ってくれたんだろう? なかなか出来ることじゃない」


(それは……、私が自分を()らない人間だと思っていたからで)


 そう思いつつも、ほっこりと湧き上がってくるあたたかな気持ちが抑えられない。

 つい照れ隠しに「こんなズタボロな花嫁で、ごめんなさい」と笑ったら、エルマーが眉を顰めて心配そうに言った。


「もし、自分に非がないのに謝るのが(クセ)になってるなら、よくないぞ、マルティナ」


 うっ。エルマーのほうが、まるで年上みたい。


「大丈夫。マルティナはとても可愛い。卑下はするな」


「え」


(か、可愛い? 私の聞き間違い?)


 戸惑っていると、彼はもっと信じられないことを言った。


「特に笑った顔はすごく良い。ずっとこんな風に、笑顔でいてくれ」


 そう言って破顔した彼こそ、とても魅力的で、私はここに来て良かったと、はじめて思ったのだった。


 挿絵(By みてみん)

 夏まつり様(ID:2079213)からイラストいただいております!!

 拗ね拗ねエルマーです。感想絵嬉しい!!

 ありがとうございました(*´∀`)/


 少しでもお気に召していただけましたら、評価★★★★★やブックマークをいただけますと大変励みになります。どうぞよろしくお願いします(*´▽`*)/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
良かったらコチラもよろしくお願いします!

・▼・▼・▼・▼・▼・
【異世界恋愛シリーズ】(20作以上リンク)
・▲・▲・▲・▲・▲・

★4/28投稿の最新作短編!↓

『殿下、これって契約違反では?』

★この作品の短編版↓

『見捨てられた令嬢。竜の花嫁として捧げられましたが、黙って従う気はありません』

★こっそり連載中↓
8000文字の短編を、7万文字目指して大加筆!

『【連載版】冤罪で投獄ですって?! 地下牢の地縛霊に身体を譲って、逆転を狙った公爵令嬢のお話。』
― 新着の感想 ―
[一言] カッコいいと思ったら最後のイラストにやられました( ´∀` )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ