15.永遠に続く結晶を
すべるように青空を駆け、あっという間に王都が後ろに流れると、広がる田畑に太い道。
流れる川を、眼下に見る。
上空の冷たい風を切りながらも、肌が痛くならないのは、竜の力に包まれているせい……?
すぐにイェルクの山に帰りつき、心奪われる景色と爽快さに名残を惜しんでいると、私を降ろしたエルマーが人型に変わった。
「エルマー、空ってすごいのね!!」
興奮して話しかけた私だったけれど、返事が貰えない。
「……エルマー?」
「あ、ああ。気に入ってくれて良かった」
言葉とは裏腹に、心ここにあらずな声が戻ると、険しい顔をした彼が、ぽつりと言った。
「──失敗だった」
「?!」
何が? それはヴルカンでの顛末?
エルマーが後悔するような何かがあった?
例えば……、美しい令嬢を逃したとか?
「マルティナ……」
探るような声。
何を聞かれるのかと緊張が走る。
「俺の背の乗り心地は、どうだった?」
(ん? えっ? 乗り心地? 初飛行のことを言っているのかしら。"失敗"とどう繋がるの?)
「素敵だったけど……?」
「怖くはなかったか?」
「え、ええ」
「くッ」
「エ、エルマー? どうしたの??」
「幼竜の時にも! 一緒に飛んでおけば良かった!! そうすれば密着して貰えたはずなのに!!」
(……密着?)
「竜身が大きくなりすぎた! マルティナを怖がらせたくはない。でも、しがみつかなくても怖くないサイズだなんて、なんか! 損した気分だ!!」
エルマーが地面に向かって悔しそうに吐き出した言葉は、どう処理したら良いか──、扱いに困る内容だった。
(もしかして、馬に乗るみたいに背を立てていた私を残念がっている? 首筋あたりに抱き着いていて欲しかったってこと?)
「ぷっ! 何を言うのかと思ったら……!」
「笑うとこじゃない、マルティナ。本来得られた利を逃すのを、機会損失と言うんだろう? 俺は間違いなくロスとミスをした気がする」
飛行中、"想定と違う"。
そう思ったらしい。
何を考えて飛んでいたのか。
ぷりぷりと拗ねる姿は、大きくなってもやっぱりエルマーで。
なだめるように、言いわけをしてあげることにした。
「安定感があって良かったわ、エルマー。それに私が身体を離していたのは、その、ね。捕まっていた間、ろくに身体を洗えなかったから、恥ずかしいのもあって……。ほら、エルマー、鼻がいいでしょう?」
「そんなこと! マルティナは気にしないでいい。俺はどんなマルティナでも好きだ」
「──!!」
ストレートに激情をぶつけてくれるのは今まで通りなのに、育った美青年に言われると訴求力が段違いなのですけれど?!
跳ねあがった心拍数が、エルマーに聞こえなければ良い。聞こえたら。もっと脈が早まるわ!
私が悶えていると、ウチの竜は物騒なことを言い出している。
「くそぅ、あいつら……! マルティナを雑に扱いやがって。戻って王城ごと燃やしてきていいか?!」
「ダメよ。きっともう充分に肝が冷えたはずだわ。それにエルマーは名簿を作らせることにしたんでしょう?」
「それは……。早く連れ帰って、マルティナを休ませたかったから……」
「そんな優しいエルマーが大好きよ」
いじけている彼の首に腕を回す。
エルマーは私が背伸びしなくてはならなくなったくらい、身長が伸びた。
いつだったか、頭を撫でて貰った時の逆だ。
「優しくは……ない。もしマルティナに何かあれば、ヴルカンをマグマに沈めていたかもしれない」
ぽすっとエルマーが私の肩に顔を埋めてくる。
「人類の危機だったのね」
きっと冗談だろう。
エルマーは、とても優しい竜だから。無関係な人たちを巻き込んだりしないと信じてる。
◇
マルティナは知らない。
エルマーが名簿を要求したのは、彼女を休ませるため。──だけではなく、一度でヴルカンの面々を許す気がなかったからだと言うことを。
"床に穴が開いたくらいで済んだ"と安堵した人々には、その後、「名前が足りない」と何度も名簿が差し戻されることだろう。
そして選出のために互いを計り合うことで、やがて代王や貴族は疲弊する。
かつてマルティナが苦しめられたように。
疲れ果てた頃合いで、処断が待っている。
そのくらいの意趣返しはありだと思いつつも、マルティナの前で見せないのは、エルマーの打算だった。
マルティナには"優しい竜"だと思っていて貰いたい。
ちなみに、ドレスの件で身を引こうとしたのも。
もし彼女を帰しても、いずれ連れ戻しに行くつもりだったことは伏せている。
だってあんな連中がいる場所に、大切なマルティナを置いておけない。
かつてマルティナに「先走って、身を引くな」と呈した竜が、自ら矛盾する発言をしたのは思惑あってのことと、彼女は気づいていない。
そしてエルマーは、これからも気づかせるつもりはなかった。
◇
「あああ、エルマー。あんまりくっつかないで。私が身体を洗ってからに……」
「!!」
私が言うと、弾けるようにエルマーが頭を起こした。
「マルティナ。そういえば俺、地底湖の端を底上げしたんだ」
「え?」
「足場を作ったから、浅い部分はマルティナも入れると思う」
「以前に言っていた、竜しか遊べない地底湖?」
「そう。マルティナも入れるように」
屈託なく笑ったと思うと、エルマーは軽々と私を横抱きにした。
そのままで翼を出す。
「きゃあ!」
「一緒に入ろう。同じものを見てもらいたいんだ」
そう言って彼は、目が覚めるように青い地底湖に私を運んだ。
空からでないとアクセス出来ない、翼を持つ者だけの聖域。
神の遊び場と言われても頷けるほど透明な湖面が、地上部分に空いた穴から差し込む光に揺れ、神秘的に輝いている。
「……こんなところがあったなんて……。足場?」
見ると、古代遺跡の柱が何本か沈めてある。
段状に並べてあって、入りやすいよう工夫されていた。
「いつの間にこんな……」
「さあ、マルティナ」
手を引こうとする彼だけど。
「待って、エルマーは人型のまま入るの?」
「だって混浴だし」
そういえば"成竜になったら混浴したい"と言っていた!
つくづく忘れない竜すぎる。
大人の方が問題なのに──。
"紫に染まる湖が見たい"と竜になって貰ったけど。
さらに私も服ごと入ったけど。
この分ではいつ押し切られることか。
水浴びのあとはエルマーの熱風であっという間に乾かして貰って、地下宮殿の部屋に戻る。
(帰って来た……!!)
ほんの数か月過ごした場所なのに。
何よりも、どこよりも安心する。
そんな感覚に驚きながらベッドに倒れ込むと、傍らでエルマーが横になる。
「──起きた時マルティナがいなくて、すごく怖いと思った」
私の黄色い髪を一房掬い取りながら、金色の瞳を添わせる。
「改めてだけど、助けに来てくれてありがとう」
心を込めてお礼を伝えると、手の中の髪にそっと口づけを落としながら、エルマーが言った。
「番を手放す竜はいない。どこへだって、何度だって助けに行く」
「──番? 私が?」
そんな私の問いに、エルマーがこくりと頷く。
「間違いない。マルティナは俺の"運命の番"だ。俺がいっきに成竜になれたのは、マルティナが番だったから。番の血の効果が発現したんだ」
(私が、エルマーの"運命の番"!!)
言葉に出来ない歓喜が押し寄せてくる。
「……つまり私はこれからも、エルマーの隣に堂々といて良いと言うこと?」
「そんなの! 最初から、いて欲しいって言ってるのに!」
言いながら、エルマーもすごく嬉しそうに笑っていて、私も釣られて笑顔になると、突然に抱き寄せられた。
「マルティナ……! ずっと一緒に寝たかった」
「えっえっ、寝てたじゃない」
「そうじゃなくて……」
困ったように柔らかく、これ以上なく愛しげに。竜が微笑んだ。
「石よりもかたく、ながく。この先続く生命に、ふたりの血を繋げよう。マルティナによく似た子どもが欲しい」
「!! エルマー、それって」
尋ね返した答えの代わりに、キャンドルが吹き消され、蜜蝋が一層甘い香りを放つ。
"待て"が出来ないエルマーの腕の中で、私たちはこれまで以上に仲良くなった。
◇
「だからね、この石は超高温からの急速冷却で、作れるらしいの」
エルマーが手に入れてくれた本を片手に、私は今日も実験に励んでいた。
地下宮殿は毎日にぎやかな明るさに包まれている。
エルマーは時々ヴルカンの王都に様子を見に行っている。
成り行きとはいえ、責任があるからと言っていたけど、国内では概ね好評で、竜が代替わりしてから、暮らしやすくなったという声が聞こえてくる。
ロストン家はその後、ヴルカン国を出たということだった。
ナディアの嘘が露呈し、家全体の在り方が疑われて、いろいろと化けの皮が剥がれていったらしい。あちらこちらに良い顔をして融通して貰っていた資金も打ち切りとなり、経営破綻したとか。
竜の花嫁の実家として、本来なら竜との架け橋になったはずが、逆に竜に恨まれているのは、ロストン家が私を不当に扱っていたからだと、城で針の筵だったそうだけど──。
それを言うなら子爵家だけではないのに、とかく責任のなすり合いをする宮廷で居場所がなくなった一家は、逃げるように国を去り、ナディアの嫁ぎ先に身を寄せているのだとか。
オルラウ伯爵家に拒絶されたナディアは、辺境国の下位貴族の後妻となった。
当主ではなく、当主の祖父ということだから、かなりの年の差婚?
まあ、年の差ならうちもたぶん……。空いているはず。
感じさせないほど、エルマーはいつも元気いっぱいだけどね。
「高温はともかく、冷却はどうするんだ」
「私が水をかけてみるとか、どう?」
「待て、水は危険だ。爆発しそうな気がする。怪我じゃすまない」
「なら、エルマーの翼で一気に上空まで運んで冷やす!」
「はぁぁぁ? やれやれ……。地下宮殿を石の博物館にでもするつもりか?」
「それもいいわね。他に作りたいのは……」
「やめろぉぉ。単なる言葉の綾だぁぁ!」
──イェルク山の竜の地下宮殿には、珍しい石がたくさん置いてあるという。
そして、石を楽しむ小さな竜も。
訪れたなら。
ふたりが作った結晶の笑顔に、出迎えてもらえるかも?
お読みいただき有難うございました!! おかげさまで連載版、完結となりました。
私は「竜」が大好きなのですが、そんな竜が登場するお話を思い切り書けて楽しかったです!!(*´▽`*)/ エルマーがせっかちなので、何度も止めるの大変でしたが、最後は待ってくれませんでした。問題児め(笑)。短編では止めたのに。
あっ、でもこれR指定ついてないので。疲れてるマルティナにそんな、ねぇ? と思います。
表現とかがわかりにくいかもなので、後に修正するかもです。愛の結晶はなんと動いて喋るんですよ。子どもとか言うよね、うん。遺伝子ってすごいよね、結びついて未来に残る。
良かったら短編版(https://ncode.syosetu.com/n2529ie/)も読み比べてやってください♪ 下にリンクあります♪
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ざまぁを名簿にしたのは、読んでくださる方に名前と罰を決めていただけたらという思いもあります。どうぞお好みでご裁量くださいませ。
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