12.竜、起きる
◇
「っつ……」
全身に痛みを覚え、目を覚ました。
思えば寝ている間中、ずっと感じていたような──。
「!! なんだ!!?」
地下宮殿の竜は、目を覚ますと同時に戸惑いの声をあげた。
身体を起こすと毛布がずり落ち、ぴったりだったはずの服から長く伸び出た自身の手足に驚嘆する。
(どうりであちこち骨が痛いと……。背が伸びたのか)
苦しいのは、サイズが合わない服のせいもあったろう。
背が伸びた、だけでは片づけられない程、成長したエルマーは、締め付ける服を脱ぎつつ、ハッとその手を止める。
(いやいやいや、裸はまずい。マルティナが慌てる)
いまやしっかりと育った自分を、服の代わりに毛布で隠しながら、愛しい"ハナヨメ"がどこにいるか探る。
どうやら寝ている間に急成長したらしい。
人間と育ち方が違う竜にはあることで、一足飛びに少年から青年へ、その身体が移行する。
つまり幼竜から、成竜へ──。
(成竜になった……!)
体内に渦巻く竜の力が桁違いで、自分でも強く実感する。
(成竜になれた!!)
きっかけは、おそらくマルティナ。
石で指を切った彼女の血を、舐めた時に取り込んだ?
つまり"娘の血"が捧げられたことになる。
そして単なる"娘の血"以上に。
──ツガイの血は、竜に劇的な変化をもたらせる。──
昔父竜から聞いた話が、記憶からほころび出る。
("運命"がマルティナを、俺の"番"と認めた! それにこれで──。マルティナに見合う体格になったはず!!)
おそらく人間ならば十代後半。
マルティナの身長は越したはずだし、しっかりとした筋肉が少年にはない力強さを湛えている。
喜びと驚きを共有したくて、マルティナの気配を探し続けるも、宮殿内のどこにも見つからない。
「……? 外に出てる、のか?」
そういえば、どのくらい眠っていたのか。
ほんのうたた寝のつもりが、ずいぶんと深い眠りに落ちていた気がする。
探る意識の範囲を広げ、イェルクの山全体に神経を張り巡らせる。が。
「──いない? なぜ??」
まさかマルティナの寿命が尽きるまで眠り続けていたとは、考えられない。
百年なんてことは──。
ないとは思うが、不可能ではないのが竜。
(いいや。そう時間は経ってないはずだ。毛布や服が劣化してないし)
おそらくマルティナがかけてくれたらしい毛布は、経った時間を感じさせない。
あまりに眠り続けていればマルティナが起こしたはずだし、彼女の声ならきっと届く。
ここ数日、所かまわず寝ては揺り起こされて、そしてそのたびに少しずつ育ってきていた。
(きっと、ついさっきのことで……)
蒼白になりながら細かく気配を拾っていくと、前に石に込めた、自分の魔力痕跡が見つかる。
マルティナと共に作った二色水晶は、あの時以来ずっと、彼女が身につけていた。
(山の外……?)
危険度が跳ね上がる場所に、マルティナは出てしまったらしい。
とりあえず、魔力が残る一番近い場所へ。
毛布では、さすがに外で締まりがつかない。
エルマーの意にそって、竜の魔力が立ち上り、ふわりとその身を包み込む。
前にマルティナのドレスを染めようとした時、純朴に尋ねた彼女の顔を思い出す。
── "竜の魔術に何かあるの?"──
(魔術にはない。特殊能力にあるだけで)
クスリと笑ったエルマーの全身は、育った身体に合わせた服で覆われていた。
黒と紫の質の良い地に、あしらわれた銀の装飾が映えている。
ラフにまとめたはずのそれは、竜の格から、さながら王侯貴族のような長衣となっていた。
スリットからはシンプルな黒ズボンがのぞく。
(これがないと、竜は変化のたびに全裸だ)
マルティナの前では彼女を緊張させないよう、なるべく人間と同じように振舞っていた。
それで里で得た服を用いていたが、それらはすべて子どもサイズ。いまや使えない。
元来、竜の変化には衣の生成も含まれている。
自身に限るので、マルティナのドレスに付与することは出来なかったけれど。
人身のまま翼を背に広げ、エルマーは空に滑り出た。
魔力石の残滓を辿ると、山外の森で消えかけていた足跡を発見する。
それが大きく多人数な男と、マルティナの小さな足跡で、争った形跡があると見て取ると。
イェルクの竜は、即座に竜身に変わり、全身に怒りをたぎらせた。
◇
エルマーに呼応するように揺れたイェルクの山に、国中の生き物が身を強張らせた後。
王都の城は、さらなる脅威に見舞われた。
見張りが遠く飛び来る竜の姿を認め、報告するより早く、若き竜は王城の上空に届いて告げる。
──ヴルカンの王に伝える。早急に我が花嫁を返せ。その上でなら、申し開きを聞いてやる──
「りゅ、竜だ……!」
「なんだ、何を言っているんだ?」
慌てる下級兵たちは、竜の花嫁ことマルティナが王城に捕らわれたことを知らない。
とりあえずは脅威に備え、城の中庭に降り立つ竜に槍を向けるも、震えが穂先を小刻みに揺らしている。
「これは、これは、イェルク山の竜よ。本日はどういったご用向きで」
着地とともに人型に変わったエルマーを、出てきた宰相が迎える。
「用は今述べた。俺の花嫁はどこにいる」
口元に笑みを貼り付けた宰相とは対照的に、竜の目は微塵の冗談も許さない。
鋭い殺気を前に、それでも言葉を重ねた宰相は、勇者と呼べたかもしれない。
……単に生命の危機に鈍かっただけかもしれないが。
「そ、そのことですが、こちらに手違いがありましたこと、お詫び申し上げねばなりません。イェルク山の竜よ」
「手違い?」
「は、はい。あなた様に捧げた娘ですが、実は国に反する罪人であることが判明いたしました。まったく我々の不徳といたしますところ。しかも不届きにも娘は、竜であるあなた様のところから逃げましたようで」
視線がギロリと宰相を射貫く。
「逃げた、だと?」
「ええ、ですが我らが! 娘をしかと捕まえました。まったく竜の花嫁という栄誉に対し、とんでもない愚行でございます。娘はこちらで厳罰を下す所存です。つきましては改めて新しい花嫁と、お詫びとしてたくさんの供物を捧げたく、どうぞお納めくださいますよう──」
「どうやら身体ごと溶けたいらしい」
低い声とともに、絶叫が上がったのは、エルマーを囲む兵たちからだった。
彼らが構えた鉄の槍先が、まるで熟した柿のように赤く溶け落ちたのだ。
グジュリと地面に落ちた形ない鉄は高熱で。
跳ねたしずくが足にかかっただけで、かつてない激痛と一生ものの火傷が残る。
槍が長く、身体から離れた位置に槍先があったことは、まだ幸運だと言えた。
鉄をも一瞬で溶かす。
しかも、なんの予備動作もなく。
人間では抗えるはずもない力を前に、その場の全員が戦慄した。
「偽りのニオイはわかる。お前たちに出来ることは、速やかにマルティナを俺に返し、ひたすら許しを乞うことだけだ。──竜を遮るなら、国ごと滅ぶと思え」
以前、全部で3万文字くらいと言いましたが、あれは……嘘です!!
(すみません、すみません、なぜかこんなことに!! でももう少しです)
裏設定ですが、汗のニオイや脈動の変化も感じ取れる、ウソ発見器な竜です。
12話は加筆の回でしたが、13話は短編のマルティナ回につながります(予定)。
エルマーとマルティナ、再会します。引き続きよろしくお願いします(*´▽`*)/
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