11.望まぬ再会
「エルマー、果実水を作ったのだけど一緒に飲む……また、寝てるの?」
エルマーは最近、よく眠るようになった。
起きてきたと思っては、いつの間にか丸くなり、場所を選ばずスヤスヤと寝息を立てている。
彼の整った顔かたちに暫く見惚れながらも、首を傾げた。
(成長期かしら)
そういえば風邪のようにハスキーだった声もいつの間にか、一段、低くなっている。背も伸びたような……。
そっと彼に毛布を掛けながら、私はキノコ狩りに、地表に出ることにした。
山裾の森に、たわわな木の実とたくさんのキノコを見つけ、驚喜したのがつい先日。
ついついエルマーと楽しく遊んで後回しになっていたけれど、今日は良い機会に思える。
「ちょっと出かけて来るわね」
聞こえてないだろうけれど声をかけ、地下宮殿を後にした。
「ふふふっ。籠いっぱい採れちゃった」
たくさんの収穫に、思わず頬が緩む。
最近は、山をひとり歩きしても山犬や猛獣に狙われることはなくなっていた。
不思議に思ってエルマーに話すと、複雑そうな顔で「そりゃ……、俺と寝てるからな」と言われてしまった。
竜のニオイが強くついた私に、鼻の利く獣が手を出すことはないらしい。
初めて訪れた日にエルマーごと山犬に囲まれたのは、半分は彼らの好奇心だったという。
私のこと、食べる気満々に見えたけどね?!
(竜のニオイ。自分ではわからないわ。寝室を共にしたがった理由が、それだったなんて)
なんかちょっと……。
ううん。私は痴女じゃないわ。ええ、ガッカリなんてしてない。
自分がいなくても私に"守り"をつけようとしてくれただけだもの。
エルマーの深い考えには感謝よ。──添い寝の初日にソワソワされて、紛らわしかったけどッ。
思考が空転していたので、別のことを考える。
料理は、少しずつ勉強していた。
エルマーは、人間のようにこまめに食べなくても、一度の大量摂取でエネルギーを蓄えることが出来る。
けれど、私はそうはいかない。
エルマーはそんな私の食卓に、自分の頻度を合わせてくれた。
最初の頃は、里で保存のきくお料理を仕入れたりしていたけれど、レシピを教わり、自分でも簡単なものに挑戦してみたら……。
エルマーが私の手料理に大感激したのだ。
あまりの喜びぶりに、私も嬉しくなって、じゃあもっといろんなものを、とレパートリーを増やして来た。不慣れな分時間はかかるけど、完食して貰えるので作り甲斐がある。
(今日は何を作ろうかな──)
メニュー候補を頭に浮かべていた時だった。
「見つけたぞ!!」
「えっ」
突然の太い声。
驚いて振り返ると、武装した兵たちが、数人。
非友好的な空気を発しながら、私を見ている。
「えっ……?」
(イェルクの山は、許された者しか入れないよう、エルマーが結界を張っているのに……? っ、ここは、山じゃない!!)
気がつくと私は、いつの間にか山の境界から出てしまっていた。
「お前がマルティナ・ロストンだな。捕縛命令が出ている。大人しく従え」
「なんっ──?!」
突然のことに、理解が追いつかない。
捕縛命令? 私に? 誰が何の理由で?
咄嗟に、誤解が生じているのかと思った。
「何かの間違いでは? 私は命じられた通り、竜に嫁いでます」
自由に出歩いているけど、逃亡とかではない。
そんな私の推測を、兵は真っ向から跳ねのけた。
「罪状は"国の業務を意図的に妨害した"ということだ。詳しいことは、王都で聞こう」
(どういうこと??)
ますます身に覚えがない。それに。
「王都ですって?! ここからは離れすぎてます。まずは竜と……、夫と話をしてください」
「問答無用! こちらも命じられた期限を過ぎている! お前が見つからなかったせいだ!!」
「そんな滅茶苦茶な?! ──いや!」
伸ばされた手から、必死で身を避ける。
長い髪をむんずと掴まれた。
「放して!!」
抵抗しても体格の良い兵士。あっさりと抑え込まれて、足を踏んでもビクともしない。
「きゃああああ!! エルマぁーっっっ!!」
私の叫びに応えたのは、羽ばたき逃げる鳥の羽音だけだった。
◇
苛立つ兵士に強引に捕らえられ、乱暴に馬車に押し込まれた私は、わけのわからないうちに王都まで運ばれる。
途中、何度もエルマーが来てくれることを祈ったけれど、あの時の彼は熟睡していた。
私が連れ攫われたことに気づくのが遅れたら、深い森の中、痕跡を見つけるのさえ難しいのでは。
行先もわからないだろうし、日数が経つにつれ、ますます見つけて貰いにくくなる。
(エルマー、エルマぁー!)
何度も逃げ出そうとしたせいで、とうとう縄で縛られ、到着した王都で私を待っていたのは、もう顔も見たくないと思っていたかつての上司。
ユルゲン伯爵だった。
縄で拘束されたまま、王城の一室に投げ出される。
床に転がった私に向かって、ユルゲン伯爵はとんでもないことを言い放った。
「久しぶりだな、マルティナ。いきなりだが、システム入力の仕事が滞っている。お前の構築したシステムは、他の者には扱えなかった。そこでお前に、職場復帰をさせてやろう」
「はあ?!」
「これは国王陛下も了承済の、決定事項だ」
(この人、気でも触れたの? 私はとっくに退職して、しかも竜に嫁いでいるのに??)
ふ、と、違和感を感じた。
(ユルゲン伯爵って、こんな人だった?)
姿かたちは、確かに見知った元上司。
だけど……、なんだろう?
以前、会うたびに感じていた恐ろしさは消え、代わりに抱いた印象は、庸劣さ。
つい、二度、三度と見直したものの、やはり紙のように薄っぺらく見える。竜を見慣れたせい?
しかし印象が違っても、捕らわれた私にとって脅威には違いない。
無用な刺激はしたくない。
けれども黙って従う義理もない。
「強引にこんな真似をして、何を言うかと思ったら……。無断で、竜の領域を侵すなんて。イェルク山の竜が怒りますよ。竜を怒らせてはいけないということは、子どもでも知っている話なのに」
私の意見に、ユルゲン伯爵は薄く笑った。
「そうだな。竜は怒るだろう。黙って逃げ出したお前に対して」
「!!」
(こいつ! 攫っておきながら、私が逃げたことにするって言ってるの?!)
「そこで我々は、詫びを兼ねて新しい"花嫁"を贈り、お前のことは罰として一生王城で酷使させる。そう竜に持ちかけて、これからも良好な関係を築くつもりだ」
「一生……?」
「守護竜の"花嫁"という国の大切な役目を放棄し、逃亡するは重罪。システム改変で国政を妨害したのも重罪。お前は罪人確定で、その時点でロストン家からは縁切りされている。平民が王城で働ける栄誉を、光栄に思うことだ」
「何を言っているの……? あなた方は! 何を言っているの!!」
私の知らないところで、私を好きに扱って、貴族の権利を奪ったうえで際限ない労働を強いるつもり?
システムは誰にだって使えるはず。
完成済だから、データを入れていくだけ。
そのうえ元々は強引に私を竜のもとに送り込んだくせに、今更な変更が通るとでも?!
私のことだけではない。
竜を敬うふりをして、見下している舐めた態度。
あのエルマーが、大人しく騙されて、人側の都合に振り回されるとでも?
完全に頭に来た。
クラクラするほどの怒りを覚えたのは初めてで、目の前が暗くなりかける。
「竜を馬鹿にしないで!!」
バリン!!
炸裂した怒りと同時に。
部屋に置かれていた花瓶が、滑り落ちて割れた。
「──え?」
間を置かず、強い揺れが王城を襲う。
「なっ、なんだ」
「地震!?」
激しい揺れは天井のシャンデリアの遠心力を試し、長椅子の踏ん張りに試練を与えた。
ピシリ、と窓のガラスに亀裂が入る。
「これはまさか……、イェルクの山が揺れたのか?」
一時的な横揺れが鎮まると、捕まっていた調度品から身を離したユルゲン伯爵が呟いた。
(エルマー? でも)
うかがうように、私も伏せた身を起しかけた時、庭から叫び声が上がった。
「!!」
「竜だ! 若い竜が、王城の上空に来たぞ」
──ヴルカンの王に伝える。早急に我が花嫁を返せ。その上でなら、申し開きを聞いてやる──
それは、今までに聞いたことのない、低い男性の声だった。
大抵1話3,000文字以内に収めているのですが、今回オーバーしちゃいました。
8話目もオーバーしてるんだ。(∀`*ゞ)テヘッ
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