10.思惑が動く時
エルマーと暮らし始めて一か月。
私は、ずっとやってみたかったことのひとつを今、彼と試している。
「ああっ、くそっ。また白くなった! 難しすぎる!!」
「だから、ろうそくの火の、炎心から内芯くらいの温度に保ってってば」
「そんなわけのわからない加減が出来るか!!」
何かというと、ずばり!
紫水晶を加熱して、黄水晶を作るのだ!!
実は私は、石が大好きだった。
鉱物も宝石もこよなく良いと思っているが、正直、あまり詳しくない。
それでも読んだ書物の中で、ずっと心にかかっていたのが、この色変化。
しかし高価な宝石である紫水晶を実験に使うなんて、そんなこと、下界ではとても考えられなかった。
でも地下宮殿の周囲には、大きな原石がゴロンゴロンと転がっている。
竜であるエルマーは、自分でも宣言していた通り、火を操るに長けた種族だった。
温度も器用に、低温、高温と調節出来る。
そんなわけで私がエルマーに持ち掛け、ふたりで水晶の色を変えるというミッションに挑んでいた。
「やった! 出来たぞ! これでどうだ!!」
「すごいわ、エルマー! 半分だけど、紫水晶が黄色くなってる!!」
大きな石ではなく、小さな粒でやってみたのが功を奏し、ついに紫水晶は、半分が黄色く変わっていた。
「きれい……。エルマーの暗紫の髪と、金色の瞳みたい」
「俺は、マルティナの金糸雀みたいな髪色と、瞳の色だと思った。好きだ、マルティナの薄紫色の瞳。優しい夜明けみたいで」
「夜明けにたとえて貰ったの、初めてよ。嬉しいわ。ならエルマーの瞳は、鮮烈な朝日ね。力強くて、希望に満ちてる」
私たちはふたりで顔を合わせて、肩を揺らして笑った。
近づいたおでこがくっついて、一か月どころから、もうずっと長く仲良しだったみたいに、自然に笑いあえる。
ちなみに、"一緒に寝たい"とあんなに何度も言っていたエルマーは、文字通り、横で眠るだけだった。
…………。
考えてみたら、彼の身体はまだ小さく、ひとり緊張していた自分がすごく恥ずかしかったことは、こっそり黒歴史として封印している。
たくさんの会話と、たくさんの交流。
互いを理解し合って、思いやる。私は現在に、満足していた。
「! 痛っっ」
「どうした?」
「……石で、指を切っちゃった」
バイカラーの水晶を、迂闊に扱ってしまったらしい。
「見せてみろ。ああ、血が出てるじゃないか」
ちゅぱっと、あまりに自然に、エルマーは私の指先の血を吸った。
「エエエエ、エルマぁぁぁ」
真っ赤になって慌てる私を上目遣いでチラリと眺めた、いたずらめいた眼差し。
私が照れると……
「わかってて、舐めたわね~~!!」
「あはははは。こんなことで照れるなんて、どうなんだ、マルティナ!」
彼はひとしきり大笑いしながら、殴る真似をする私を、腹を抱えながら避けて言った。
「まあでも、危ないな、これは」
そう言って、石の破片をきゅっと片手で包み込む。
次に開いた時に石は、角が取れて楕円形になっていた。
「初めて成功した記念に、石に俺の魔力を込めた。マルティナが持っててくれたら、嬉しい」
「ありがとう……、エルマー」
エルマーからのプレゼントに、私は心からの笑みを返し、握りしめた石は後日革紐でペンダントとして、胸元で揺れることになった。
笑いで彩られた毎日。
(これが幸せというのね)
私の日々は楽しく、充実していた。
◇
その頃、王都では。
「一体どうなってるんだ、ナディア。データが古いままじゃないか。取り出した資料が、まるで役に立たなかったぞ。こんなことでは、国政に障る」
王城の勤務室で、ユルゲン伯爵の声が苛立ちを持って、部下を責めていた。
「えっ。ですが、頼まれた案件で揃えましたわ」
ユルゲンの片眉が上がる。
上背があるだけに、腕を組んで不機嫌さを前面に出すと、彼の貴族としての上品さは鳴りを潜めた。粗暴な性格が、透けるようにあらわれる。
「ちゃんと毎日、データをインプットしてるのか? 更新しないと意味がないことくらい、わかるだろう?」
「ま、毎日? データの入力担当は誰です? その方がさぼって……」
「き・み・の・仕・事・だ。当たり前だろう? 専属担当者なんだから。前部署から正式にこちらに移ったんだから、いつまでも兼任気分でいたら困るよ」
「で、でも、一日分でもすごい量ですよ?」
「出来るはずだ。あのマルティナでさえ、こなせてたんだぞ。有能なきみだったら、もっと早く、良い成果を出してくれると期待してたんだが」
過去形での表現。期待外れだと、言われたも同然。
いまや上司となり、高圧的に接してくるユルゲンに、ナディアは戸惑った。
彼は、下の者を使うことを当然としている。
無茶で無理なことも平然と命じるし、出来なければ腹を立てるのが、ユルゲンという男の常だった。
だがそれを置いておいたとしても。
(あ、あの量を毎日捌いてた? マルティナ義姉様が?! バ、バケモノなの? 深夜とはいえ帰宅してた……。朝でも無理でしょお?)
ごくり、と息を呑む。
到底、常人がひとりでこなせる業務ではなく、数人がかりでも時間がかかることは明白。
押しつける方も押しつけるほうだ。
けれどそんなことをユルゲンに言うわけにはいかない。こういう乱暴な男は、反論を嫌う。
ならばこの場合、前任者に責任を押しつけて凌ぐのが上策。
素早く頭を巡らせたナディアの口から、根も葉もない言葉が滑り出した。
「そ……。そうですわ、お義姉様です! お義姉様が後任になる私が気に入らなくて、システムにおかしなロックをかけていったのです。おかげでまるで、はかどらなくて!!」
「何、マルティナが?」
「はい。私も皆様にご迷惑をおかけしていて心苦しいのですが──。ロックを解除して貰わないことには、どうにもなりませんわ」
ナディアは困ったように頬に手をあて、品を作った。
魅惑的な肢体が強調され、思わずユルゲン伯爵の視線が動く。ナディアはそれを、見逃さない。
「だが、マルティナはとっくに竜に食べられている頃だろう……。待てよ、里での目撃情報が上がっていたな。山の麓で、貴族らしい女性をよく見かけるとも」
「まあ、竜から逃げ出したのかしら」
ことさらにおっとりとした甘い声は、それだけで匂やかな魅力を醸し出した。
女性らしい仕草で、ナディアの指先はユルゲンの目を、自身の可憐な唇へと導く。
よく手入れされた爪とリップが、艶やかに光った。
「いや、どうもそうではないらしいが……。ふむ。そう言うことなら、仕方ないな。今夜ふたりで、じっくりと、仕事の対策を練ってみよう」
こうして数日後、その対策が国王に奏上されるやいなや。
「イェルク山の竜は代替わりして幼いがゆえか、送り込んだ"花嫁"をまだ食べていないらしい。"花嫁"にはもっと年若い娘をあてがうこととし、マルティナ・ロストンは連れ戻すこととする。マルティナという女の逆恨みで国事が滞るなど、あってはならん」
現ヴルカン王国始まって以来の愚策が、一方的な宣言のもとに下されたのだった。
おかげさまで短編版につながって、「ほーっ」としています(笑)。
たぶん11話も、ほぼ短編に沿った内容になるかと思います。
そして12話あたりで、もしかしたら怒ってますよエルマー君な加筆をするかもです。
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