第1話 さよなら、現実。
―――僕は死んだ。
そんな導入はもはやありふれたものになりつつある昨今。
こんなテンプレ通りな導入を口にするのは少々恥ずかしさを覚えなくもないが、僕に起こったことを表すのならこれほどまでに単純明快で楽な言葉も無いため、数多の先人に習ってこういうことにする。
「転生」した、と。
記憶を保持し、自分という自我を失わない生まれ変わり。
それこそが現代における転生という言葉の持つ意味であり、サブカルチャー……特にウェブ小説ではドがつくほどの定番のジャンルであり、もはや古典とも言っていいほどに蔓延し、永遠不朽の期待を背負い続ける屋台骨。
トラックに引かれたり、なんかよくわからんうちに神に殺されたり、普通に天寿を全うしたり……様々な理由付けが施されてきたこのジャンルだが、何を隠そう僕も事故によって命を落とした。
理由は……この際、さほど重要ではないだろう。
どこにでもありふれているような、少しばかり不幸な事故に会い、そして不幸にもに命を落としてしまった。
どうして自分が、だとかそんな風に考える間も無く「転生」を果たした僕は、次に目が覚めた時には柔らかなベビーベッドの上で、知らない天井を眺めていたという100億回は繰り返されるであろう導入を終え、新たな人生を歩むこととなった訳である……が。
僕がこの世界に生まれてからの5年間、ずっと感じていたことがある。
それは所謂「既視感」というやつで、初めて見る光景で漠然と感じる眼前の光景と記憶が一致するような錯覚……それをこの世界にやってきてからというもの、頻繁に感じていた。
前世の世界を『現代』と称するのであれば、この世界は俗に言う『異世界ファンタジー』というやつで……当然、今生と前世では文化水準―――どころか、発展している文明すら異なっていながらも、一部では現代以上の謎技術があったりする、そういうありがちな世界だ。
漫画、ゲーム、アニメ、今ではドラマなんかでもよく見かける舞台設定ではあるが、既視感を覚える程に一致する光景など、少なくとも若干セピアに染まった僕の記憶からは掘り起こせそうになかった。
ただの偶然の一致、なんて考えていたのだが―――。
(―――なるほど。そうか、そういうことかよ……!)
好奇心に駆られ、忍び込んだ父の書斎。
つい最近、この世界で使われている【共通語】の基本的な文字の読み書きをようやくマスターしたがために、読み取れるようになったその本の背表紙にあるそのタイトルには、こうあった。
【アインエット公国の歴史】
そのタイトルを見たとき、僕がこの世界で5年間ずっと抱き続けてきた既視感の謎が全て解けた瞬間であり。
(あぁ、クソ……!今までなんで気付かなかった!?ルドス・ティーツァ……マジで「豚伯爵」かよ……!?)
そして、これまで抱いてきた小さな小さな疑念が一気に収縮し、忘れかけていた自分という存在が何者であるかを想起した瞬間でもあり。
そして―――。
(そりゃあ、やけに見慣れた『幻想の世界』なわけだよ……!チクショウ……ッ!)
これまで僕が抱えてきた既視感の正体、それは前世であれほどまでに熱中していたにもかかわらず、今の今まで忘れていたその名こそ。
―――『ファンタジー・ワールド』。
通称『FW』という、『幻想』の欠片もない超絶シビアな鬼畜ゲーとして名を馳せたRPGであり。
それこそがこの世界に名付けられていた名前だった―――。
===
『ファンタジー・ワールド』
中学生が二秒で思いつきそうな陳腐でありきたりな題名を関したこのゲームは、一部界隈で良い意味でも悪い意味でも有名なゲームであり……そしてこの内の悪い意味の一端を担っていたのはこのタイトルであったことは言うまでもないだろう。
……が、そんなものはこのゲームの評価には一切つながらない些細なものに過ぎなかった。
このゲームの本領は、圧倒的すぎて何をして良いのかわからない自由度に、好感度やカルマ値などのマスクデータの多さ、そしてエゲツないほどのシナリオ・エンディングの豊富さは数々のゲーマーに口を揃えて「イカれている」と言わしめるほどだった。
『FW』というゲームはRPGとして開発されたが……その根幹に存在しているのは、狂気的とも言える「TRPG」という似て非なるジャンルへのリスペクトであり、それこそがこのゲームの「自由」というシステムの基盤となっている。
テーブルトーク・ロールプレイングゲーム。
略して「TRPG」。
海外などではテーブルトップRPGとも呼ばれるこのゲームは、世間一般が知るゲーム機などを介したコンピューターゲームではなく、紙とペンによってテープル上で行われるゲームのことを指す。
日本でも一昔前にコメントが流れる某動画投稿サイトで爆発的に流行したが、それでも未だにメジャーとは言い難いこのゲームジャンルだが、一部に熱狂的なファンを抱え未だに多くのタイトルが生まれている。
そんなTRPGを愛した、たった一人の人物によってこのゲームは開発され、10年にも及ぶベータを経て、未だベータ版であるこの『ファンタジー・ワールド』というRPG……いや、「TRPG風RPG」は10年という蓄積を経てとうとう「Ver6.5」にまで到達した。
ここまでバージョン変更があったのは、ひとえにTRPGというゲームの特性故なのだが、これはひとまずおいておこう。
このゲーム―――『FW』はTRPGというゲームの特性をどこまでも忠実にゲームに落とし込んで行った結果、いくつもの凶悪な仕様を生み出していき、時にプレイヤーはゲームマスターたる開発者に苦言を呈することもしばしばあったが、リリースから10年という年月が経っても様々なプレイヤーに愛されてきた知る人ぞ知る名作として密かに名を馳せていた作品であり―――。
僕こと「木城 遊」が前世でドハマリし、友人に廃人と言われるほどにやり込んだ唯一のゲームであった。